第六十三話:憂国の志士
黄金の野望が砕け散り、全ての力を失った豊臣華織が美しい肢体を晒し、アスファルトの上に崩れ落ちる。八犬士たちが、この長い戦いに終止符を打つべく、彼女へと歩み寄った、その時だった。
ザッ!
数条の影が、疾風の如く戦場に割り込み、華織を護るように八犬士たちの前に立ちはだかった。その見慣れた羽織と、誠の旗…!
「嘘だろ…土方さん!?みんな!」
ユウマが絶叫する。そこにいたのは、北海道で消息不明となったはずの、土方美鈴率いる新選組の面々だった。だが、その瞳にはかつての仲間としての光はなく、ただ冷徹な任務を遂行する兵士の光だけが宿っていた。
「どういうことですか!?なぜ、豊臣華織を護るんです!」
星荘の悲痛な問いに、答える者はいない。ただ、その代わりに、ゆらりと空間から紅蓮の龍女・朱麗が姿を現した。
「勘違いしてはいけません。彼女たちは野心に与しているのではありませんわ」
朱麗は、まるで舞台役者のように芝居がかった口調で言う。
「今の狂った日本を憂い、その在り方を正そうとする『憂国の志士』。ただ、それだけのこと」
「その『正義』を、なぜ我々が外部の者に説かれなければならない!」
安倍星華が、怒りを込めて言い放つ。日本の霊的中枢を預かる者として、その介入は断じて許せるものではなかった。
その言葉に、全く別の方向から、鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声が返ってきた。
「それは、かつて貴国に、我ら民族の尊厳を踏みにじられた過去があるからですわ」
全員の視線が、声の主へと集まる。そこに立っていたのは、青と白の優雅なハンボクを纏い、扇子を手に、まるで舞うように佇む、新たな戦乙女だった。
「わたくしは『月影の舞姫』瑞賢。古の盟約に従い、この地の歪みを正しに来た者」
彼女は、その誇り高い瞳で安倍星華を、そしてユウマたちを見据え、衝撃の言葉を放った。
「貴国が犯した過ちを、自ら正すことはできぬ相談。ならば、我らが再び、その手綱を握るまで。我らこそが、この日本の真なる宗主。我らが支配者として君臨することこそ、この国にとっての正しい秩序なのです」
中国、そして新たに現れた朝鮮をイメージさせる勢力。彼女たちの口から語られる、あまりに一方的な「正義」。戦いは、もはや東京魔法陣を巡る内乱ではなく、歴史的な怨恨をも巻き込んだ、国際的な支配権争いへと、その姿を急激に変えようとしていた。
そして「月影の舞姫」が放った、あまりに傲慢な支配者宣言。その言葉が、凍り付いた戦場の空気を引き裂く合図となった。
「新選組、これより誠の道を切り開く!――抜刀!」
土方美鈴の、苦渋に満ちた、しかし揺るぎない号令が響く。その声に応え、近藤花蓮、沖田雪菜、斎藤葵の三人が、一斉に鞘から刀を抜き放った。かつて蝦夷共和国として北海道で共闘した仲間へと向けられたその切っ先には、情も、迷いも、一切感じられなかった。
「やめろ、土方さん!」
ユウマの叫びも虚しく、誠の羽織を翻し、四人の剣士が八犬士へと襲い掛かる。
キィン!
土方の剛剣を、星荘が槍で受け止め、沖田の神速の突きを、桜道が刀で弾き返す。
斎藤の無形の剣が碧毛を襲い、近藤の力強い太刀筋が凪角に迫る。
再び始まった混戦。だが、その様相は先ほどまでとは全く違っていた。八犬士たちの動きには、かつての仲間を本気で討てない、悲痛な躊躇いが滲む。
対する新選組の剣は、まるで何かに操られているかのように、一切の感情を排した、ただ任務を遂行するためだけの鋼と化していた。
その悲劇的な死闘を、後方で二人の戦乙女が静かに見物していた。紅蓮の龍女・朱麗と、月影の舞姫・瑞賢。彼女たちは、自らが盤上に置いた駒が、筋書き通りに動いているかを確かめるように、ただ静観している。
その姿に、ユウマの怒りが頂点に達した。
「てめえら!口先だけで、自分たちは手を汚さないつもりか!」
ユウマの怒りに満ちた指摘。それは、この戦いの不条理さを、何よりも雄弁に物語っていた。その言葉を聞いた朱麗と舞姫は、ゆっくりとユウマの方へと視線を向ける。
そして―――二人は、揃って不敵に微笑んだ。
その笑みは、嘲りでもなく、侮蔑でもない。全てが自分たちの描いた筋書き通りに進んでいるという、絶対的な支配者の笑みだった。その冷徹な光景に、ユウマは言い知れぬ悪寒を覚えるのだった。
バトル中の動画メッセージを募集致します。
参考にさせていただきますので、よろしくお願いします!




