第四十六話・高梨幸太郎
「――高梨幸太郎。…お前の父親だ」
安倍星華が放った言葉は、ユウマの時を止めるほどの衝撃を持っていた。ミッドナイト基地の空気は凍りつき、玲奈も健太も、彩花でさえも、息をのんでユウマの顔を見つめる。
「おや…じが…?」
ユウマの口から、か細い声が漏れる。失踪した父。自分がオカルト配信を始めるきっかけとなった、追い求め続けた背中。その父が、全ての元凶である可能性のある組織の中心にいる。理解が、追いつかない。
その、あまりに静かすぎる沈黙を破ったのは、ユウマのポケットで鳴り響いたスマートフォンの着信音だった。誰もがビクリと肩を揺らす。画面に表示されたのは「非通知設定」。
「…もしもし」
震える指で、ユウマは通話ボタンを押した。スピーカーから漏れ聞こえてきたのは、脳裏に焼き付いて離れない、忘れるはずもない声だった。
『…悠真か?』
「親父…なのか…?生きて、いたのか…!?」
『元気そうだな、悠真。お前の配信、いつも見ているぞ』
その声は、驚くほど穏やかで、懐かしい響きを持っていた。まるで、近況を尋ねる普通の父親のように。
『お前がこの件に絡んでくる事は、さすがに想定外だったが…まあ、我が息子だ。血は争えんということだろう』
その言葉に、ユウマの中で何かが切れた。
「ふざけるな!あんた、一体今まで何やってんだ!俺たちが、どんな想いで…!それに、敵の…八咫烏の中心人物だって、どういうことなんだよ!」
ユウマの怒声にも、電話の向こうの父親は動じない。
『…大切な事だ』
その声には、微かな誇りと、深い悲しみが滲んでいた。
『この国にとって、な。いずれ、お前にも分かる時が来る』
「待てよ!親父!」
ユウマが叫び終わる前に、通話は一方的に切断された。ツーツー、という無機質な音が、静まり返ったミッドナイト基地に虚しく響き渡る。ユウマは、スマートフォンを握りしめたまま、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「親父…」
ツーツー、という無機質な音が響く中、ユウマはスマートフォンを握りしめたまま、呆然と立ち尽くしていた。父は生きていた。そして、自分の活動を見ていた。だが、その居場所は、倒すべき敵の、まさに中心だった。安堵と混乱、喜びと絶望が入り混じった感情の奔流が、ユウマの中で渦を巻く。
「ユウマ…」
やや放心気味のユウマの肩に、玲奈がそっと手を置いた。
「…お父さん、見つかって良かったじゃん」
その言葉は、慰めなのか、それとも彼女自身の戸惑いの表れなのか。
「良かったのか…これ?」
ユウマは力なく呟き、その場に崩れ落ちるようにして頭を抱えた。
その時だった。ミッドナイト基地の入り口の影が、不自然に揺らめく。いつの間にかそこに立っていたのは、服部夜刃だった。彼女の瞳は、これまでにないほど冷徹な光を宿している。
「少し付き合ってもらうぞ、高梨ユウマ」
その静かな、しかし有無を言わせぬ声が、ユウマの背中に突き刺さる。
「な、何だよ…」
ユウマはとぼけようとしたが、無駄だった。黒幕の最重要人物の息子。自分が今や、ただの配信者ではなく、「重要参考人」になったことを、彼は自覚せざるを得なかった。
「待ってください!ユウマは関係ありません!」
「彼をどこへ連れていくつもりだ!」
玲奈や健太、彩花が、ユウマを守るように立ちはだかる。だが、夜刃の背後から現れた「影刃」の部下たちが、彼らの動きを静かに、しかし確実に制した。
「みんな、いいんだ」
ユウマはゆっくりと立ち上がると、仲間たちに静かに言った。
「これは、俺自身の問題だ。行って、話をしてくる」
ユウマが連行される先は、目隠しをされて分からなかった。車に乗せられ、どれほどの時間走っただろうか。やがて車が止まり、腕を引かれて歩かされる。冷たく、乾燥した空気。反響する足音。そこが、政府の保有する秘密の尋問施設の一つであると、ユウマは直感で理解していた。




