第三十六話:連鎖戦線
渋谷での激戦を終え、一行はそれぞれの守護拠点へと戻っていった。
ミッドナイト基地には、地元である犬川星荘と、東京ミッドナイトのメンバー、そして後処理の報告に訪れた安倍星華と服部夜刃が残っていた。
「も…もう…一歩も動けない…」
玲奈はソファに倒れ込み、健太は床に大の字になって編集機材を放り出し、彩花もオカルトノートを抱えたまま意識が飛びかけている。ユウマもまた、疲労困憊で椅子に沈み込んでいた。
「お疲れ様でした。後処理はこちらで進めておきますが…」
安倍星華は比較的冷静だったが、その声には確かな疲労の色が滲んでいる。その隣で、服部夜刃は珍しく俯き、押し黙っていた。
「…全く、面目ない」
普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないほど、彼女の声はしゅん、と小さかった。伊賀九曜衆という切り札を切りながら、決着をつけられなかったことが、彼女のプライドを深く傷つけているようだった。
「そもそも、我ら政府御庭番は暗部の中の暗部…安い挑発に乗ってしまった…」
肩身を狭くして俯く夜刃を健太が茶化す「良いッスね、ツンデレ可愛っす」
彩花がポテチ空筒でポカリとツッコミ入れる。「仮にも服部半蔵の系譜だぞ…全く」
「何だっけ?あの豊臣と石田の漫才?…アレの何処にキレる要素があったんだ?」ユウマは気になっていた事を聞く。
「ぐぬ…お主たちには話しても問題無かろう…わ、我ら政府の裏機関として暗部を任されて居るが、元々は幕府、つまり徳川家に仕える一族なのだ。今は幕府解体し内閣府がその任を継いでいるが、本質的には変わらぬのだ」
「ふおお!伊賀忍軍は今も徳川家に仕えていた恩義と忠誠を引き継いでいるのか!熱い!!」さっきまでへばっていた彩花が興奮してノートに何やら書き込んでいる。
「それで、焔さんは…どうなったんだ?」
ユウマがそんな彩花を横目で見ながら気力を振り絞って尋ねると、星華が答えた。
「命に別状はありません。問題なく回収しましたが、懐刀で霊核の直前まで傷つけられていたため、霊力の消耗が激しい。暫くは絶対安静です。今は森蘭丸が、甲斐甲斐しく看病していると報告を受けています」
「そっか…」
「豊臣華織の計略とは言え、結果的に裏切った明智光は、自らの意思で責任を取り脱退しました。
蘭丸に討たれて武技礼装解除してましたから、戦乙女としての復帰も難しいでしょう…今は実家である尾張の喫茶店で、再び店員としての日々に戻ったそうです」
重い空気が流れる。今回の渋谷での襲撃で、東京魔法陣の守護者たちは、新たな、そして深刻な課題を突きつけられていた。
「豊臣華織…彼女が共鳴者と同質の力を持つとなると、話は変わってきます」星華が厳しい表情で切り出す。
「しかも彼女自身の力で、味方に能力向上の技もあることが判明しています」
「ただ応援の熱量だけで力が拮抗するということは、今後同じような能力を持つ敵が現れた場合、我々は常に苦戦を強いられるということです…ユウマは戦闘能力はありませんから、戦乙女には護衛する意識と立ち回りも必要です」
その言葉は、共鳴者であるユウマの胸に重く突き刺さった。
ただ配信で視聴者を煽り、応援の数を集めるだけでは、もう足りない。共鳴者として、次の一手を見つけ出さなければならない。ユウマは、ひしひしと焦りを感じていた。
その、沈黙を破ったのは、服部夜刃が持つ端末から発せられた緊急通信の着信音だった。夜刃が驚いた顔で通信を開くと、そこに映し出されたのは北条氷華の切羽詰まった表情だった。
『――聞こえるか、影刃!そして共鳴者、高梨ユウマ!』
画面の向こうから、緊迫した声が響く。
『貴様らとの約定を違えることになり、すまないと思っている。だが、緊急事態だ!我らが警告していたロシアの侵攻が…本格的に始まった!奴らの妖魔部隊が、既に北海道東部に上陸し、我らの防衛網を突破しつつある!どうか、どうか援軍を…!』
かつての敵、蝦夷共和国からの、悲痛な救援要請。
つい先ほどまで死闘を繰り広げ、心身ともに疲弊しきったユウマたちは、そのあまりに突然の要請に、ただ呆然と顔を見合わせることしかできなかった。
「助けを…求めてる…?俺たちに…?」
途方に暮れるユウマの呟きが、静まり返ったミッドナイト基地に虚しく響いた。




