第三十一話:渋谷三つ巴廻戦
豊臣華織が放った必殺技。しかし、金色の花びらの奔流は戦乙女たちを直接襲うのではなく、その配下である五大猛将の身に吸い込まれていった。彼女たちのオーラが黄金に輝き、その霊力は爆発的に増大する。それは直接攻撃ではなく、配下の能力を底上げする究極のバフ効果だった。
「どうや、うちの家臣団は最強やろ?」
華織は勝ち誇ったように笑うと、自身の背後にホログラムを投影した。そこに映し出されていたのは、なんと関西で絶大な人気を誇るお笑い芸人グループが、ハイテンションで「カオリン頑張れー!」と叫ぶネット中継の画面だった。
「おまえが戦い方を教えてくれたんやで、共鳴者の坊や。おおきに!どないや、うちの『黄金配信』は?遠慮のう、パクらせてもらうで!」
華織は関西人というだけでなく人心手中術としてコミュニケーションお化けであった羽柴秀吉としての才覚を最大限に生かし、ユウマと同じようにネット中継を介して「想い」を力に変える能力者だったのである。
「なんだって!やるじゃねぇか!…関西のお笑いは大好きだぜ!」
驚きも束の間、ユウマは不敵な笑みを浮かべてカメラに向かって叫んだ。
「けどな、こっちがオリジナルだ!全国区のチャンネル、東京ミッドナイトを舐めるなよ!視聴者さん達、大阪のローカルに負けてらんねえだろ!応援頼むぜ!」
ユウマの配信コメント欄は「パクリは許さん!」「東京の意地を見せろ!」「え?コレ関東×関西の代理戦争?」「お笑いで関西に勝てるか~」「お笑い対決違うだろw」という熱いメッセージで埋め尽くされる。渋谷上空で、東京と大阪、二つの巨大な「想い」の奔流が激突した。
「視聴者数、9万突破!いっけえええ!東京のプライド、見せつけてやれ!」
ユウマの絶叫が、黄金のバフを受けて輝く豊臣の武将メイドたちに立ち向かう八犬士たちの背中を押す。渋谷の空で、東京と大阪、二つの巨大な「想い」の奔流が激突し、戦場は必殺技が乱れ飛ぶ極限の攻防戦へと突入した。
【義 vs 猛勇】
「うおおおお!うちの忠義の槍、止められる思わんでや!『虎退治・改』!」
黄金のオーラを纏った加藤清子が、白虎の霊をその身に宿し、一直線に突撃する。その軌道上のアスファルトが、凄まじい霊圧で粉々に砕け散る。
「その歪んだ忠義、私の【義】が真正面から受け止める!天の星嵐よ…【義】をもって断罪せよ!『星嵐穿槍』!」
視聴者の応援を光に変え、犬川星荘の星嵐槍が眩い輝きを放つ。二つの正義が激突し、渋谷の夜空に轟音と閃光が咲き乱れた。
【知・仁 vs 軍略・豪雷】
「うちの未来視からは逃れられへん。渋谷は水の底や!『水攻め戦術』!」
黒田蘭の陰陽輪「水月鏡」が、渋谷の街に巨大な洪水の幻影を生み出す。
「あんたの見る未来より、あたしと10万人の視聴者が作る未来の方が、一枚上手ってことよ!解析完了!水の流れ、完全に読み切ったわ!」
犬山雷道の雷鳴弓が、洪水の流れの急所へと寸分の狂いなく雷の矢を放ち、水の勢いを殺す。
「ええい、小賢しい!まとめて吹き飛んだらしまいや!『雷神降臨・賤ヶ岳七閃』!」
その隙を突き、福島正乃の雷刀から七匹の雷獣が奔る。
「させないわ!あなたの雷、私の慈悲の剣で、優しく斬らせてもらう!《桜嵐・零式》!」
雷獣の群れに、犬江桜親が神速で突っ込む。桜吹雪のように舞う無数の斬撃が、一体また一体と雷獣を切り裂いていった。
【信・礼・悌・孝 vs 算術・表裏】
「うちの計算からは誰も逃れられへん。あんたらの霊力、ここで封じたげるわ!『太閤検地』!」
石田美咲の算盤が高速で弾かれ、戦乙女たちの連携を断ち切るように霊力封じの結界が展開される。
「あはっ、面白そうなことしてるやん!運も実力のうち、ってね!あんたたちの絆、ぐちゃぐちゃにしたる!『表裏比興の陣』!」
真田幸の槍が妖しく煌めき、敵味方の運気を反転させる禁忌術が、戦場全体を覆い尽くそうとする。
「私たちの絆は、あなたの計算や小細工で壊せるほど脆くありません!」
犬村凪角の鉄扇が信頼の風を巻き起こし、犬坂碧毛の薙刀が礼節の軌道を描き、犬田雫文の杖が友愛の光を放ち、犬塚華信の十手が感謝の音色を奏でる。四人の力が一つとなり、美咲の結界を押し返し、幸の禁術を浄化していく。
「まずい…!オリジナルが負けそうだってのか!?ヤバイ…!」
拮抗した戦況に、ユウマの顔に初めて焦りの色が浮かぶ。
彼の不安が伝播したのか、戦乙女たちの動きもわずかに鈍る。その、一瞬の隙。勝機と見た華織が総攻撃の号令をかけようとした、その時だった。
渋谷の空を、第三の力が切り裂いた。
「――貴様が調子に乗って、わしの舞台で騒いでおるからじゃ、うつけが!」
燃え盛る炎と共に、戦場に舞い降りたのは、黒と金の甲冑メイド服を纏った織田焔だった。
「な!?信長!」
予期せぬ乱入者に、華織が驚愕の声を上げる。
「上様であろうがぁ!この禿げ鼠が!!」
焔が一喝すると同時に、周囲のビルの屋上から彼女の配下である炎魔たちが姿を現し、その火縄銃が一斉に火を噴いた。炎の弾丸が、戦乙女と豊臣軍の間に叩き込まれ、両軍を強制的に分断する。
「うちは禿げてなければねずみでもないですわ!そない前世のあだ名やめてもらえます?」華織が扇子を構え直し、怒りを露わにする。「…だいたい、後からしゃしゃり出てきて助っ人とか、ずるないですか?!」
「知らぬわ。玲奈とかいう小娘が、わしの肉体接触による真の絆の深化を拒んだゆえ、手を貸すつもりはなかったが…」
焔はちらりとユウマを一瞥すると、再び華織に向き直った。
「貴様のその下品な黄金の輝きが、どうにも癇に障ってのう。天下は、このわしが掴むもの。猿真似の貴様ではないわ!」
八犬士、豊臣五大猛将、そして第六天魔王。
渋谷スクランブル交差点を舞台に、三つの勢力が睨み合う。事態はさらに混迷を極めていた。




