第二十九話:八咫烏と黄金の羅針盤
池袋での激戦からしばしの間――
東京魔法陣は束の間の平穏を取り戻していた。大規模な組織的衝突はなくなり、ミッドナイト基地の日常は、散発的に発生する小物妖魔の討伐実況配信へとシフトしていた。
しかし、その平和は水面下で静かに蝕まれつつあった。
「ユウマ先輩、今月の再生数、かなりヤバいっす…」
健太が差し出したタブレットには、右肩下がりのグラフが映し出されていた。ユウマは頭をガリガリと掻く。
「だよなぁ…。視聴者みんなが協力してくれるおかげでそもそも結界の力が増して、実害が出るような妖魔との対峙は減ったしな…各戦乙女の強さもあって一瞬で終わるしな……慣れってやつも恐ろしいな」
それなりに動き回るユウマは忙しさにかまけた結果のコンテンツのマンネリが再生数に響いているのは実感するところだ。
困ったことに、再生数の低下は魔法陣の存亡と戦乙女の力の源に少なからず影響が出る事であった。
「山手線一周インタビューの動画は、戦乙女さんたちの普段とのギャップでバズったけど…」彩花がSNSのコメントを読み上げる。「『もっとバトルが見たい』『推しの素顔はまだ?』『最近マンネリ』…。私たちも、彼女たちの本当のプライベートを晒すわけにはいかないし…」
「彼女たちはアイドルじゃないのよ。認識阻害の呪文で守られてるとはいえ、危険なことに変わりはないんだから」玲奈の言葉には、仲間を案じる気持ちが強く滲んでいた。
「うーん…アイドルじゃない…か」
歌って踊れてファンを増やすアイドルに近い状態であることは間違いない。現に視聴者の中でどの戦乙女を推すか議論は一定以上の盛り上がりを見せている。
ふと、先日の蝦夷共和国の協力を申し出た際の、腕試しとして行われた星荘と土方美鈴の対決はかなり見ごたえがあったのを思い出す…
「アレ、戦乙女同士の親善試合って感じで配信したら推し対決も見れて盛り上がるんじゃね?」
ユウマにとっても八宝玉守護戦乙女は身内と言っても過言ではないが、その彼女たちを支えるためには彼女たちの力になる配信での力の集約も必要であると分かっている。
「いっちょ、星華さんに提案してみるか…コンテンツ広げるのリーダーの務めだしな」
そんな膠着した空気を破るように、ミッドナイト基地の空間が歪み、安倍星華が姿を現した。その表情は、これまでになく険しい。
「皆さんに、緊急の報告があります」
星華の口から語られたのは、何とも言えない事実だった。
「最近カラスの被害が多くないですか?」
「え?そりゃ……ごみ捨て場のネットは全てカラス対策ですからね…日本中どこでもいるし、都会では雀よりカラスの方が多いんでは?」いきなり来て日常のオカルトとも関係ない話題を振られて当惑するユウマに対して星華が言う。
「この国には古来より、我ら『星詠司』と対をなす、もう一つの陰陽師の一派が存在します。その名を、『八咫烏』」
「ヤタガラス…ってあの三本足の?」
「流石ですね…某スポーツの日本代表マークにもなっていますから比較的有名ですね。陰陽師の世界でも、一大勢力として暗躍する組織の名称になります」
「名前は知ってるけど…妖怪の類としての名前止まりだったな…秘密結社というか悪の組織みたいな感じなのか?」ユウマが素朴な疑問を口にする。
「本来暗躍と言っても表立って動く目立つ組織ではないという意味なのですが、どうも最近の動きが読めないというのは事実として在ります……そこで、噂レベルで何か情報がないのかというのはあります」
星華からすれば、敵対とは言わずとも二分する勢力という意味では警戒しているという所か。
「何でまた急にそんな話になったんすか?」ユウマからすれば急に出てきた話なので素直に聞いてみる。
「武田と上杉の連携を促し、蝦夷にロシアの侵攻を手引きして危機感を煽り、国内の各勢力を焚きつけていた黒幕…そういった能力を有し、可能性のある組織として名前が出たのが、この八咫烏です。ですが、なぜ彼らが今になってこれほど活発に動き出したのか、その真意は不明…」
服部夜刃率いる「影刃」が諜報活動を進めているが、敵は尻尾を掴ませないという。
「あなた達も、独自の視点から情報を収集してください。ネットの噂、都市伝説…どんな些細なことでも構いません」
重い宿題を背負わされたユウマ達。しかし、彼らが動くより先に、事態は急変した。
「緊急警報!渋谷エリアに強力な干渉反応!目標は【孝】の宝玉!」
ユウマのスマホのアラートがけたたましく鳴り響く。健太が即座にドローンを飛ばすと、モニターに映し出されたのは、渋谷のスクランブル交差点を金色のオーラで染め上げる、新たな勢力だった。
「な、なんだあいつら…派手すぎだろ…!」
金色の扇子を手に、華やかなメイド服を纏った集団。その中心で、ひときわ傲慢な笑みを浮かべているリーダーらしき女性が叫ぶ。
「いやぁ、ここが東京ちゅうわけか!うちの大阪に比べたら、いまいちパッとせんなぁ!よっしゃ、この豊臣華織が、天下統一の始まりに、派手に金で塗り替えたるわ!」
大阪を拠点とする勢力、「黄金の羅針盤」の襲来だった。
「あの猿め…」
その様子をモニターで見ていた織田焔は、忌々しげに呟く。だが、配下の森蘭丸が「いかがいたしますか?」と問いかけると、ぷいとそっぽを向いた。
「知らぬ。わしは、この間より深い絆を結ぶという提案を小娘に邪魔されたのでな。今はへそを曲げておるのじゃ」
「可愛いですお館様」ボソリと呟く蘭丸に「何か言ったかの?」と聞く焔。
「いいえ、何でもございません。私たちは焔様の元戦いますが、ユウマ殿とは絆を結んでません」
「何じゃお前らもあの男とヤりたいのか?」
「その言い方が警戒されていますよ?」
「ほっとけ…」
「そうではなく、自由に動けるということです」
「ふうむ…」織田焔の顔がニヤける。
焔の協力が得られない中、渋谷では【孝】の守護者・犬塚華信が一人、奮戦していた。しかし、豊臣華織が率いる優秀な配下たちの猛攻に、防戦一方となる。
「させるか!」
「待たせたわね!」
だが、渋谷の危機に、東京魔法陣の守護者たちが黙っているはずはなかった。池袋から、新宿から、そして山手線の各駅から、七人の戦乙女たちが集結する。
「おお、全員集合やん!上等やで!」
豊臣華織は、集結した八人の戦乙女を前にしても、その笑みを崩さない。
渋谷の中心で、日本の覇権を巡る新たな戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。




