第百十六話:共鳴試練
ミッドナイト基地の休憩スペース
新宿での激戦で負った、さくらの刃による脇腹の傷。その包帯を、玲奈が手際よく巻き終えたところだった。
「…よし、こんなもんかな。無茶するから、治りが遅いのよ」
「いてて…サンキュ、玲奈。助かるよ」
ユウマがシャツのボタンを留めようとした、その時。道具を片付けていた玲奈が、背中を向けたまま、静かに口を開いた。
「…ねぇ、ユウマ?」
「ん?な、なんだよ玲奈?急に改まって」
ゆっくりと振り返った玲奈の顔は、完璧な笑顔だった。だが、その瞳は、全く笑っていない。
「あんた、新宿の、孔明の迷宮で桜親と…その、キ、キスしたんだって?」
「ぶっ!?」
ユウマは、ベッドから転げ落ちそうになるのを必死にこらえた。冷や汗が、背中を伝う。
「な、ななな、なんで…そのことを…!」
「本人から聞いたわよ」
玲奈は、笑顔のまま、アルコールの瓶を棚に戻す。
「『ユウマ君に助けてもらっちゃった』って、嬉しそうに、ね」
「あ、あれは!き、緊急事態だったんだってば!さくらが幻覚に囚われて、俺を孔明だと思って斬りかかってきて!」
「…アンタの、そのお腹の怪我見れば、それくらい、わかるわよ」
玲奈は、ユウマの包帯を巻いたばかりの脇腹を、その細い指で、ツン、と突いた。
「いっつ!?!?」
「緊急事態だった。命がけだった。幻覚を解くためだった。…それは、わかってるの」
玲奈は、ユウマの顔を真正面から覗き込んだ。その瞳は、怒りと、嫉妬と、そして、ほんの少しの悲しみで潤んでいる。
「でも。…だから、私が『ああ、そう。仕方ないわね』って、納得して、ニコニコしてると思うの?」
「え…?」
ユウマは、完全に思考が停止した。緊急事態だった。それ以外に、理由などないはずだ。
「いや、でも、どうすれば良かったんだよ…」
「ソレ(どうすればいいか)を、ちゃんと考えて、私を、納得させなさいよね!」
「えっ!?」
「この、朴念仁!!」
玲奈は、休憩室のドアを、今世紀最大の音でピシャリと閉めて出て行ってしまった。
一人、部屋に取り残されたユウマは、脇腹の傷とは、また別の、鈍い痛みで頭を抱えるしかなかった。
(納得させろって…どうすりゃいいんだよぉぉぉ…!)
休憩室を追い出され、頭を抱えて廊下を歩いていたユウマは、ちょうど自主訓練を終えたらしい、タオルで汗を拭いている星荘と鉢合わせた。
「あ、星荘…」
「ん?どうしたのユウマ君、脇腹、大丈夫?…まだ痛む?」
「いや、ソレは大丈夫なんだけど…」
藁にもすがる思いで、ユウマは、先ほどの玲奈とのやり取りを、しどろもどろに説明した。
「………はぁ」
話を聞き終えたほしなは、ユウマの顔をじっと見つめると、今世紀最大とも思える、深いため息をついた。
「ユウマ君…。ホントに、ダメダメだね…」
「うっ…」
「…まあ、そういう、どうしようもなく鈍いところも、私は好きだけど」
「え?」
「でもね」と、ほしなは人差し指を立てた。「私に、その事を相談するのが、もうダメなんだよ。…わかって無いなぁ」
「イヤ、だって、分かんないから!こういう時、どうしたらいいか、分かりそうな人に聞くのが普通だろ?」
「だ・か・ら!」
ほしなは、今度は呆れたように腰に手を当てた。
「その『安易に人に聞く』っていうのが、ダメなんじゃない?これは、ユウマ君と玲奈ちゃん、二人の間の問題でしょ?」
ほしなは、少し頬を膨らませる。
「…しかも、さくらちゃんとキスなんて、ズルい。私にもしてよ!」
「えぇっ!?」
星荘は、ずい、とユウマに顔を近づける。
「いや、それは、あの、もっと拗れそうなのが火を見るより明らかなので、遠慮させていただきます…!」
慌てて後ずさるユウマを見て、星荘は、ふっと笑みをこぼした。
「兎に角、ユウマ君。これは、男女の問題で、当人同士の話なんだから。答えは、ユウマ君と玲奈ちゃん、二人の間にしか無いの」
ほしなは、ポン、とユウマの肩を叩いた。
「私から言えるのは、それだけ。がんばってね、大将!」
ウインクを残して颯爽と去っていく星荘…だがその後ろを向いた顔は何とも伊寧表情をしているが…ユウマには分からない。
一人、廊下に取り残されたユウマは、さらに深くなった悩みに、再び頭を抱えるしかなかった。
「(答えが二人の間にしかないって…それが分からないから聞いてるんじゃないかぁぁぁ…!)」




