第百十二話:新宿終戦・日ノ本の結束…そして
朱麗の捨て台詞が虚しく響き渡り、中華英雄たちの強大すぎた気配が完全に消え去ると、新宿を支配していた殺人的な緊張の糸が、ぷつり、と切れた。
「…あ…」
限界を超えた霊力を振り絞った八犬士たちは、その場に、次々と崩れ落ちていった。
「…よかった…」 瓦礫の上に仰向けに倒れた桜親が、涙声で呟く。
「…勝てた、ね…みんな…」 「ええ…本当に…」星荘も、折れた十字槍の柄を握りしめたまま、安堵の息をついた。
誰もが満身創痍で、指一本動かすのも億劫だったが、その表情は、確かに勝利の喜びに満ちていた。
その光景を、宮本飛鳥は、静かに、しかし深い感慨と共に見つめていた。 (…これが、絆の力か) 武神・関雲長という、己が武の道程において、これ以上ない強敵と向き合えたこと。
そして、その強敵を打ち破ったのが、個の武技ではなく、仲間と繋がる「心」の力だったこと。その事実は、彼女の剣士としての魂を、新たな次元へと導いていた。
「…ユウマ殿」
飛鳥は、仲間たちを介抱するユウマへと歩み寄る。
「我が剣は、まだ未熟だった。これより先は、我ら剣豪が、ユウマ殿の力を借りずとも、日ノ本に眠る『刃』をスカウトし、磨き上げてみせよう。次に相見える時までに、必ずや、奴ら神話の理をも断ち切る剣を、束ねてみせる」
その言葉は、確かな信頼と、新たなる決意に満ちていた。
「わかった…まあ、俺みたいに休学とか無理しないで、学業と両立しろよな?」
「ふん、言うではないか…だが、今私がしなければならないものが何か?を見極めてみせるさ」
そう言うと、飛鳥は熊本に戻って行った。
「がっはっは!見事であったぞ、八犬士の小娘ども!」 その隣で、織田焔が、魔王の笑いを響かせる。彼女の周りには、武田嵐花、上杉聖流、伊達政宗といった、かつては覇権を争った武将たちが、今は「仲間」として集結していた。
「まったくじゃ。我らが国内でちっぽけな覇権を争うだけでは、この国は強くならぬ。今日、それを改めて思い知らされたわ」 嵐花の言葉に、聖流も、政宗も、深く頷く。 中華の英雄という、あまりにも強大な「外敵」は、彼らに、共通の敵と、そして共通の「護るべき国」の存在を、何よりも強く認識させた。
焔は、ボロボロになりながらも笑い合う八犬士たちを見下ろし、満足げに言った。
「お前たちの成長、確かに認めてやる。これより先、我ら戦国武将の一門も、八咫烏を討つ、その時まで、お前たちに協力を誓おうぞ!」
崩壊した新宿の夜空に、ようやく、静かな夜明けの光が差し込み始めていた。 それは、幾多の犠牲と、多くの英雄たちの結束によって掴み取った、日ノ本の、新たなる始まりの光だった。
■太宰府・八咫烏本拠地
太宰府の神殿には、新宿での敗報がもたらされ、凄まじい怒りの嵐が吹き荒れていた。
紅蓮の龍女・朱麗は、自らの失敗を受け入れられず、神殿の調度品を霊力で破壊し、激しく激高していた。
「ありえない!ありえないわ!わたくしの最強の英雄たちが、あの島国の蛮族どもに、なぜ!」
その狂乱を、高梨宗一郎は、冷たい目で見つめていた。
「…朱麗殿。あまり見苦しい様を晒されぬ方がよろしい。最近の貴国の国内情勢は、あまり芳しくないと聞きますな。これ以上の失敗は、貴女の立場を危うくするのでは?」
その皮肉は、朱麗の怒りの矛先を、宗一郎へと向けさせた。
「黙りなさい!全ては、貴様が無能だから、このような事態になったのでしょう!」
「…それは、見解が違いますな」 宗一郎は、表情一つ変えずに反論する。
「我々、八咫烏の真の目的は、裏から、この国を支配すること。経済の支配、土地の支配、そして、思想の支配。これまで、何十年とかけて、その浸透工作を進めてきた。あなた達の国の人間も珍しく政治家の篭絡、土地の買収、利権に対する参入と努力してきた訳で、ここまで海を跨いでもなお活躍できるインフラを得たわけで…」
彼は、崩壊した都庁の映像が映るモニターを一瞥し、侮蔑するように言った。
「それを、武力で性急に落とそうなど、あまりに愚かな行為。短期的な勝利にこだわり、我らが築き上げた土台そのものを、危うくするものでした」
宗一郎は、世界地図へと視線を移す。
「貴国が推し進める、ソーラーパネルとEVビジネスによる、新時代のエネルギー開発需要。それによって、この国のエネルギーインフラを根こそぎ支配しようという計画は、実に素晴らしい。…ですが」
彼は、北米大陸を指し示す。 「その動きに対し、アメリカは本気で警戒を強めている。そして、貴国の盟友であるはずのロシアは、今、別の場所での泥沼に足を取られ、とてもこちらにまで意識を向けられる状況ではない」
「つまり、朱麗殿」と、宗一郎は結論づける。
「貴女の派手な軍事行動は、眠れる獅子を起こし、我らの計画すべてを頓挫させかねない、最悪の『悪手』だったのです」
「貴様…!」 朱麗が、反論の言葉を口にしようとした、その時。
「―――ここからが、本番ですよ」
玉座に座す、総裁・菅原天音が、初めて、意味深に言葉を紡いだ。
「え…?」 宗一郎が、その真意を問おうと、次なる手を打つべく口を開きかけた。
「ならば、次なる一手は…」
「―――待ちなさい」
天音の、静かだが、絶対的な拒否権を含んだその一言が、宗一郎の言葉を遮った。 神殿に、重い沈黙が訪れる。
朱麗の激高も、宗一郎の冷徹な謀略も、全てを飲み込むような、底知れぬ闇が、その玉座から、静かに広がろうとしていた。




