第百十話:復活の八犬士
最初に、震える腕で地面を押したのは、犬江桜親だった。
自らの手で斬ってしまったユウマ。仲間を傷つけたという悪夢。その記憶が、彼女の【仁】の心を苛む。だが、だからこそ、彼女は立つ。
(…もう、二度と、この刃で仲間を傷つけない。この力は、誰かを傷つけるためじゃない。目の前で苦しんでいる、大切な人たちを、この国を護るためにある!)
その矜持が、折れかけた心を支え、再びその手に名刀「桜嵐」を握らせた。
その隣で、犬川星荘が、砕けたアスファルトを掴み、ゆっくりと身を起こす。
幻影に「自己満足だ」と罵られた、己が信じる【義】の道。その言葉は、確かに彼女の魂を揺さぶった。だが、目の前で繰り広げられる、呂奉仙の理不尽なまでの暴力。
それは、彼女が最も許すことのできない、絶対的な悪だった。
(…自己満足で、結構!独りよがりと、言わせておけ!それでも、この私の正義は、この理不尽の前で、決して折れるために在るのではない!)
曲げられた槍を杖代わりに、彼女は再び、鬼神をそのまっすぐな瞳で睨みつけた。
犬坂碧毛は、舞姫としての誇りを胸に立ち上がる。
彼女の【礼】の心は、秩序と調和を尊ぶ。呂奉仙の行いは、その全てを蹂躙する、あまりにも無作法で、醜い暴力だった。
(…この戦場を、これ以上、あなたの好きにはさせません。たとえ、この身が砕けようとも、最後の一舞で、この場に再び、秩序と礼節を取り戻してみせます)
その立ち姿は、傷つきながらも、気高く、そして美しかった。
「…解けない問題など、存在しない」 犬山雷道は、砕けた眼鏡を捨て、その【智】の瞳で、再び戦場を解析し始める。
呂奉仙の強さは、規格外。計算上、勝率は限りなくゼロに近い。
だが、諦めた瞬間に、思考は停止する。知性の敗北を、彼女の矜持が許さない。
(…解がある。必ずある。仲間たちとの絆、この戦場、全ての要素を組み合わせれば、ゼロを1にするための、ただ一つの最適解が!)
その声に応えるように、他の犬士たちもまた、それぞれの矜持を胸に立ち上がる。
「仲間がまだ立っている。ならば、私も立つ。それだけが、私の【忠】!」 ――犬飼聖乃は、主君たる仲間を護るという、ただ一つの忠義のために。
「みんなを信じてるから、立てる。この力が、無駄じゃないって信じてるから!」 ――犬村凪角は、仲間との【信】の絆こそが、奇跡を起こす力だと信じて。
「私の『家族』に、手を出さないで…!この街も、仲間も、全部、私の大切な家族なんだから!」 ――犬塚華信は、故郷と仲間を想う【孝】の心が、彼女を突き動かし。
そして最後に、犬田雫文が、静かに立ち上がった。 彼女の【悌】の心は、戦うためではない。傷ついた仲間を、友を、一人にはしないという、ただその一点のために。
(…みんな、もう大丈夫。私が、ここにいるから)
八人の戦乙女が、再び、戦線に揃う。 その身は満身創痍。霊力は、もはや底を尽きかけている。
だが、その瞳に宿る光は、これまでで最も強く、そして気高い輝きを放っていた。 それぞれの誇りを、最後の力に変えて。彼女たちは、奇跡を起こすための、最終決戦へと臨む。
ユウマの声と実況の共鳴が玲奈の魂と共に震える。
「いったれ日本撫子」「冥途の土産にメイド服」「日本人の心はメイドと共に」「八犬士の心は日本人の心」どんなコメントでも戦乙女の心を灯す力になる。
玲奈の言葉は、最後の、そして最強の共鳴となって、八人の戦乙女の魂を一つにする。 「「「おおおおおおお!!」」」 再び放たれる、絆の光。 鬼神を、そしてこの絶望的な戦いを終わらせるための、最後の一撃が、今、放たれようとしていた。




