第百八話:新宿大乱戦・鬼神再臨と魔王復活
「―――さあ、本当の戦いを、始めましょうか」
諸葛孔明の言葉は、新たなる絶望の号砲だった。
呂奉仙は、その身に受けたダメージを、怒りの闘気で燃やし尽くすと、天へと咆哮した。
「我が愛馬よ!この屈辱を晴らすため、日輪の炎を纏い、今、ここへ!」
天が裂け、灼熱の太陽そのものが降臨したかのような炎の塊から、一頭の神馬が姿を現す。炎の鬣をなびかせ、灼熱の蹄を持つ、伝説の【赤兎馬】。鬼神は、その背に跨った。
一騎当千。もはや、彼女一人で、一つの軍隊、一つの天災だった。暴虐の嵐が、再び新宿に巻き起こる。
「―――それは、返してもらうぞ!」
呂奉仙が、石川五愛萌へと手を伸ばす。その圧倒的な覇気の前に、大怪盗といえども抵抗はできない。方天画戟は、その真の主の元へと吸い寄せられるように戻っていった。
「では、改めて始めよう。―――蹂躙の刻を」
その号令は、八犬士にとっての悪夢の始まりだった。
最初に動いたのは、前衛の二人。
「行かせない!」
犬川星荘が、渾身の力を込めて十字槍を突き出す。義の心を乗せた、一点突破の必殺撃。
だが、呂奉仙は、それを方天画戟の刃で受けることすらしなかった。ただ、その長大な柄で、横から軽く払う。
【ゴッ!】という鈍い音と共に、ほしなの十字槍はありえない角度に曲がり、その衝撃は彼女の両腕の骨を軋ませ、そのまま彼女をビル壁面まで吹き飛ばした。
「ほしなちゃん!」
続く犬江桜親の桜新陰流の太刀筋は、神速。だが、赤兎馬が地を蹴った速度は、それをさらに上回った。呂奉仙はさくらの横をすり抜けざま、方天画戟の石突(柄の底)で、無造作にその背中を打ち据える。刃さえも使わない、あまりにも侮辱的な一撃。さくらは悲鳴を上げる間もなく、地面に叩きつけられ、瓦礫の中に沈んだ。
「援護を!」
後方から、犬山雷道が放つ【智】の矢が、赤兎馬の関節、呂奉仙の鎧の隙間といった、考えうる全ての急所を正確に狙う。
しかし、呂奉仙は方天画戟をただ一振り、独楽のように回転させただけだった。巻き起こった衝撃波の壁が、雷道の矢を、その全てを、彼女に届く前に粉砕する。
「風よ!」
犬村凪角が巻き起こした【信】の刃の旋風も、赤兎馬が放つ日輪の炎の前には、陽炎のように掻き消された。
「ならば!」
犬坂碧毛が、その美しい舞と共に【礼】の薙刀を振るうが、呂奉仙はただ一言、
「―――遅い」
赤兎馬の蹄が大地を蹴り、その突進の風圧だけで、碧毛の体はバランスを崩し、無様に転倒させられた。
「この…!」
【忠】の犬飼聖乃が鎖鎌を放ち、赤兎馬の脚を絡め取ろうとする。だが、その鎖は、赤兎馬の蹄から発せられる灼熱のオーラに触れた瞬間、溶けた鉄屑と化した。
【孝】の犬塚華信が放つ音撃も、呂奉仙が放つ、ただ純粋な闘気の咆哮によって、かき消される。
そして、仲間たちの傷を癒そうと、必死に守りの力を展開していた【悌】の犬田雫文。呂奉仙は、彼女を攻撃することさえしなかった。
ただ、赤兎馬でその横を駆け抜けただけ。
その圧倒的な霊圧の余波だけで、雫文の張っていた癒しの結界は、ガラスのように粉々に砕け散った。
一瞬。
まさに、瞬きをするほどの時間で、日本の守護者たる八犬士は、再び、その全てが地に伏していた。
戦場には、燃え盛る新宿の炎を背に、まるで世界の終わりの光景の一部であるかのように、鬼神が静かに佇んでいる。その姿は、あまりにも強く、あまりにも美しく、そして、あまりにも絶望的だった。
その、誰もが鬼神に気を取られた、一瞬の隙。
「―――遊びは、終わりよ」
しなやかで、しかし剃刀のように鋭い殺気を纏った孫尚香が、宮本飛鳥へと急襲する。彼女が投擲した二つの輪**『乾坤圏』**が、変幻自在の軌道を描き、飛鳥の死角を正確に突いてきた。
「!」
飛鳥は、咄嗟に二天一流でそれを防ぐが、その動きは完全に読まれていた。
「まともに武神と正面からやり合うのは愚策!」
服部夜刃は、即座に判断を下す。
「全曜、散開!八犬士と剣豪のバックアップに回れ!孔明の次なる秘術を、何としてでも阻止する!」
伊賀九曜衆は、煙のようにその場から姿を消し、影の戦場へと身を投じた。
だが、威力が減ったとはいえ、赤兎馬を得て、方天画戟を取り戻した呂布の暴虐は、もはや誰にも止められない。その一振りがビルを砕き、その蹄が大地を焦がす。この脅威を、どう止める?八犬士も剣豪も、なす術なく追い詰められていく。
その、絶望が天に満ちた、その時だった。
ダダダダダダダダダダダダダ!
新宿の夜空を、数千の閃光が埋め尽くした。それは、戦国時代を終わらせた、鉄の咆哮。
火縄銃三千丁から放たれた、霊的な弾丸の雨だった。
その弾丸の全てが、呂奉仙へと降り注ぐ。さすがの鬼神も、その飽和攻撃に動きを止めざるを得なかった。
「―――がっはっはっはっは!」
崩壊した都庁の、最も高い瓦礫の上に、一人の戦乙女が、仁王立ちしていた。その背後には、忠実なる小姓・森蘭丸が控えている。
「織田焔、ふっかーつ!!」
その声は、第六天魔王の、完全なる復活を告げていた。
「お前ら、しっかりせい!この日ノ本を、大陸の蛮勇に好き勝手されて、たまるものか!」




