第百七話:八陣図・絆の光路
【伏】の宝玉が放つ、絶対的な絆の光。それは、諸葛孔明が築き上げた知略の迷宮「八陣図」を、その根源から浄化していく、唯一の道標だった。
悪夢から覚醒した犬川星荘と宮本飛鳥が、ユウマたちの元へと合流する。それに続くように、他の八犬士、剣豪、そして伊賀九曜衆もまた、それぞれの心の枷を打ち破り、光の中心へと集結し始めた。
彼らの瞳には、もはや迷いも、疑心暗鬼もない。自らの弱さと向き合い、それを乗り越えた者だけが持つ、鋼のような強固な意志が宿っていた。
『…馬鹿な。人の心とは、かくも脆く、操りやすいものではなかったのですか』
迷宮全体に、初めて、諸葛孔明の動揺した声が響き渡る。
「あんたの言う通りかもしれない。一人一人の心は、確かに弱い」
ユウマは、集った全ての仲間を見渡し、その中心で、強く、そして気高く光を放つ玲奈の手を握った。
「だけどな!その弱い心が、一つに繋がった時!あんたのちっぽけな計算なんか、軽く超えるんだよ!」
その言葉を合図に、玲奈の【伏】の力が、集った仲間たち全員の霊力を、完全に一つへと束ねていく。
「「「―――八犬義盟・天元突破!!」」」
それは、もはや特定の技ではなかった。仲間を信じる心、国を護るという想い、その全てが、純粋なエネルギーの奔流となって、迷宮そのものへと叩きつけられる。
それは、壁を物理的に破壊するのではない。孔明が作り上げた「分断」と「疑念」の理を、八犬士たちが持つ「結束」と「信頼」の理が、力強く上書きしていく、概念の書き換えだった。
ミシミシ…パリンッ!
石造りの壁に、蜘蛛の巣のような光の亀裂が走る。偽りの空がガラスのように砕け散り、その向こうから、瓦礫と化した、現実の新宿の夜空が姿を現した。
八陣図は、完全に崩壊した。
「…見事、ですわね」
崩れ落ちた都庁の残骸、その頂上に、諸葛孔明は、一人静かに立っていた。その手には羽扇が握られ、表情には、驚きはあっても、敗北の色はない。
「この島国の者たちが持つ『絆』の力が、わたくしの論理さえも覆すとは。興味深いデータが取れましたわ」
「ふざけるな!あんたの悪巧みも、ここまでだ!」
ユウマが叫ぶ。結束した八犬士と剣豪たちが、一斉に孔明へと迫る。
だが、孔明は、余裕の笑みを崩さない。
「悪巧み?いいえ、これは、ただの時間稼ぎ。そして、あなた方という戦力の、正確な『測定』ですわ」
彼女が、羽扇をそっと振るう。
「あなた方の『絆』が、どれほどの力を持つのか、その正確な数値は、確かに頂きました。―――さあ、本当の戦いを、始めましょうか」
その言葉と共に、孔明の背後に、新たな二つの強大な気配―――未だその姿を見せぬ、孫尚香と、そして傷を癒した鬼神・呂奉仙の影が、ゆらりと立ち上がった。
迷宮の脱出は、更なる絶望への、序曲でしかなかった。




