第百三話:新宿決戦・剣豪 vs 武神
「―――次なるお相手、この私がいたそう!」
武神・関雲長が、その長大な青龍偃月刀を構える。その姿は、ただそこに立つだけで、戦場の空気を支配するほどの威厳に満ちていた。
「…面白い」
宮本飛鳥は、木刀を構え直す。だが、鬼神・呂奉仙との死闘は、確実に彼女の霊力を消耗させていた。その呼吸の乱れを、武神が見逃すはずもなかった。
「義に篤き者と見受けた。故に、礼を以て、我が全力の一端を示す!『武神演舞・義龍之一閃』!」
関羽が薙いだ青龍偃月刀から、緑色の龍の闘気が、津波となって飛鳥へと襲い掛かる。消耗している飛鳥は、二天一流の守りの剣技『十字受』で、その一撃を捌き切るので精一杯だった。明らかに、形勢は不利。
だが、この戦場にいる日本の剣豪は、彼女一人ではない。
「―――させんたい!」
横合いから、神速の一閃が、緑の龍の側面を打ち砕く。伊東一枝が放つ、『一刀流奥義・無想剣』。
「武蔵一人に、いい格好はさせないわ!」
反対側からは、その長大な刀身を活かし、佐々木沙也加が、関羽の足元を薙ぎ払う必殺剣を繰り出す。『巌流・波切』!
「ほう…」
関羽は、飛鳥への追撃を止め、その身を回転させる。青龍偃月刀が描く円は、完璧な防御陣となり、左右から迫った二人の剣豪の斬撃を、同時に弾き返した。
だが、それで十分だった。飛鳥は、息を整えるための、ほんの数秒を得た。
「…恩に着る、一枝、沙也加!」
「借りは、後で返してもらうばい!」
「まずは、目の前の武神を、斬る!」
三人の剣豪が、関羽を囲むように、品字の陣を組む。
先手は、伊東一枝。彼女の一刀流が、最短・最速で、関羽の懐へと切り込む。
関羽がそれを防いだ瞬間、今度は佐々木沙也加の巌流が、予測不能な位置から、その長大な間合いを活かして追撃する。
そして、二人が作り出した、ほんのわずかな隙を、宮本飛鳥の二天一流が、大小二本の木刀で、攻防一体の連撃となって襲い掛かる。
「見事な連携。だが、我が義の刃は、揺るがぬ!」
関羽は、三人の達人を相手に、一歩も引かない。青龍偃月刀が舞うたび、緑の龍が咆哮し、三人の剣を弾き返す。
武蔵の変幻自在。一刀斎の神速。小次郎の間合い。
日本の剣史に燦然と輝く三つの才能が、中華の武神という、あまりにも巨大な壁の前に、激しく火花を散らす。
戦いは、拮抗。いや、じりじりと、三人の剣豪が逆襲に転じ、武神を押し始めていた。
三人の剣豪が一体となり、中華の武神・関雲長を、じりじりと、しかし確実に追い詰めていく。だが、武神は、決して崩れない。青龍偃月刀が描く円は、義の心そのものを体現した、完璧な守りの陣。いかに三人の剣が鋭くとも、その牙城を完全に崩すには、あと一歩、決定的な何かが足りなかった。
(今だ…!今しかない!)
その一瞬の硬直を、後方で霊力を回復させていた犬江桜親は見逃さなかった。彼女は、自らの心の内で、奈良で出会った師の言葉を反芻する。
『―――我が柳生の真髄は、活人剣。敵を殺すのではなく、その敵意をこそ、斬るのです』
さくらは、残った霊力の全てを、そして、ユウマと玲奈から注がれる絆の力の全てを、愛刀「桜嵐」の一点に収束させていく。それは、自らの身命すらも賭した、文字通り、最後の一撃。
その彼女の背後に、ふわり、と柳生新陰流の師範、柳生兵庫助の霊的な幻影が浮かび上がった。それは、流派の魂が、時空を超えて、自らの愛弟子へと力を貸した瞬間だった。
「―――見せてあげる。これが、私の【仁】の心!」
桜親は、天高く跳躍した。彼女が振り下ろした刃は、もはや憎しみを断つための剣ではない。戦いの連鎖そのものを断ち切り、そこにいる全てを「活かす」ための、慈愛の剣。
「桜新陰流奥義―――仁王不殺剣!!」
桜色の光を纏ったその一閃は、関羽の青龍偃月刀を狙ったものではない。その刃は、関羽の闘気、その根源にある「義」の心そのものへと、吸い込まれるように突き刺さった。
「なっ…!この太刀筋は…!?」
関雲長の動きが、完全に止まる。
彼女の身体に、傷一つない。だが、その魂は、さくらのあまりにも純粋で、あまりにも気高い「仁」の心に触れ、深く揺さぶられていた。
朱麗と交わした、偽りの義。国を護らんとする、さくらの真の義。どちらが本物の「武神」の刃か、もはや、比べるまでもなかった。
「…見事。その剣こそ、真の『義』の刃。我が契約は、道を誤っていたようだ」
関は、静かにそう呟くと、自ら青龍偃月刀を収めた。
「この場は、退こう。そして、我が義の何たるかを、今一度、見つめ直すことにする」
そう言い残し、武神は、緑色の光と共に、戦場から姿を消した。
桜親は、全てを出し切り、その場に崩れ落ちる。
最強の武神を退かせたのは、武力ではない。一人の戦乙女が持つ、仲間を、そして国を愛する、ただ一つの純粋な心だった。




