第百一話:燃えよ剣
鬼神・呂奉仙の一撃は、八犬士たちの肉体と、そして心を、完全に打ち砕いた。瓦礫の中に倒れ伏し、誰もがその絶望的なまでの力の差に、立ち上がることさえできないでいた。
戦場に響くのは、呂奉仙の、全てを見下すような、退屈そうな溜息だけ。
その、静かな絶望を、一つの叫びが切り裂いた。
「―――さぁ!視聴者のみんな!見ての通り、絶体絶命のピンチだ!」
歯を食いしばり、震える足で、たった一人、鬼神の前に立ちはだかったのは、高梨ユウマだった。彼は、自らの無力さに唇を噛み締めながらも、その手に持ったスマートフォンを、まるで剣のように、強く握りしめていた。
「今こそ、推しを推し倒す時じゃねぇのか!?お前らの愛を見せる時だろ!この国の、日本人の団結力を、今見せないで、いつ見せるんだよ!」
その魂の叫びは、配信を通じて、日本中の視聴者の心へと、直接叩きつけられた。
その瞬間、コメント欄が、爆発した。
『おおおおおおおおお!』
『そうだ!負けるな!俺たちの八犬士!』
『星荘、愛してる!お前が俺の正義だ!』
『さくらちゃん、週末のコンカフェ絶対行くからな!ちゃんと待っててくれるだろ!?俺の席、空けとけよ!』
『ライカちゃんのハッキングクッキング、次回も楽しみにしてます!』
『凪角姉様に踏まれたい!』
カオスとしか言いようのない、しかし、純粋で、熱狂的な「応援」の力が、日本中から、この新宿の戦場へと、光の奔流となって注ぎ込まれる。
その全ての光を受け止めたのは、佐藤玲奈だった。彼女の胸で輝く【伏】の宝玉が、まるで太陽のように、眩い光を放ち始める。
玲奈は、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には、慈愛と、そして何者にも屈しない、神々しいまでの威厳が宿っていた。
「―――一度、通用しなかったくらいで、なんだというのです」
その声は、玲奈のものでありながら、より深く、より気高い、伏姫の魂そのものの響きを持っていた。
「恐れるな、我が愛しき八犬士たちよ。誇りを持ちなさい。あなたたちは、この国を守護する、最も気高き戦士なのだから」
その声と光に導かれるように、倒れていた八犬士たちが、一人、また一人と、ゆっくりと、しかし確実に、その身を起こしていく。
その瞳には、もはや絶望の色はなかった。
伏姫の魂の鼓舞と、日本中からの応援という、無限の力をその身に宿し、八犬士たちの霊力は、自らの限界点を遥かに超えて沸騰していた。
「「「限界を超えろ!乙女パワー!」」」
ユウマが、その想いの全てを乗せて叫ぶ。
「「「バトル・メイド・サーヴァントの底力を、舐めるなァァァ!!」」」
八人の戦乙女が、一つの光の奔流となった。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌。八つの徳が完全に共鳴し合い、日本という国の想いそのものを乗せた、究極の合体超必殺技が、呂奉仙へと放たれる。
―――八徳共鳴・天照神星砲!
「…面白い」
呂奉仙は、その身に迫る、星の如き光の奔流を前に、初めて笑みを浮かべた。そして、その神話的な一撃を、あえて正面から、方天画戟一本で受け止めようとする。
だが、それは彼女の慢心だった。光の砲撃は、呂奉仙が受け止めた方天画戟ごと、その鬼神の体を、新宿の地面、アスファルト、岩盤、その全てを貫通して、地下深くへと叩き込んだ。
ゴゴゴゴゴゴゴ…!
直後、東京を中心として、局地的な震度7を観測する、異常な大地震が発生した。
もはや結界など意味をなしていない程の一撃……
ユウマの配信コメント欄も、阿鼻叫喚の嵐となる。
『オレのコレクション棚が倒れたんだが!?』
『え?マジで東京揺れてんの?こっちは震度3』
『すげえ…揺れてる!地面が波打ってる!』
『会社から帰れないんだが?上司見てるか?無理だ』
「…猪口才な!!」
地面が、爆発した。大穴の底から、怒りに満ちた呂奉仙が飛び出してくる。その身に纏うバトルドレスは所々が破れ、その肌には、確かにダメージが刻まれていた。
だが、彼女の闘気は、怒りによって、むしろ先ほどよりも増している。八犬士たちは、最後の一撃で、完全に霊力を使い果たしていた。もはや、誰も動けない。
絶体絶命。その時、瓦礫の山の上に、いつの間にか、一人の剣士が静かに立っていた。
「…お前が、音に聞こえし中華の英雄、呂布の魂か。一度、手合わせしてみたかった」
「何者だ!?」
「―――我、宮本飛鳥。真名を、【宮本武蔵】と申す」
その名乗りに、呂奉仙は鼻で笑う。
「島国の剣豪か。片腹痛いわ」
「まあ、そう言うな。―――いざ!」
飛鳥が、木刀を構える。その姿に、先ほどの呂布の慢心はない。目の前の剣士が、自分と同格、あるいはそれ以上の「武」を秘めていることを、本能で見抜いていた。
「―――圓明流・一の太刀!」
飛鳥の姿が、消えた。いや、消えるほどの、神速の一閃。
それは、八犬士のエネルギーの奔流とは違う。ただ一点、ただ一筋に、極限まで磨き上げられた「斬」の理。
ガヒュン!という甲高い音と共に、呂奉仙の手から、あの方天画戟が、空高く弾き飛ばされていた。




