第百話:最強鬼神・呂奉仙
ドカン!
水曜日の夜、人々が帰路につき、あるいは繁華街のネオンに吸い寄せられていく、そんな平和な日常を切り裂いて、凄まじい轟音が東京中に響き渡った。
西新宿。日本の首都の象徴の一つである、東京都庁第一本庁舎が、まるで子供が砂の城を崩すかのように、いともたやすく、その中央からへし折れて倒壊したのだ。
現場は大混乱に陥り、その衝撃は、瞬く間に日本全土を駆け巡った。
『緊急速報です!東京都庁が、何者かによって攻撃された模様!』
ネットは、テロだ、敵国のミサイル攻撃だと、あらゆる憶測で炎上する。だが、その無数の情報の中に、奇妙な目撃証言が、いくつも上がり始めていた。
『煙の中から、チャイナドレスみたいなメイド服の女が出てきた』
『ありえないくらい強い女が、でかい武器を振り回してる』
剣豪修行からミッドナイト基地に戻ったばかりのユウマたちは、その報に驚愕した。
「嘘だろ!?結界も無しに、いきなり物理攻撃で、しかも都庁を!?」
これまで戦ってきたどの戦乙女とも、その戦術と思想が、根本から異なっていた。
何人かの素人配信者が、命懸けで撮影したブレブレの映像。その中に映る、ありえない人影を見て、彩花の顔が、さっと青ざめた。
「こ、このキャラクターたちは…嘘でしょ…三国志の…!」
その言葉を、安倍星華が、顔を歪ませながら肯定する。
「…中華英雄の戦乙女…。大陸の精力が、ついに本気で牙を剥いてきた、ということですか…!」
新宿は、【仁】の宝玉が守護する、犬江さくらの本拠地だった。
誰よりも早く、崩壊した都庁の現場に駆け付けたさくらは、悲鳴を上げて逃げ惑う人々を護るため、即座に宝玉の力による結界を展開する。
「―――何者だ!」
瓦礫の山の上に、傲然と立つ一体の戦乙女。黒と赤の禍々しいバトルドレスアーマーを纏い、その手には、巨大な方天画戟が握られていた。
「ほう、日本の戦士か」
その鬼神――呂奉仙が、さくらを一瞥した、次の瞬間。
彼女の姿が、消えた。
「なっ…!」
気づいた時には、方天画戟の穂先が、さくらの目の前に迫っていた。辛うじて、柳生兵庫助との修業で叩き込まれた「活人剣」の理心で、その打点をいなし、全ての攻撃を後ろへと逃がす。だが、その衝撃だけで、さくらの全身は痺れ、呼吸が止まった。
(つ、強い…!柳生の修業が無ければ、今ので、やられてた…!)
まともに喰らえば、駆け引きも、防御も、何の意味もなく、ただ粉砕されていた。その、あまりにも次元の違う威力に、さくらは驚愕する。
「…小娘。よくぞ、我が一撃を受け止めた」
呂奉仙は、感心したように、しかしどこまでもつまらなそうに言った。
「我が名は、呂奉仙。今のは、軽い挨拶だ」
その絶望的なまでの力の差に、さくらが戦慄した、その時。
ほしなを始めとする八犬士の仲間たち、そしてユウマと玲奈が、現場へと駆け付けた。
だが、彼らは、呂奉仙の姿を見てではない。その鬼神が放つ、霊圧そのものに、言葉を失った。
「な、なんだ、こいつの放つ霊圧は…!?」
これまで感じたことのない、底が見えない、あまりにも強大で、あまりにも凶悪なプレッシャー。
一同は、自分たちが、本当の意味で「国を滅ぼす」力と、今、対峙しているのだと、肌で理解した。
「こいつ…!冗談じゃない…!」
呂奉仙が放つ、底なしの霊圧。それは、これまで戦ってきたどの敵とも、格が、次元が、そして何より「格」が違っていた。だが、恐怖に足を止めている暇はない。
「全方位から、一斉に仕掛けるぞ!」
犬川星荘の檄に応え、八犬士たちが散開する。ユウマと玲奈の共鳴が、彼女たちの霊力を極限まで高めていた。
「「おおおおお!」」
ほしなの【義】の槍と、さくらの【仁】の太刀が、正面から呂奉仙へと突き進む。
その左右から、【忠】の犬飼聖乃の鎖鎌と、【孝】の犬塚華信の十手が、変幻自在の軌道で呂奉仙の体勢を崩さんと襲い掛かる。
後方からは、【智】の犬山雷道の矢が、寸分の狂いもなく鬼神の急所を狙い撃ち、【礼】の犬坂碧毛と【信】の犬村凪角が、その援護と退路を断つべく陣を敷く。そして、【悌】の犬田雫文が、いつでも仲間を癒せるよう、守りの力を高めていた。
それは、修練を終えた八犬士たちが放つ、完璧なまでの連携攻撃。そのはずだった。
「…虫けらが」
呂奉仙は、その全てを、ただ鬱陶しそうに見下ろすと、手に持った方天画戟の石突を、軽く、本当に軽く、地面にトン、と突いた。
―――鬼神の一喝
次の瞬間、轟音と共に、新宿の地面そのものが爆ぜた。
凄まじい衝撃波が、同心円状に広がり、正面から突撃していたほしなとさくらを、木の葉のように吹き飛ばす。巻き起こった暴風が、雷道の矢を全て逸らし、左右から迫っていた聖乃と華信を、なす術もなく瓦礫へと叩きつけた。
「きゃあああ!」
碧毛と凪角が張った防御陣は、その圧倒的な暴力の前に紙切れ同然に引き裂かれ、雫文が張った癒しの結界も、衝撃の余波だけで砕け散る。
たった、一撃。
ただ、武器の柄で地面を軽く突いただけ。
それだけで、八犬士たちの完璧なはずだった総攻撃は、完全に粉砕された。
「……終わりか?」
砂煙が晴れた戦場の中心に、呂奉仙は、傷一つなく、ただつまらなそうに立っていた。
「児戯にも、劣るな」
八犬士たちは、その身体に刻まれたダメージ以上に、心が折れる音を聞いていた。自分たちの最強の連携が、相手にとっては「挨拶」以下の、ただの「戯れ」でしかなかったという、絶望的な事実を前に。




