第一話:ミッドナイト・トーキョーの怪奇
池袋駅東口を抜けると、ネオンの海が視界に広がる。
家電量販店の巨大なスクリーンから流れる広告の光が、通りを行き交う人々の顔を青く、赤く染め上げる。
アニメショップのディスプレイは最新作のヒロインたちで埋め尽くされ、コスプレイヤーたちの笑い声が風に乗って混ざり合う。ファッションとオタクと夜の街が通り隔てず混在している。
「ここは、欲望の交差点だ」
東池袋へ向かう歩道橋の上から見下ろせば、サンシャイン60のシルエットが鈍く光を纏い、夜空に浮かび上がる。その足元では、居酒屋の暖簾が風に揺れ、醤油と炭火の香りが路地裏を這う。
馬刺しを看板に掲げた隠れ家風の店では、サラリーマンたちのグラスが触れ合い、泡が零れる。
「251メートルの頂で待つのは、東京の全てを見下ろす権利だ」
サンシャインシティへと続く地下通路は、昼間の賑わいとは違う静謐さに包まれる。白い照明に照らされたタイルの床に、硬い靴の音だけが反響する。ふと見上げた天井には、水族館の「空飛ぶペンギン」のプロモーション映像が流れ、青い光が水滴のように降り注ぐ。
そして──
展望台「てんぼうパーク」に辿り着いた時、全ての喧騒は遠のいた。窓の外には、無数のビルが光の結晶のように散らばり、首都高の車列が金色の川となって流れる。ふと、隣に立ったカップルが囁き合う。「ねえ、あの光の向こうに、未来はあるかな」
高梨悠真、22歳、大学休学中のオカルトマニアは、スマホのカメラを手に、いつものように軽快なトークを繰り広げていた。
「よーし、視聴者さん! ユウマのミッドナイト・トーキョー、始まるよ! 今夜は池袋でバズってる噂を追うぜ! ほら、あの噂! 『首都を守るメイド姿の戦士が、夜な夜な妖怪とバトルしてる』ってやつ! ガチ? ネタ? みんなのコメントで教えてくれ!」
■噂のメイド戦士
「ユウマ、ほんとにそんなメイドいるわけねーだろ! CGでバズり狙いだろw」
「いやいや、俺の友達の友達がガチで見たって! メイドが槍持って妖怪ぶっ倒したらしいぞ!」
「#池袋のバトル・メイド トレンド入り待ったなし!」
スマホ画面に流れるコメントに、ユウマはニヤリと笑う。視聴者数は3000人超え、いつもの配信にしては上々だ。池袋の雑居ビルにあるオカルトサークル「東京ミッドナイト」のスタジオ、通称「ミッドナイト基地」から飛び出し、ユウマはサンシャイン60の裏路地へ向かっていた。
「視聴者さんのタレコミによると、サンシャイン裏の路地で『メイドが光る槍で戦った』って目撃情報が! ほら、こういう怪しい場所って、妖怪出そうじゃん? 怖えけど、突撃するぜ!」
ユウマの背後で、佐藤玲奈、20歳の幼馴染が呆れた顔でついてくる。
サークルの副主催で、配信の編集担当だ。
「ユウマ、ほんと無謀すぎ。こんな時間に路地入って、妖怪よりヤンキーに絡まれる方が怖いんだけど?」
「レイナ、ビビってんの? 視聴者さんが守ってくれるって! な? みんな!」
コメント欄が「守るぜ!」「レイナ可愛いw」で埋まり、玲奈はため息をつく。
路地の奥は、街灯が薄暗く、不気味な静けさが漂う。
無意識に「ここから先に進むには、何か大切なものを失う覚悟が必要」という一種異様な雰囲気を感じる。胸の奥にドスンと重くかかる一抹の不安、見えざる恐怖…だが、モニターに何か映っている訳ではない。ユウマはカメラを構え、視聴者に囁く。
「ここ、ガチでヤバい雰囲気。なんか、寒くね? 視聴者さん、妖怪の気配感じる人、手ぇ挙げて!」
その瞬間、ガキュイン!!ギリギリギリ…鋭い金属音が路地に響いた。
キュンッ!ユウマのカメラがブレ、視聴者のコメントが「何!?」「ガチの音!?」「重い金属がぶつかる音じゃね?」「キタコレ!」で溢れる。
「待て待て、なんだ今の!? レイナ、見た!?」
玲奈がユウマの腕をつかむ。「ユウマ、ヤバいって! 逃げよ!」
だが、ユウマの好奇心は恐怖を上回る。
「いや、こんなチャンス逃せねえ! 行くぞ!」
路地の角を曲がると、そこには信じられない光景が広がっていた。
■星嵐のメイド
黒髪の少女が、メイド服に身を包み、両手に巨大な十字槍を構えていた。
大学生くらいの年頃で、池袋のアニメサークルでよく見るコスプレイヤーっぽい雰囲気だが、よくある安いナイロン生地のテロテロの安物のメイド服には見えない。細部まで作り込まれた美しい刺繍はそのう靴しい体のラインを見事に包む混み無駄なく淀みなく彼女のシルエットを美しく表現している。
メイド装束の彼女の目は鋭く、まるで戦場に立つ戦士のようだ。
「退け、妖獣! この池袋は、【義】の宝玉の地! お前の穢れ、許さぬ!」
対峙するのは、巨大な黒い狼のような影。
赤い目がギラリと光り、唸り声が路地を震わせる。
「うわっ、なんだアレ!? ガチの妖怪!? 視聴者さん、撮れてる!?」
ユウマのカメラが少女と狼を捉える。
コメント欄は「CG!?」「ガチすぎ!」「メイドやばい!」で大混乱。
少女が槍を振り上げる。槍の刃が星のような光を放ち、路地を照らす。
「天の星嵐よ…【義】をもって断罪せよ!星嵐穿槍《Celestial Verdict》! 滅せなさい!」
光の刃が狼を切り裂き、影は悲鳴を上げて消滅。
ユウマは口をあんぐり開け、玲奈は凍りつく。
「す、すげえ…! メイドが妖怪ぶっ倒した! 視聴者さん、見た!? これ、ガチのガチだろ!」
少女が振り向き、ユウマを睨む。
「一般人!? なぜここに!? どうやって結界を越えて来た?!戦いに巻き込まれるぞ!」
「え、俺!? いや、待って! 俺、ただの配信者で…!」ユウマが慌てて弁解するが、少女は槍を構えたまま近づく。
「そのカメラ…。お前、戦乙女の戦いを撮ったな? 消せ、今すぐ!」
「消す!? いやいや、リアタイ発信だし…こんなバズる映像、消せねえって! 見ろよ視聴者さんが…!」コメント欄が「消すな!」「うおおおおおおお…燃えるぅ!」「ヤバ!!」「メイド姉貴カッコイイ!」で荒れる。
その時、路地に新たな気配。黒い霧が湧き上がり、女の声が響く。
「ふふ、義の宝玉の守護者、犬川星荘。
その槍…星嵐十字槍さすがね。だが、首塚の怨霊を解放するまで、我々の戦いは終わらないわ。」
霧から現れたのは、白髪のメイド姿の女性。
「龍神毘沙門天のリーダー、上杉聖流!」
犬川星荘と名指しを受けたメイドの少女は相手を良く知っている様だ。
上杉聖流は手に長刀を持ち、水晶珠が雷光を放つ。
「東京魔法陣を破り、将門公の力を解き放つ。神器は我々のものよ!」
星荘が聖流を睨む。「越後の龍、聖流! お前の野望、義の槍で貫く!」
ユウマはカメラを回し続ける。
「待て待て、メイド対メイド!? 将門公? 神器? なんの話!? 視聴者さん、解説頼む!」
コメント欄は「将門の首塚!?」「三種の神器!?」「勾玉!鏡!剣?!」「ヤバイ奴北」「逃げるんだよユウマァ!!」「ユウマ、今北産業ズラカレ!」でカオス。
■共鳴者の覚醒
聖流が長刀を振り、水晶珠から雷龍が飛び出す。
長刀から放たれる直線的な斬撃と自在に軌道を変化させて襲い掛かる無数の雷龍を星荘が星嵐槍で迎撃し、路地が光と雷で揺れる。
エアコンの室外機が弾け、排水管が外れて倒れ、ゴミ箱が散乱する。
「うわっ、ヤバい! レイナ、隠れろ!」ユウマは玲奈を庇いつつ、カメラを構える。
だが、雷龍の余波がユウマに迫る。
「うおっ、死ぬ!?」その瞬間、星荘の槍がユウマの前に立ちはだかる。
「星嵐旋風防衛陣!!」
巧みに槍をさばいて四方から襲い掛かる龍の雷を弾き落とす。
「一般人、下がれ! …ん? この気配…!?」星荘が驚く。
ユウマの胸元で、【義】の宝玉が浮かび微かに光る。
「お前…共鳴者!? 【義】の宝玉が選んだ!?」
聖流が笑う。「ふふ、面白い。共鳴者が現れたなら、なおさら首塚の解放を急がねばね。」
雷龍が再び襲うが、突然、空から光の鳥が降り立つ。
「陰陽師の式神「星鳥」?!…阿部星華か?!」
光る怪鳥が消えると精悍な鋭い目つきの黒髪が長く美しい巫女が立っている。
「聖流、退け。東京魔法陣は我々が守る。神器と首塚はお前には渡さぬ。」
星華の呪符が雷龍を封じ、聖流は霧に消える。
「また会うわ、戦乙女。共鳴者もな。」
戦闘が終わった…余りにも人知を超えたその光景の終息に、ユウマはへたり込む。
「はぁ、はぁ…何だったんだ、今の!?」星荘が槍を収め、ユウマに近づく。
「お前、名前は?」
「高梨…悠真。ユウマでいいけど…。あの、メイド戦士さん!?」
「犬川星荘。戦乙女だ。一般人を巻き込む気はなかったが…お前、【義】の宝玉に選ばれた共鳴者だ。結界の戦いに協力してもらう。」
「協力!? 俺、ただのオタクだぞ!?」たった今目の前で行われた超常異能バトルの現実を受け入れられない…膝が笑って腰が抜けている…失禁しなかっただけ褒めて欲しい…と思うユウマが間抜けな顔を晒しながら言う。
だが星華が冷たく言う。
「共鳴者なら、結界の異変を感知できる。お前の配信、役に立つかもしれない。だが、神器と首塚の秘密は漏らすな。」
玲奈が叫ぶ。
「ユウマ、こんなヤバいのに巻き込まれる気!? 配信やめなよ!」
ユウマはスマホの配信画面をみて、改めてカメラに切り替えて、ニヤリと笑う。
「やめる? こんなバズるネタ、逃すわけねえだろ! 視聴者さん、見たよな? メイド戦士、ガチだった! これから、東京の怪奇を追うぜ!」
コメント欄が「ユウマ最高!」「#メイド戦士」「ガチでバトル!?」「#東京魔法陣」「結界万歳」で爆発。視聴者数が5000人に急増する。
■ミッドナイト基地の決意
ミッドナイト基地に戻ったユウマたちは、配信の反響に驚く。
ケンタ(田中健太、ガジェット担当)がドローン映像をチェック。
「ユウマ、星荘の槍、ガチの武器だろ! あの光、マジでヤバかった!」
アヤカ(山本彩花、オカルトマニア)が目を輝かせる。
「将門の首塚! 三種の神器! 八犬士のメイド説、ガチじゃん! Xでバズってるよ!」
玲奈がため息。
「ユウマ、ほんと無謀すぎ。こんな危険な配信、続けんの?」
ユウマは笑う。
「危険だからこそ、バズるんだろ? メイドや巫女さんが戦ってるなら、俺の配信で応援するぜ。視聴者さんと一緒に、東京の真実を暴く!」
その夜、Xで「#池袋のメイド」がトレンド入り。視聴者の投稿が「星光のコスプレイヤー」
「将門の呪い」「東京魔法陣の共鳴者」「人外ガチバトル」と盛り上がる。
一方…「北条氷華様こちらをご覧ください…」と言われた女性がスマホのモニタ越しにがユウマの配信を解析。
「共鳴者、か。東京魔法陣の鍵だわ。首塚の解放に利用させてもらう。蝦夷共和国の悲願、北海道独立に役立っていただこう…フフフ」
ユウマの知らぬところで、東京魔法陣の戦いは新たな局面へ。メイド戦士の都市伝説が、オタクの配信で神話に変わろうとしていた。
■参考文献
荒俣宏「帝都物語」
加門 七海「大江戸魔方陣」「東京魔方陣」