何もない
「知っての通り、我が国では、人の王が知を、竜の王が武を担当する。聖竜の魔力はとても強いが、ユークリッドはまだ善悪を知らない。力を悪い方向へ使う可能性がある」
つまり、聖竜ユークリッドの情操教育を私に任せたいということらしい。
……でも。
「私は、他国の人間です。それなのに、そのような重大な職務につくことは可能なのでしょうか?」
私が、祖国ソレクルのために教育をする可能性もある。それはドラグーナにとってとても不味いことになるのではないだろうか。
ストック殿下は私の言葉に頷いた。
「我が国にとって重要な問題だ。だから、本来なら、我が国のナンシー公爵令嬢が〈聖竜の守り手〉になるはずだった。だが……」
「キュウ」
ユークリッドが私にすり寄った。頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を揺らす。
「子竜が舌を使ってスキンシップをとり、なつくのは〈聖竜の守り手〉ただ一人だけだ」
つまり、これほどまでになつかれてしまった以上、私以外に〈聖竜の守り手〉になれる人物はいない、ということらしい。
……けれど。
「……一つお伝えしなければならないことが、」
ぎゅっと、震える手を握る。
このことを伝えるのは、怖い。
でも、これからこの国で生きていくなら、隠し通せないことでもある。
「どうした?」
不思議そうに目を瞬かせたストック殿下を、見つめ返す。
「ーー私には、魔力がないのです」
声も震える。
それでも伝えなければと言葉を探す。
「生家ハーデス侯爵家も追放されました。おそらく、数日後には『リリカ・ハーデス』という人間は、流行り病で亡くなります」
──言ってしまった。
必要なことだとわかっているのに、後悔に襲われる。
だって、私を生んでくれたお母様でさえ、悪魔の子と罵倒したのだ。
ストック殿下にも侮蔑の表情を向けられるに違いない。そう思い顔を伏せると、ストック殿下が近寄る気配がした。
「リリカ嬢」
「ーーあ」
温かい手が震える私の手を包んだ。
その温かさに、思わず顔を上げる。
「ソレクルは魔力至上主義だが、ドラグーナは違う。そんなことで、あなたを貶めることはしない」
真っ直ぐな青い瞳が私を見つめていた。
「で、ですが、魔力は神からの祝福で……」
それでもその言葉を否定するように呟いてしまったのは、傷つくのを恐れる弱い心からだった。
「そんな迷信が信じられているのは、ソレクルだけだ」
きっぱりと言い切ったあと、ストック殿下は首を傾げた。
「しかし、妙だな」
「……妙?」
「魔力をもたない人間に子竜がなつくはずが……いや、そんなことは今はどうでもいい」
相変わらず私の手を包んだまま、強い瞳で私を見つめた。
「リリカ嬢は辛い思いをしたのだな。ーーもう、大丈夫だ。ここに、あなたを貶めるものは何もない」
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