幸せになるはずだった
ーー追放するとの言葉通り、私は身一つで馬車に揺られていた。
向かっているのは、隣国との国境にある森だ。
その森には、魔物が数多く住んでいる。
私の祖国ソレクルには居場所がないからといって、隣国に渡ろうとも、非力な私一人では到底不可能だ。
手の中で、冷たい小瓶を転がす。
この小瓶に入っているのは、ハーデス家に伝わる毒だ。
私に残された選択は二つ。
魔物に怯えながら森を彷徨い、魔物に殺されるか、それとも潔く自死を選ぶか。
馬車が止まった。
御者が扉を開けて、私を引きずり出す。
そして、そのまま振り返らず馬車は去っていった。
「……」
こんな状況にも関わらず、泣かずにすんでいるのは、あまりにも現実感がないせいだった。
だって、今日は私の人生最良の日になるはずだった。
お父様、お母様、お兄様たち、それにーー婚約者のセリウス殿下だってそうなることを期待していたはずだ。
「……セリウス殿下」
来年、結婚するはずだった彼の名前を呼ぶ。
私たちは貴族世界ではめずらしく、恋愛結婚をするはずだった。
本来なら、セリウスの婚約者は当時婚約者がいなかったマリーヌ・ダルマン公爵令嬢がなるはずだった。
けれど、社交界デビューを果たした夜会で、私は、セリウスに見そめられたのだ。
「……私と踊っていただけませんか?」
そう言って差し出された手を、いまだに忘れることができない。
一国の王子である彼の手は、緊張で微かに震えていた。
「喜んで」
そう言って、手を取ると安心したように笑った顔も。私の手を包み込む大きな手も。拗ねると少しだけ口数が少なくなるところも。
全部が、大好きだった。
一緒に幸せになるはずだった。
ずっと離れず、そばにいて、微笑みあって、いつかはセリウス殿下との未来を作って。
そんな風にして、幸せになるはずだった、なれるはずだった。
……それなのに。
お母様に言われた言葉が蘇る。
ーー悪魔の子よ! お前なんて産まなければ良かった!!
私は神の祝福たる魔力を持たず生まれてきてしまった、悪魔の子で。
お母様は、私を産んだことを後悔していて。
お父様もお兄様たちももう、私を家族とも思っていなくて。
「……っ!」
魔力測定後、初めて、涙が零れた。
私はーー私は生まれてきてはいけなかったのだろうか。
もう、このまま毒を飲んで死ぬしかないのだろうか。
セリウス殿下にさよならも言えないまま。
「ーーガルルルル」
低い唸り声に、はっ、とする。
顔を上げると、魔物が目の前に立っていた。
ーー嫌だ。
ーー怖い。
ーー死にたくない。
でも、冷静な部分が、魔物に食い殺されるよりは、毒を飲んだ方がいいと告げていた。
震える手で、小瓶の蓋を開けようとする。
「……っ、あ」
手が滑って小瓶が落ちてしまった。
そうこうしている間にも、魔物は私との距離をさらに詰めた。
ーー魔物が、跳躍する。
「!!!!」
ぎゅっと目を強く閉じて、衝撃に備える。
「! …………?」
しかし、衝撃は一向にやってこない。
どうして……?
ゆっくりと、目を開ける。
「……え?」
「キャーウ!」
ーー大きなトカゲが私の目の前に立っていた。
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