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星旅シリーズ

水の蓮

作者: 十七夕

 此処は、剣と魔法の希望の光に満ちた世界、小さい頃はそう思っていた。

 母に見せてもらった魔法は、水で出来た花だった。綺麗で、触ると冷たくて、でも、とても暖かくて心地よかったのを今でも覚えている。

 でも違った。輝いていたあの世界は、あっという間に朽ち果て、炎の中に消えてしまった。


 家も、友達も、母も。


 たった一夜で、たった数時間で、絶望の中に落ちていった。全部無くなった、好きだった人たちは全員いなくなった。でも、僕は生きている。まだ生き残った人はいる。だから、少しでも、ほんのちょっとでも、あの日々のように、あの生活のように、母に手向けるために、あの日の、仇を取るために……


「弟子にしてください! お願いです!」

 力いっぱい頭を下げてお願いする。この人しかいない。あの仇を討つためには、この人に術を教えてもらうしか無い、そう確信した。


「んないきなり言われてもな……俺は弟子なんか取る気ねぇし……この村についさっきたまたまたどり着いただけの奴でいいのかよ」

 困惑するのは無理もない。僕はこの人に会って数秒だ。村の人と話している所を割り込んで一言目で言った。でも、それだけ一目見てわかった、この人は村の人とは比べ物にならないほど強い。多分、村の人全員と同時に戦って勝てるほどだと思う。とにかく、雰囲気が違うんだ。


「あなたに教えてもらいたいんです! お願いします!」


「あ〜……んじゃ理由、何で弟子になりたいんだ? 教えるにしても何を教えりゃいいのかわからねぇよ」


「仇です。親を、友達を、村のみんなを殺したあの魔物をこの手で殺すために! 僕は強くなりたい!」

 力いっぱい声を出した。これで少しでも意思が伝わったのだろうか? 彼は少しニヤけていた。


「よし、そう言うことならなってやってもいい。だが、前提条件だ。お前は奴らをどれ程の殺意を持って殺したい?」


「どれ程……?」

 考えた事もないことを言われ、少し考え込んでしまった。ただ、仇を取りたい、報いを与えたいと言う感情だけだったから。


「んじゃ質問を変えるか、お前は何処まで殺したい? 仇の魔物だけか? 仇の魔物と同種の奴全部か?」


 なるほど、そういう事だったのか。なら――


「この森に住んでる奴ら全部! この村を! この国を苦しませた奴ら全部! 俺が殺してやる!」

 僕は今までに無いくらい力を込めて、自分の意思を吐き出した気がした。言い切った後、少し呼吸が荒くなる程に。

 でも、この人は何も言わず、ただじっと僕を見つめていた。少し睨んでいるとも思えた。

 彼の青い目が少し怖い。彼は何を見てるんだ?僕を見ている筈なのに、見ていないように思える。

 この人には何が見えているのだろう。


「……お前、鍛えてるよな?」


「はい? 素振りなど初歩的な事はしていますが」


「んじゃ、試しにひと試合しようか」


「いきなりですか?」

 僕は一応常に剣を持っている。でも彼はこの村に来るまでで魔物と遭遇していてもおかしくないのに、武器の一つも持っていない。でも、それでも勝てないとさえ思えてくる、それ程のプレッシャーを感じる。


「ほら、後で話すから。そこの人一度下がっててもらえるか? 丸腰じゃ危ないだろ?」


「あなたも一応丸腰ですよ?」


「一応って事は分かってるな? ほらかかって来いよ、じゃねぇと弟子にしねぇぞ?」


「ですよね……でも、僕だって頑張って来たんだ、余り舐めないでください」


 剣を構え、相手の隙を探す。予定調和のように棒立ちなのに隙がない。年齢だって見た目的に五〜八歳差程の筈なのにだ。

 やはり、この人がここに来てくれて良かった。


 なるべく死角を狙って素早く振るった筈の剣は、当たり前のように片手で止められてしまった。

 力を込めて深くに行こうとしても、ただキリキリと音が鳴って動かない。


「その歳にしては上出来だ、少し誇っていい」

僕の刃を受け止めながら淡々と口にし、ニヤリと笑っている。


「ありがたいですけど、あなたのその二十代程の見た目で言われたくないです」


「そうか? まぁそんなもんか」

 彼がそう言った後、少し聞き覚えのないバキッと言う音が聞こえた、絶対に不味いとは分かっている、頭の中で考えているけど、込め続けた力を瞬間的にやめるのは難しいと言うか、思考だけが加速して体が追いつかないやつだ、これ。


「痛ってぇ!!」

 盛大に地面に頭から落ちた。完璧に受け流された。やっぱり敵わない、痛い。


「こう言う技術は学んでねぇ……そりゃそうか、独学じゃ無理だろ? 俺が教えてやるよ、ほら立て。名前は?」


「ラジスです! よろしくお願いします!」

 起き上がってすぐ、力いっぱいもう一度頭を下げた。何故か頭に少し冷たい感覚が流れたけど気にしないことにした。


「ラジス……お前、無理すんなよ……?」


「はい! 無理は体に悪影響ですからね!」

 言った後、少しの沈黙があった。彼……師匠は顔に手を当てて頭を抱えていた、僕が言った事は間違っていないと思っていたけど、違うのだろうか。


「あー……俺が悪かった、ほんっとうに悪かった。とりあえず今日は早く家帰れ」


「なんでですか? まだお昼です、僕はまだやれます!」


「昼だろうがなんだろうが今日は終わり! 後ろの木に隠れてこっちを見てる奴に手当してもらえ」

 後ろ? 見られてたのか? 気づかなかった……


「って! エリーっ!?」


「ラジ!? 頭に大けがしてるの!? 頭から血が沢山出てるわよ!?」


「え?」

 気になって額を触ってみると、手に血がべっとりとついていた。


「早くこの布で拭いて! お母さんのところ行って手当てしてもらうよ!」

 そう言ってエリーが僕の腕を引っ張ってきた。


「ちょっと待って! 僕まだ師匠に聞きたいことが!」


「あとでいい! 帰るの!」

 食い気味で言われて僕はなすすべなくエリーの家に引っ張られてしまった。


 ◇◆◇


「もー! 馬鹿なの!? なんでこんな状態で痛がってないのよ! 頭に剣の破片刺さってたのよ!?」

 そういいながらエリーは僕に包帯を巻き付けてくれている、ありがたい。


「ごめん! 勢いだけでやってたから、痛みとか全然考えてなくて、気づいたらこうなってたんだ」


 本当に、エリーに言われるまで自分の頭に剣の破片が刺さってたなんて考えてもなかった。ただ痛いなーくらいにしか思ってなかった。

 だから師匠は急に帰れって言ったのかな?


「ラジはいつも自分のことは二の次なんだから! 心配するこっちの身にもなってよ!」


「ごめんエリー……いつもありがとう」


「感謝するならケガしないでよね」


 僕に説教しながら手当てしてくれている彼女は、二年前に母親とここに引っ越してきた。きれいな薄めの金髪に青混じりの琥珀みたいな目をしてる、エリーベという名前の少女だ。

 剣と魔法の練習でいつもけがをしてる僕を見かねて、よくこうして手当てしてくれる。とてもやさしくて頼りになる人だ。


「はい終わり、あっちの部屋でお母さんがご飯準備してくれてるから行こ」


「そこまでしてもらわなくていいよ。家に帰って自分で作れるから」


「自分で作ろうとしないで、怪我人なんだから動かないの。おとなしくうちのお母さんのごはん味わっといて!」


「……わかったよ」


「わかったならいいわよ、お母さんだってラジのこと、反抗期の息子が出来たみたいって嬉しそうにしてたんだから」


 そういうことで僕は、エリーの家でお世話になった。エリーの母親に反抗期と思われているのは少し不服ではあるが。あと、エリーの隣で寝ることになって、とても寝ずらく、一、二時間程しか寝れなかった。



 次の日の早朝、日が昇って直ぐに、僕は昨日師匠に会った場所に向かった、着くとそこには、師匠が胡坐をかいて座っていた。


「もう来たのか、早えな」


「何してるんですか? 師匠」


「暇だったからお前の折れた剣の破片を集めて復元してたんだが、ちょうど剣先の破片が無くてな」


 師匠の見ている方を見ると、自分の剣が綺麗に並べて復元されていた。それに師匠が言っているように剣先だけなかった。

 僕はその剣先の行方について心当たりしかない。


「これですか?」

 そう言いながら、ポケットの中に入れていた自分の頭に刺さっていた剣の破片を取り出した。


「まさにそれだ! この破片お前の額に刺さってたやつだろ? 見事に刺さったな」

 師匠が面白そうににやけながら言った。僕だって刺したくて刺したわけではないし、第一、師匠が剣を砕いたのが原因だと言い訳しても、たぶん師匠は面白がる気がしたのでやめた。


「それより師匠、今二人とも剣を持っていませんけど、今日何かしらの訓練とか、修練とか出来るんですか?」


「出来るだろ、魔法くらいなら」


「魔法ですか……」

 僕は魔法を発動させることは出来ても、操ることがからっきし出来ない、母がやっていたように全然出来ず、いつも自分で発動した魔法に振り回されて服を焦がしたり水でびちゃびちゃにしていた、村の大人に教えてもらってもダメだった。師匠に教えてもらったら出来るようになるのだろうか。


「反応が下手ですって言ってるようなもんだぞ? まあ決まりだな。とりあえず今どれくらい出来んのか見せてくれ、一番得意なやつで」


「師匠に水掛けたらすいません」


 一応言ってから試みる。誰でも使える空気中や地面にある水を集める魔法。凄い人は純水を集められるらしいけど、僕の水は多分川の水レベルである。


 ほんのりと光りながら、僕の手のひらの上に集まる水の球は、片手で収まる程の大きさになってすぐ、ただの水と化して落ちた。


 それから一、二分程、二人とも黙ってその光景を見ていた。とても気まずくなった。


「お前、一般人以下じゃね?」


「その通りなんで言わないでください」


 たとえ事実だけを言っているとしても、それが人を傷つける事になるのはよくあると思う、エリーに言われ続けて、師匠にも言われて、嫌というほどわかった。


「あー……とりあえず、昨日俺がやった受け流しっつうか避ける方法でも教えてやるよ。剣は明日までに俺が用意してやるし……」


 ◇◆◇


 そうして、恩情をかけられながら始まった修練は、僅か一週間で終わりを迎えた。

 師匠が思い悩んでいるのでまだ分からないが。


「お前に教えることもうねぇよ! 俺教えんの上手くねぇし!」


「そんなことないです師匠。僕、師匠に教えて貰ってから格段に強くなった気がするので」

 剣の振り方から魔物の肉体に即した切り方、弱点の突き方まで教えて貰って、あまり体力は増えていないのにもかかわらず、戦える時間が増えた。


「まあそりゃそうだ。お前に教えてんの俺が一番戦いやすいと思ってる自己流の剣術だからな」


「なるほど、通りで」


「おいコラ、今通りでって言ったな? 通りでってなんだよ通りでって。やっぱなんか思ってたんだろ」


「いえ、いい意味なので大丈夫ですよ、そんなに言わなくても」


「そうかぁ? ならいいんだが……とりあえずお前に教えられる事なんざ実践訓練ぐらいしかねぇのよな」


「実践ですか、となると、あの森で?」

 あの森、通称ドロストの森。実感は無いが、この大陸で一番大きい森らしい。この森の深くに行けば行くほど魔物が強く、数も増す。この森を横断しようとするものなら間違いなく死ぬ。迷い込んで行方不明になる人も多いこの森が、今一番魔物に出会いやすく、戦える場所だ。


「そうなんだがなぁ……実践をやるには強えし他の弱い魔物がいる場所には遠いしでよ……この村マジで実践に向かないんだよなぁ」


「なるほど」

 確かに、強い魔物しか見たことがないし太刀打ちもできなかった。過去に戦って死にかけた事が何回かある。


 そうして二人して考えている時、エリーがこちらに向かって走って来ているのが見えた。


「エリー? どうしたのそんなに急いで」

 息を切らしながら走ってきたエリーは、深呼吸をして落ち着こうとしていた。とても焦っているように見える。


「お母さんが、お母さんが何処にも居ないの! 最後に見た人に聞いたら、森の入り口近くで見たって言ってて……もしかしたらお母さん、森に行ったかもしれなくて……」


 エリーが言ってすぐ、僕は師匠の方を見た。助けに行きたいと言わんばかりの顔で見た。師匠は張りつめた顔で考えている。


「行くしかない、か……全くもって面倒くさいが、ラジスの卒業試験にはちょうどいいな、今から行く。エリーベは危ないから待ってろ」


「私も行く! ダメって言っても勝手に付いていくからね」


「エリー、流石に魔物のいる森に戦った事のない君が行くのは……」

 確かにエリーの気持ちも分かる。と言うか、僕がこうして鍛錬している理由もエリーと同じだ。僕がエリーの立場だったら同じ様に行こうとするだろう。でも、エリーを危険な目に遭わせたくない。


「まあいい、危ない時は俺とラジスを置いて逃げろ。あと家からナイフの一本でも持って身に付けておけ」


「それでいいのね、今すぐ取りに行ってくる!」

 そう言ってエリーはさっきと同じくらいの速さで戻っていった。


「なあラジス、お前あいつのこと好きなんだろ」


「え……そ、そうですけど……」


「だったらあいつにいい所見せてやれよ」


「はい!」


 それから、エリーが来るのを待って、彼女の母親が森に入って行ったであろう入り口に着いた。


「いいか? ここから先は魔物といつ出くわすか分からない。いつ死ぬか分からないような場所だ。そんな所に足を踏み入れる前に、お前らに言っておく事はただ一つ。最愛の人の死を受け入れる覚悟を持っとけ、それだけだ」


 師匠が言うには、全員死ぬかもしれないし、エリーの母親がもう既に死んでいるかもしれないから、その覚悟を持っておけとのことらしい。

 そして、それ以外に大事なことは沢山あるけど、今更だし長いと怠いからこれだけでいいらしい。師匠らしい考え方だと思う。


「それじゃ、行くぞ!」


「「はい!」」


 森に入ると、当たり前だが沢山の木があって、地面に沢山の根が張られていて走りづらい。師匠が僕とエリーのスピードに合わせてくれているおかげで問題ないけど、師匠はひょいひょいと木の根を飛び越えながら進んでいて、経験の違いを見せつけられている気がする。


「ラジの師匠! ずっと一定方向に走ってますけど、どこに向かってるんですか!?」


「ウズでいい、お前の母親の位置が分かってるからそこに向かっているだけだ」


「分かるんですか? どうやって……」

 魔力を薄く張り巡らせて周辺のものを探知する魔法はあると聞いているが、今まで走った距離を考えると到底探知出来るような距離じゃない。それでもやってのけたのが師匠なんだ。


「質問には後で答えてやる、もうすぐ着くから身構えとけ!」


 そう言われてからすぐ、木々のない開けた場所に着いた。草のみが生い茂り、木の葉もなく空が見える場所だった。

 いや、その空間の真ん中に一本の木があった。白い枝に色とりどりの、大きな飴みたいな実がなっていて、まるでこの世のものではないように見える、そんな木の下で、エリーの母親が横たわっている。


「お母さん!」


「待ってエリー、この木多分魔物だ」


「正解だ。神々しくても禍々しくても、この世のものと到底思えないやつの大半は魔物だと思えって言ったのを覚えているようで何より。そして、こいつのテリトリーはこの開けた場所一帯だ。エリーべはこの境目付近に居ろ、そうしたら魔物に襲われる心配はない」


 言われて直ぐにエリーは移動して、そこに立ち塞がるように僕と師匠は前に出た。


「師匠、どうやってエリーの母親を助ければいいんでしょうか?」


「それは俺がやる、ラジスはあの魔物の注意を引き付けていてくれ」


「囮ですか……」


「いや、出来そうなら戦っていい。あいつの弱点は幹の真ん中にある目だ」


 師匠に言われてあの木の魔物をまじまじと観察しても、目なんかどこにもない、ヤツに目を開けさせる必要がありそうだ。


「行くぞラジ、お前なら出来る。仇への第一歩って所か?」


「はい、何年もの努力、ここで見せてやりますよ!」


 師匠と同時に魔物の方に走る。僕は右側から、師匠は左側から気配を殺して向かう。

 どんな攻撃が来るか分からない。だからといって臆す理由になんかならない。直に魔物は動き出す。多分獲物を逃さない為に、先に師匠の方に注意が行く、その前に――


 ――ふと、足元に落ちている石に目が行った。投げるしかない、そう確信した次の瞬間、僕は魔物に向かってそれを投げていた。


 キエエエと言う甲高い鳴き声が聞こえ、一直線に僕に向かって木の根が向かってくる。予想通りではあるがやっぱり意思を持った生き物相手に戦うのは難しい。


「ナイスだラジ! 耐えろよ!」


「了解です!」

 僕の行動は正しかったと言えよう、ナイスって言われたし。今は避ける事に集中しよう。無尽蔵に根は来る、少しの油断も許されない。なるべく根の一本でも切りたいが余裕が無い。


「前進だ!木に近づけば近づくほど太くなって動きが先のほうより鈍くなる。だが当たれば終わりだ」


 エリーの母親を抱えて離れようとしている師匠が助言してくれた。ありがたい。教えるのが下手だと言うのは多分噓だ。こんな瞬時に的確な助言をしてくれているのだから。それに下手だったら僕がこんなに動けるようになるはずがない。

 でも、根が自分の体を時々掠める、どうしても避けきれない攻撃が多くて、体の所々が痛む。


「運び終わった! 今から行く!」


 師匠が来てくれる。でも気を緩めちゃいけない。根で攻撃してくる時、奴は目を開いている。気持ち悪いくらいに沢山、枝分かれの部分にある黒い目が常に見開いてこちらを見ている。

 

 ――今なら、殺せる。


「ラジ!? おい止まれ! 魔法無しじゃお前にこいつは倒せない!」


 魔法無しじゃ殺せないのか。なら、今ここで、例え制御できなくてもやってやる!


今まで、僕はずっと魔法を使う時押さえつけようとしていた。でも今だけは押さえない、全力で、こいつを殺すんだ。


『ラジ、魔法はイメージだ。頭の中で思い浮かべろ、過去に見た魔法でも、剣でも何でもいい』


 少しだけ魔法の練習をした時、師匠に言われた言葉だ、それでも練習の時にはイメージ出来ずに失敗に終わっていた。でも今は――

 過去に見た、魔法……そんなの、一つしか思い浮かばなくなってしまった……母の、水の花が。


 木の目に向かって走り続けながら思い浮かべ考えた時、抑えることを止めた水がうごめき、形作ろうとしている。それを、まじまじと見る暇は無く突き進む。もう、足を止める事は出来ない、止められなくなってしまった。もうすぐ目だ、たとえ殺せなくてもいい。こいつに一撃お見舞してやる、その目を潰してやるんだ!


『ラジス』


 ――母の、声? 数年前の母の声が頭に鳴り響いた。最初で最後に魔法を見せてもらった時の、優しい声が。

 少し冷静になれた気がする。目の前に見える無数の青白い花が、道を指し示してくれている。あの時と同じ、水なのに温かくてホッとする感覚が心地よく、思う存分剣に力を込められる。それに――


 ――もう一度、母に会えて良かった。



 刹那、一本の木が切り倒された。


 悲鳴をあげながら倒れた木は、先程の白く神々しい木だったとは思えないほどドス黒い木になり果てた。七色に実る果実も腐り果ている。

 僕は斬りかかった勢いのまま地面に倒れた。体中が痛い。魔物の根っこに切られた足のまま走ったせいでバカみたいに痛い。


「おーい、生きているかー?」


 師匠の声が聞こえる、足音で向かって来ているのもわかる。でも見えない。顔を動かせない程に何も出来ない。いたぁい……


「これ死んでんな、置いていこう」


「まって師匠! 酷い! せめて死体は持って帰ってくださいよ!」


「はははっ! 冗談だっての! 傷だけ治してやっから起きろ」

 

 傷だけ、治す?

 疑問に思った瞬間、少し気持ち悪いが傷がみるみる塞がっていく感覚がして、痛みが引いていく。こんな魔法あったのか。本にもないような魔法をこの身で体験できるなんて。


「師匠、いま何をやったんですか?」

 起き上がれるようになって直ぐ、この言葉を口にした。今まで読んだ本に、こんな魔法も似たような魔法も書かれていなかった。もし使えるようになれたらとても便利なものになれる気がする。


「企業秘密♪」

 

「そうですか、教えてくれないんですね」


「どうしても知りたかったらそこのエリーベが知ってんじゃね?」


 そういえば、エリーの母親は大丈夫なんだろうか? 師匠が冗談を言っているし、大事になってはなさそうだが、それでも少し心配に思えてくる。


「エリー、大丈夫?」


「大丈夫、お母さんも気絶してるけど怪我とかないし、こうして生きてるもん」


「良かったよ、みんな無事で」


「一番の重傷者が無事って言うなよな。あぁあとエリーベ、お前の母親ちょっと見せてもらってもいいか? さっきは生存確認と命に関わる怪我とかが無いか見るだけだったからよ。それに魔物の瘴気、今あの切った木から出てる黒い煙の事なんだが。それを体内に入れると内臓がダメになるからそんな直ぐに見れないんだ。ついさっきこの無鉄砲突っ込みバカは見たから、次はって事でいいか?」


「いいですよ、むしろ見てほしいです」

 エリーはクスッと笑った後、そう口にした。確かに無鉄砲で走ってったけど、エリーの前で言わないで欲しい。恥ずかしくなってくるから。


「そうだラジス、お前に一つ教えていないことがあった」

 師匠がエリーの母親の元へ向かいながら、僕のほうに振り返らずに話し始めた。何か重要な事を言われそうな気がする。


「お前に教えた魔物の特徴、覚えてるよな?」


「はい、異様な見た目と黒い白目です」


「そう、その二つ、魔物なのかただの生き物なのかわかりづらい奴もいるから。その時は無理やり目をかっぴらかせればいいわけで……」


 そう言いながら、師匠は何故かエリーの方に立ち塞がった。急にこんな事を話し始めて、何か裏がありそうと言うか、少し雰囲気が怖い。そう考えていたら……


「なあエリーベ、いや、お前。いつから乗り移っていた? 俺が母親を運んだ時は違ったよな? 目を見せなきゃ怪しまれない訳ねぇんだよ、くそ野郎が」


 乗り移る……? まさか、そんな訳ない……エリー……エリーに、まだ伝えてない事が沢山あるのに……。


「ラジ、魔物に体を乗っ取られた奴って見たことあるな? その反応はお前が戦うと決めた理由の時か? まあいい、魔物に体を乗っ取られた時、元の体の人間は生きているのかどうか、乗っ取りを解除出来るのかどうか、知らない訳ないよな。よりにもよってお前が」


「……はい、体を乗っ取られた人は、僕の記憶でも過去の文献でも、例外なく死んでいます」


「だろうな。お前がこの後出くわす奴もそうだ。この技術が進歩するのは、後にも先にも無いだろうな」


 師匠が、まるで当たり前かのように無情な言葉をかけてくる。目の前に見えるエリーだった者の姿が、先ほどと同じなのに、違うと頭が言っている。瞼を開けて話していなかった事に、師匠に言われてから気づくこの頭がだ。


 ああ、僕は今、確実に正常な思考が出来てないんだろうな。師匠が言っていた最愛の人を失う覚悟は、僕にもいる覚悟だったんだ……。ごめんなさい、師匠。僕はその覚悟を持てていませんでした。


「全く、お前ってつくづく豪運だよな。この場に俺がいるんだぜ? 全員生還以外の選択肢なんか初めから用意してないんだよ!」


 師匠は、何を言っているんだ? そう思った瞬間、師匠とエリーの周りが、眩い程に光った。これが、今まで一度も見たことがなかった師匠の魔法なのだろうか? いや、そうでもなきゃ説明が付かない。それに、今更だが思った。師匠に魔物であるとバレたはずなのに、エリーは、エリーに乗り移った魔物は逃げようとしなかった。その場で静止していた。それも恐らく師匠がやった可能性が高い。


 やっぱり師匠は、普通の人とは違う、少し変なお人だ。


だんだんと弱まっていく光の中から、自慢げな笑顔でこちらを見ている師匠と、木に寄りかかっているエリーが現れた。エリーの意識が無いのが少し心配だが、師匠のドヤ顔的に大丈夫だろう。


「どうだ! 弟子がいい所見せたら師匠も見せないとだろ? これでいい所になるか知らねえけどな!」


「僕にとっては十分すぎるいい所ですよ、師匠」


「……お前泣いてんの? 大丈夫か?」


「師匠の言い方が怖かったせいなんで大丈夫です」


「あー……、そうだ、お前に卒業記念的な? これやるよ」


 そう言いながら師匠に青色の宝石を投げ渡された。石の中が少し光っていて、何か魔法みたいな力を感じる。


「師匠、これ貰ってもいいんですか?」


「いいぜ? ありがたく受け取っとけよ、最悪路頭に迷ったら売っぱらってもいいしな」


「それは流石にしませんよ。大事にします」


「そうか、それじゃあ俺このまま帰るわ。二人とも直に起きるだろうし、帰りがてら、ここら一帯の魔物は狩り尽くしとくから。まあゆっくりしながら帰ってろ」


「師匠!? そんな急に言われても……」

 呼び止めようとしたが、師匠はそのまま森の奥に入って行ってしまった。師匠なら大丈夫だとは思うが……いや、今は二人が起きるまで待とう……


 そうして、師匠との学ぶことの多い、面白くもある、少し奇妙な一週間は、突然として終わりを告げた。


 ◇◆◇

 

 あれから数年後。早朝のことだった。


「エリー、これ……」


「思いっきり割れてない?」


 師匠からの貰った宝石が、割れていた。今まで、欠ける事もヒビが入る事もなかったのに。突然、起きた時には割れていた。


「ラジがやらかして割ったんじゃないよね?」


「そんな訳ない。大事に扱ってたし、割れた所も見てないから」


「うーん……なんか怖いねー、不吉って感じする」


「だからってあの師匠が簡単に死ぬ訳ないし、因果関係もなさそうだけど」


「それは私も思った。あのおちゃらけ師匠、長生きしそうなイメージあるし」


「偏見だよ……エリー」


「そうだけど、別にいいじゃん。ほら、もうすぐ時間だよ、仕事行ってらっしゃい、無理と無茶しないでね」


「うん、行ってくる」


 そうして今日も、僕は魔物を倒しに衛兵の仕事に行く。まだ新人だけど。師匠に教えて貰っている時に、僕なら何かの部隊の隊長になれるかもなと、師匠は言ってくれた。そこまで行けるように、頑張ろう。

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