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92 私に小さな騎士がやって来ます

「君がアルカナ・フェルメールくんかい?」

「えっ、誰ですか?」


 MoBに襲われたコロニープラント、サブムス。

 スウが〈狂乱〉ギガントを退けた事で、辛うじて破棄を逃れたコロニーの復興される中、アルカナもまた母親の為に復興に参加して働いていた。


「実は、君を雇いたいっていう人物がいてね」

「ボクを?」

「ああ。彼女は地球人で、プレイヤーじゃないからここに来れなくてね。私が代わりに来たんだ」


 メガネの男性が穏やかに笑う。


「地球人がボクに一体、何を・・・・?」

「来てみれば分かるよ。一緒に来てくれるかい?」

「でも、銀河連合市民が地球に行くと不法入国なのでは?」

「あー、大丈夫。依頼人達が結構力の有る人でね、国交が結ばれた際のテストケースとして入国してもいい事になった。パスポートも銀河連合が発行してくれたよ」

「なななっ」


 そこまで出来るなんて、何者なんだと少年は若干、慄く。


「ほら、これがそのパスポート」


 渡される銀河連合発行のパスポート、少年はよく調べるが、偽造の様には視えない。


「まあまだ判子がないから、後でパスポートセンターに行って正式に認めて貰わないと駄目だけど」


 正式にこのパスポートが承認されるなら、疑いようもなく本物だ。


「で、これが雇用条件と、報酬額ね。銀河クレジットに直すとこう――銀河クレジットで支払ってほしかったら何とか出来るから」

「24時間、VIPの警護。月4万クレジット相当。危険手当あり、能力手当あり、特別給あり・・・食事と住む場所は別途支給――なんですか、この破格の条件・・・・」


 4万クレジットは、おおよそ40万円。アルカナは現在、月1万クレジット程度が手取りである。


「とりあえず話を聞いてみるかい?」

「是非」

「では今日は、どのくらいで上がりかな?」

「もうすぐです。あと30分ほど」

「丁度いいな、じゃあ仕事が終わったらパスポートセンターに行こう。その後、地球に来てもらえるかな?」

「はい!」




「フ~リ~」


 風凛がスウチャンネル事務所で、沖小路宇宙運輸の財務状況とにらめっこしていると、涼姫が風凛に話しかけてきた。

 スウチャンネルの事務所で沖小路宇宙運輸の財務とにらめっこしていて良いのか? というと問題ない、涼姫はそんな細かいことに文句を言わないし、そもそも風凛が何をしているのかも分かっていない。「忙しそうだなあ。偉いなあ」としか思っていない。


「何かしらスズっちさん」 

「あのね、夕飯のメニュー考えてぇ――思いつかないの」

「なんという庶民的な悩みかしら・・・・」


 風凛は書類を置いて、困った笑い。

 風凛は、涼姫が先程から椅子の上で何やら「ウンウン」唸っていると思っていたのだが、まさか夕飯のメニューであれほど真剣に唸っていたとは予想だにしなかった。

 すると風凛が指を鳴らす。


丞島(じょうしま)

「はい、お嬢様」


 風凛の後ろで、今日、ずっと静かに佇んでいたロマンスグレイの老紳士が一歩前に出た。

 スウは、見慣れぬ老紳士について風凛に尋ねる。


「まって、その方ずっと気になってたんだけど・・・・えっと丞島さん? ――って、どなた?」


 風凛は事も無げに答える。


「私の執事よ」


 しかし、庶民的な感覚である涼姫の驚きはなかなかであった。


「し、執事!?」

「そう。お父様がこの前、私がオルグスに襲われたのを見て、ずっと側に置きなさいって」

「し、執事・・・」

「お父様ったら完全にブチ切れて、オルグスに置いていた資本を全部日本に引き上げちゃったのよね。オルグスの市場がしばらく大混乱していたわ」

「さ、流石財閥・・・」

「まあ、混乱中に安くなった会社を私が幾つか買い上げておいたのだけれど」

「やってることエグいって」

「そんな事より丞島」

「はい」

「スズっちの今晩のメニューを考えてあげて」

「かしこまりました」


 だけど涼姫はドン引きだ。


「えっ、こんなご年配の方にそんな、雑用みたいな事!」


 すると丞島さんが、涼姫に頭を下げた。


「雑用がわたくしの仕事です。鈴咲様」

「おうふ」


(それはそうかもだけど!)


「では、初夏に美味しい素材を用いたメニューを提案させていただきます」

「は、はい」


 気品あふれる執事のお辞儀に、涼姫は若干気圧された。


「前菜は、冷製トマトとモッツァレラのカプレーゼ」

「カ、カプ?」


(あと、前菜!?)


「主菜には、ファラフェル」

「ファ、ファラ?」


(あ、これ完全にコースメニューだ)


「副菜に、ラタトゥイユ・フィオレンティーナ」

「フィ、フィオ?」

「スープに、夏野菜のミネストローネ」

「あ、やっと分かるものが」

「デザートに、ババ・オ・ラム」

「ババオ?」


 困惑する涼姫に丞島が頭を下げて、尋ねる。


「宜しければ、レシピなどをお教えしましょうか?」


 ほとんど涼姫の知らない料理だ。というか知っているミネストローネも名前を知っているだけで、作り方はわからない。

 全部、教えてもらわないと作れない。


「え、えっとお願いします」

「かしこまりました」


 こうして涼姫が事務所の炊事場に向かい、丞島さんの力を借りて女子力を上げていると、江東が戻ってきた。


「あっ、おかえりなさい江東さん」


 事務所に何故かあった、トマトとモッツァレラチーズで作ったカプレーゼを涼姫がみんなに振る舞っているところへ江東が入ってきた。


「何事ですか?」


 モッツァレラチーズとトマトを交互に並べた物を食べている事務所メンバーに、若干引きぎみで尋ねる、江東。


「スズっちさんの花嫁修業の副産物よ。桂利もどう?」

「花嫁修業だったの!?」


 衝撃の事実を知った、涼姫。驚いた彼女が、江東が連れている少年に気づく。


 頭にフクロウを思わせる羽根――〝うかく〟つまりミミズクの耳のような物が生えている、10歳前後の少年。

 他はまるっきり人間だが、髪色に銀と黒が混じっているまるでシベリアンワシミミズクのような色合いをしていて、瞳もシベリアンワシミミズクのように黄金色だ。

 神秘的にも視える、少年だった。

 ――さらに少年は、顔の作りも大変よく。手足が細く、長く、その事も彼を一層神秘的にみせていた。


「あれ? 江東さん、その子は誰ですか?」

「ああ、この子が涼姫さんのSPになる予定のアルカナ君ですよ」

「えっ、昨日言ってたアルカナさんって、こんな小さな子なんですか!?」


 返したのは、フーリ。


「そう。生身なら、大した戦闘力を持っているのよこの子」

「でもまだ子供ですよ!? 小学生くらいなんじゃ」

「だけど、24時間の警護だから、一緒の家で寝たりもするのよ。大人の男性だったらそっちが問題になるでしょう?」

「じょ、女性のSPとかは」

「スズっちが危機に陥るような状況から守れるような、女性のSPを探すのは難しいわ」

「でも、・・・子供も見つけにくいんじゃ」

「この子はたまたま見つけたの」


 アルカナと呼ばれた、フクロウの特徴を持つ少年が、恐る恐るといった感じで頭を下げる。


「は、はじめまして、アルカナ・フェルメールと申します」

「あっ、ご丁寧に――鈴咲 涼姫です」

「沖小路 風凛よ」

「丞島と申します」 

「えっと、ボクは誰を守れば良いのでしょうか」


 風凛が手のひらで指し示す。


「この人、プレイヤーをやってると言ったら分かりやすいかしら?」


 そんな風凛の言葉に、アルカナは顔を歪めた。


「プ、プレイヤー・・・」


 実はアルカナは、プレイヤーにあまり良い印象を持っていなかった。

 プレイヤーには色々な人間がいる。そんな中でアルカナが出会ったのは、なかなか最悪レベルのハズレであった。

 街角で母親とぶつかって、母親を転ばせ――あまつさえ謝るどころか「うぜぇな、畜生が」と罵り、杖を蹴っ飛ばしたのである。

 これに激昂したアルカナは、またたく間にプレイヤーをのしてしまった。

 けれどそのせいで、一晩を留置場で過ごすことになった。

 アルカナは自分でもやりすぎたとは思ったが、プレイヤーは若干友好度というのが下がっただけ。アルカナはこの扱いに、理不尽を感じずにはおられなかった。


 この女性も、あんな奴と同じ様な人間かもしれない。ならばお金を積まれたって守りたくない――いや、もう帰ってしまおう。そんな風に思っていた時だった。


「すみません、ボクこの仕事――」

「ほら、あなた達親子を、でっかいMoBから守ったプレイヤーよ」


 この言葉に、仕事を断ろうとしていたアルカナの唇が止まった。


「――えっ」


 アルカナは見開かれた目で、涼姫の顔をみた。あの時はバーサスフレームに乗っていたから顔は視えなかった。

 だけど、


「た、助けてくれた・・・・? ボクとお母さんを!?」


 アルカナが、涼姫の顔を正面に捉える。


「じゃあ、もしかして貴女のIDは・・・っ!」


 アルカナの慌てっぷりに、涼姫はおずおずと答える。


「あ、えっと、スウです」

「スウさん!!」


アルカナがいきなり跪いて、胸に手を当て頭を下げる。


「ス、スウさん! ありがとうございました! 貴女様のお陰で母の命が救われました―――!!」


 スウはアルカナの急な行動に、目を白黒。


「やめて、立ち上がって!?」


 だがアルカナは立ち上がろうとしない。まるで神の前に跪く使徒のような表情の顔を挙げる。

 その眼からは、珠のような雫が幾筋も流れていた。


「―――私と母は、あの場で死ぬ運命でした。コロニーが損傷し、空気が抜けて行き、最後の脱出用シャトルは私達を置いて飛び去ってしまった。なのに貴女は、銀河連合すら見捨てた私達が『もしかして、いるかも』という理由だけで、助けに来てくれました!!」


 アルカナが再び頭を下げて、叫ぶように言う。


「ありがとうございましたッ!! 本当に、母を救ってくださり――ありがとうございました―――ッ!!」

「た、たまたまだから、気にしないで! 私はそんな清らかな目で見られるほど立派な人間じゃないから! ていうか、君みたいに小さな子を跪かせてるこっちの身にもなって!」


 涼姫がアルカナの手を引いて立ち上がらせようとすると、アルカナはその手を引いて、頭を下げたまま手の甲に額を当てる。


「ここに宣言します――このアルカナ・フェルメールは涼姫様に絶対の忠誠を誓い、身命を賭して涼姫様をお守り致す事を!」

「ちょ、えええ!?」


 まさかの子供騎士の誕生に、大混乱の涼姫。

 しかし、風凛はニヤリとして告げる。


「その意気よ、アルカナ・フェルメール。貴方をスウチャンネルで、涼姫のSPとして採用するわ」


 アルカナが膝をついたまま、風凛に向き直り、胸に手を当て、頭を下げる。


「はっ!」


 こうして涼姫がドン引きする中、涼姫の身辺を警護する小さな騎士が誕生したのだった。


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― 新着の感想 ―
お話的に溜まっていたタスクが処理されてきて、だいぶスッキリとしましたね 一つのイベントを終わらせる前に次々に別のイベントを起こしていくと、だんだん話がとっ散らかっていく印象を受けるので、今の流れは嬉し…
更新お疲れ様です。 お、重い…ッ!?実に感謝の気持ちが重いですなぁ(笑) まぁああいう形で命を救われたら恩義を感じるのは自然でしょうが、それにしても……もしかしてアルカナくんの種族は『受けた恩は三倍…
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