90 絶対に手を出してはいけない相手
「なんでまた炎上してんだよ!! 最高の神回だったろうが!」
アカキバは叫んでスマホを投げ捨て叩き割った。しかし、パソコンの画面を見てニヤつく。
「いや、まあいい。チャンネル登録者は増えた」
アカキバはとんでもない事をしでかす配信者として、バズった。
結果、減っていた視聴者が増え始めた。
登録者数も25万まで回復したのだ。
「炎上商法ってやつか・・・こういうのも悪くないな」
アカキバは、チャンネルが伸びれば良かった。どんな手段でも良いと思っていた。
ほくそ笑みながら、書類や郵便物を整理していると、手紙が見つかった。
「なんだこれ――訴状・・・呼び出し状?」
内容に目を通して、アカキバは手紙を床に叩きつける。
「ヒナの事務所、民事と刑事両方で訴えやがった!! ――あいつら、なに冗談に本気になってんだよ! 被害総額8億だと!? ――払えるか、んなもん!!」
しかしアカキバは暫く考えて、ひらめく。
(まあいい、こっちは暴力を受けたんだ。それを訴えてやる、あんなのは正当防衛とは言えないからな)
これは余談だが、暫く後の話。
暴力事件の判決は、アカキバはあまりにも身勝手に早川 美守に対して危害を加えており、被害者が女性で加害者が男性であるから恐怖心も鑑みて情状酌量の余地があるという結果になった。
アカキバは判決に納得できず、裁判官に殴りかかろうとし、〝法廷等の秩序維持に関する法律〟も適用された。
逆に早川 美守の訴えは通り、アカキバは2億の支払いが命じられる事になる。
閑話休題、今の話に戻ろう。
アカキバは最近、FLでネタ配信をやりまくっていた。
彼は香坂 遊真を失い、もう回避系の戦闘ができないため、硬い機体に乗っているが、こういう機体には最低でもシールドを回復してくれる仲間が必要だ。
しかし、ヒナの情報を漏らした事で一切のコラボなどが断られ、一般プレイヤーにもアカキバに関わればどんな目に遭わされるか分からないため避けられ。回復してくれる仲間など得られず、まともに戦闘ができなかった。
だからFLでの戦闘を避け、ネタ配信を行っていた。
アカキバは元々、<発狂>デスロードの世界初クリア者としてバズった訳だが、その評判も今は鳴りを潜め。
スウが<発狂>デスロードなど、どうでもいい程の話題をかっさらう度――スウが<発狂>デスロードから遠ざかる度、アカキバのチャンネルの登録者数は鈍化していった。
そもそもアカキバが登録者数20万になったのはスウが<発狂>デスロードをクリアするのを見た視聴者が、やって来たわけで。
そんな人間はアカキバに、スウ並の飛行テクニックを求めて登録したのだった。
すると戦闘を行わないアカキバだと需要が無く。
彼がバズって増えた視聴者はもはや、「チャンネルを抜けるのが面倒だ」とか、「アカウントが利用されていない」とか、「チャンネル登録したことを忘れている」ような人間しか殆ど残っていなかった。
さらにアカキバが80万まで伸びた時は、スウという各国の要人を救う英雄を見たから来たヒロイックを好む人間ばかりで、アカキバの傍若な振る舞いはむしろ苦痛でしかなかった。だから定着するわけがなかった。
それでもFLでネタ配信を行うということ自体には需要があり、登録者数はまだ18万いた。
ただ、アカキバの考えるネタというのに若干の問題があった。
(今日も最高のネタを考えてきた)
アカキバは、自分では最高に笑えると思っているネタを、配信を見ている視聴者に披露する。
「実は今日、この極寒の惑星ガタタガでヒナさんが、ソロプレイに挑んでいるということです。そこで『ヒナの戦闘機を爆破してみよう』ドッキリをやってみます!」
そこは、かつてアカキバがコハクを嵌めたロストフのような極寒の惑星だった。
アカキバの配信のコメントが騒ぎ出す。
❝面白い❞と称賛するもの。
❝やりすぎだ❞と眉を顰めるもの。
❝いい加減にしろ❞と激怒するもの。
様々な意見が流れていく。
「なんか、アンチが煩いですね。でも、戦闘機が無くなったヒナさんがどうやって地球に帰るか、その様子を見てみたくないですか? 見てみたいですよね! という訳で、私が皆さんの代わりにやってみせます! その様子を撮影してみましょう! きっとケッサクな映像になりますよ! 普通の人は出来ない事をやる、私をどんどん羨望してください(笑)」
アカキバはイモムシに長い手足が生えたような見た目の、追加装甲で防御力を限界にまで高めた機体で空を飛ぶ。
やがて雪原の岩陰に隠された、パイロットが中に居ない戦闘機にゆっくりと近づいていく。
「まあ最悪、死ねば地球に転送されるので安心ですね~」
言いながら、デルタ翼を備えた三角形に近い見た目であるヒナの戦闘機を、<汎用バルカン>で滅多撃ちにした。
シールドが発動したが、集中攻撃を受けてはものの1分もしない内にヒナの戦闘機は爆散した。
アカキバのカメラが、音に驚いて雪原の中を駆け戻ってくるヒナの姿を捉えた。
燃え上がる炎を見て、ヒナは雪原に崩れ落ちた。
泣いているようで、雪の中でに蹲って身を捩っている。
「ブハハハハハハハハハ!! 最高に情っさけない姿ですね――アーギモヂィィィィ!! 冗談も分からず俺に迷惑をかけたから受けた天誅だ。自業自得だ(笑)。さあどうするヒナ(笑) バーサスフレーム相手に、拳でも握ってみるか?(笑)」
アカキバがヒナを拡大すると、涙でグズグズの顔になったヒナが対物ライフルを構えてアカキバの機体、モールドキャタピラに向けていた。
「無駄無駄(笑) 俺の機体は、最強の硬さを誇るんだよ」
ヒナが対物ライフルを連射するが、モールドキャタピラには傷ひとつ付けられない。
ヒナは、弾が切れた対物ライフルを投げ捨てて崩れ落ちる。
「ケッサクすぎるわ(笑)! ヒナさん、最高のネタ映像の提供ありがとう!(笑)」
哄笑が、アカキバの配信に響き渡った。
ヒナは延々と燃え上がる戦闘機の火を眺めて膝を抱えていたが、やがて下を向いて涙をこすりながら雪原を歩き始めた。
「さて、ヒナちゃんどうするのかな? まあもう、死なないと地球には帰れないだろうけどな(笑)」
アカキバが笑っていると――、
ヒナは、雪原で蛇行を始めた。
胴まで埋まる雪を掻き分けるように進むヒナの歩く跡が、何かの模様を描いていく。
ヒナが描いている物が、徐々に姿を顕す。
それは文章のようだった。
「文字か? こ――こ――で――? なんだ?」
アカキバは、ヒナの描く文字をゆっくり読んでいく。
「す――。――ス――ウ――さ――まさかコイツ!!」
〝――ん〟
アカキバが上空のエンジン音に気づいて、顔を挙げる。
そこにはまるでアゲハ蝶のような形の、真っ黒な戦闘機。
スワローテイル。
『ヒナさん!! 助けに来ました!』
アカキバがヒナを映している、モールドキャタピラの機体のカメラを見れば、ヒナのアカキバを嘲るような視線。
彼女の足元には「ウチのファン舐めんな、すぐさまスウに鳩が飛んだわ」と書いてあった。
「ざっけんな、スウだと――テメェ関係ねーだろ、なんで来た!! あのガキはヒーローにでもなったつもりか? あぁん!?」
アカキバのコメントが一斉に騒がしくなる。
❝スウと、アカキバの直接対決❞
共に<発狂>デスロードをクリアした、たった2人の人物。
ライバル同士と目されたが、今まで一度も顔を合わせたことのない2人。
今、―――❝ぶつかり合う❞!
凄まじい熱がコメントから放たれていた。
視聴者数がとんでもない速度で伸びていく。
スウの視聴者が2窓を始めたのだ。
さらにSNSで拡散され増えていく。
2万――3万――4万、アカキバにとって未知の視聴者数。
アカキバは大興奮した。
「きたきたきた! 今回こそ神回!!」
(俺だって、デスロを命中力でクリアしたのは事実なんだ。遠くなら俺の方に――)
アカキバは、モールドキャタピラの腕に備えられた<汎用バルカン>をスウに向けた。
「横にしか、躱せねぇぞ。だがそうしたらお前は、俺の良い的だ!」
弾を命中させるのに大事なのは、相手の行動予測だ。
だからアカキバは、スウの行動予測をして、<汎用バルカン>を連射した。
――ところが、スウは錐揉み回転をするような動きで<汎用バルカン>を全て躱す。
「は!? なんだそれ、横に躱さず弾丸をロールで躱すのか!? ここは大気中だぞ、そんな事したら墜落しかねない――まさか、こいつあのまま突っ込んで来るつもりなのか!? ぶつかるぞ――マジで気が狂ってんのか、スウってヤツは!!」
スウの機体の翼が、青く輝きだす。
「は、<励起翼>だと!? あんなネタ武装乗っけてるのか、あのスワローテイル! ――だいたい、バーサスフレームに熱系攻撃は利くものか! ――いや不味いアレは物理でもある!」
特機のスワローテイルで<発狂>デスロードをクリアしたアカキバたちに、<励起翼>は必要なかった。
だから天才・香坂ですら<励起翼>を使っていなかったのだ。
アカキバはモールドキャタピラのバリアを全開にする。スワローテイルがモールドキャタピラを掠めるように飛んだ。
凄まじい振動がアカキバの機体を襲う。
「う、うわあああああああああああああああ!!」
宙に浮いていたアカキバの機体は雪原に叩きつけられ、巨大な雪柱を立ち上がらせた。
アカキバは急いでモールドキャタピラを立たせるが、雪柱で周りが見えない。
「ど、どこだ、スワローテイル!!」
アカキバはスウを見失っているのに、スウ側はアカキバに的確に<汎用バルカン>を命中させてくる。
「なんでだ、なんで当てられるんだ!!」
スウはただ、決め打ち――予測で撃っているだけだ。
「だが、射線からお前の位置は予測できるぞ! <汎用スナイパー>!」
『イエス、アカキバ様』
しっとりとした女性の声がコックピットに響いて、アカキバはスナイパーライフルを連射するが――雪を切り裂いて、青い光。
「また<励起翼>!?」
再びスウの翼が炸裂して、雪原を転がるアカキバの丸い機体。
雪まみれになり、巨大な雪だるまのようになってしまう。
コメントが呆れだした。
スウに唯一勝てるかもしれないと目されていたアカキバが、全く刃が立たない事を残念がり、ため息の様なコメントが流れる。
「俺が、あんなガキより弱いとでも言いたいのか!? なめんなよ!? ――追加装甲パージ!!」
『イエス・アカキバ様。追加装甲パージ』
アカキバが、モールドキャタピラの強化装甲を外す。
正体を現したのは、スワローテイルだった。
ただし、スウの使う普通のスワローテイルではなく――レアアイテムである特機型。
その名は、聖蝶機スワローテイル。乗り手とともに進化していく星団帝国の機体だ。
身軽になった聖蝶機は、飛行形態に変形して空に舞い上がる。
「こっちもなあ、とんでもねえ天才を間近で見てきたんだ。空中戦ができねえ訳じゃねえ!!」
黄金の聖蝶機が、通常のスワローテイルの1.5倍という凄まじい速度で、スウの背後に回り込む。
「取った!! 全てはお前から始まったんだよ、スウ! 俺のケチは、全てお前の責任なんだ!! 今日ここで、それを精算してもらう――死ねやスウ!! <汎用バルカン>掃射!!」
黄金の軌跡を描く弾が、雨のようにスワローテイルに向かう。
だが、それらは全て、スウの錐揉み回転で避けられる。
「くそ、くそ、なんで当たらねえ!! 後ろを取っているんだぞ!? アイツは後に目でもついているのか!? 攻撃力も1.5倍だから、当たれば一瞬なのに!」
スウは<マッピング>で、鷹が上空から見るように世界を見ていた。
アカキバがコックピットで唾を散らしながら叫ぶ。
「なら、追いついて至近距離から! 距離を縮めれば弾丸がすぐに届く、そうしたら避けれないだろう!!」
だがスウの量産型スワローテイルが急に加速して、一向に距離が縮まらない。
「――だ、駄目だ。スウの野郎、リミッターを外しやがった!」
2機のスワローテイルが、ヒナの頭上で大きな弧を描くように飛び回る。
同じ様に弧を描く2機だが、ヒナからは全く別物に見えていた。
「凄い、スウの描く弧のほうが、全然小さい――特機相手にどうやって・・・?」
しかし、アカキバがニヤリと嗤った。
「リミッターを外してはエンジンがオーバーヒートするまで10分もないだろう。――それに、こっちだってリミッターを外しゃあ良いんだよ!!」
アカキバがリミッターを外す、量産型スワローテイルの3倍の加速がスウに迫る。
だがアカキバが加速すると、スウのスワローテイルが白銀に輝いた。
「で、〖伝説〗か!? くそ――っ! スウの野郎〖伝説〗の称号を使いやがった! ――俺も〖伝説〗を持っちゃいるが、こっちは元々特機だから、〖伝説〗は意味がねえ!!」
互角の機体性能となったスワローテイル2機が追いかけ合う。
ヒナが目を見開く。
スウが、どんどん高さと速さを溜めているのだ。
「スウちゃん、あれ手動で可変翼調整してない?」
スウは、デルタ翼とテーパー翼を手動で使い分けして揚力を得たい時、速度を得たい時と切り替え、翼の形の自動制御に勝る効率で飛んでいるが――アカキバには、そんな芸当は出来ない。
翼の変形は完全に自動制御に任せっきり。
両機は凄まじい速度で、極寒の空に尾を引いて走り回る。
アカキバはスウの背後から<汎用バルカン>を連射しまくるが、スウは後ろに目がついているかのように躱してしまう。
「FLの戦闘開始距離はだいたい1キロ、それなら弾丸到達まで1秒近くあるから躱せるのは分かるが、今の交戦距離は200メートルもないんだぞ!? なんで躱せる!? 奴は常に0.2秒以内に反応してるのかよ!! くそっ、ちょこまか動き回りやがって、戦闘機で、反復横跳びみたいな動きしてんじゃねえよ!」
スウが、補助翼で横転した方向と逆に方向舵を入れることで、気流により起こる横滑りで、左右に避け続ける。スリップという空中戦機動だ。
垂直尾翼についている方向舵は、本来左右の機首の左右振りのためにある。
しかし実は方向舵を使うと、機首の左右振りをする時に横転も起きる。
これを本来横転するために使う主翼についた補助翼で、反対側に横転する形で打ち消すと、飛行機が横滑りするように左右に動くのだ。
「ほ、本当になんだありゃ・・・!! せ、戦闘機のAIMで追えるか、あんなモン!!」
しかもスウの横滑りは、〈励起翼〉の勢いによる左右移動まで交わる。
その上戦闘機を傾けて、落下しながら重力まで使って横滑しているので、山なりの動きで見た目はもはや反復横跳びだ。
左右の動きですら追いにくいのに、上下の山なりまで含まれるとアカキバにはもうどうしようもない。
「あんな飛び方、聞いたことないぞ!! なんで戦闘機でレレレしてやがるんだよ!!」




