表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/390

7-2 憧憬

◆◇Sight:八街 アリス◇◆




 わたし八街 アリスは、イギリス出身です。


 以前は、アリス・テイラーという名前でした。


 なぜ八街になったかと言うと、私を産んでくれたリディアお母さんの死後、父が今のお母さん――八街 鏡美(かがみ)さんと駆け落ちし、婿養子になったんです。


 わたしはお父さんの連れ子として、八街の性になりました。


 そんなわたしには、妹がいます。


 お父さんと、今のお母さんの間に出来た女の子です。


 妹の名前は舞花。

 舞花は、モデルや、女優、声優、歌手などマルチに活躍するわたしが自慢らしく、凄く懐いてくれています。

 八街姉妹に入り込む隙無しと、ご近所で言われるくらい。

 一部では百合姉妹と呼ばれてたりします。――そんな関係ではないのですが。


 しかし、その日は喧嘩になりました。


「お姉ちゃん、この人誰?」


 リビングのソファでスマホを弄っていると、舞花が後ろから画面を覗いて指さしました。


 私のスマホの壁紙にはスウさんの姿。


「この人・・・凄いプレイヤーさんでね。ファンになっちゃった」


 わたしが言うと、舞花の声が少し荒くなります。


「な、なんで!? 前まで舞花を壁紙にしてたじゃん! こんな地味な人、なんで」


 舞花の言い様に、わたしも少し声を荒げます。


「じ、地味!? ――かわいいでしょ!」

「地味じゃん!」

「地味の何が悪いの!?」


 ――スウさんの事を悪く言うなら、舞花でも許しませんよ!?


 わたしが舞花を睨むと、舞花はそっぽを向きます。


「―――お姉ちゃんのバカ! 知らない!!」


 こうして喧嘩になってしまいました。


 でも、舞花がリビングを出ていった事で、喧嘩は終了したように思えました。


 その後、お風呂に向かおうとタンスを開けたわたしは、何だか様子が可怪しい事に気づきました。


「あれ? なんか――服、減ってる?」


 わたしは自室から顔をだして、お母さんに大きな声で尋ねます。


「お母さん、わたしの服大分減ってるんだけど、・・・洗濯とかしてる??」


 するとリビングの方から、お母さんの声がします。


「えー? ぜんぜん。――あっ、貴女、前に服を減らしたいって言ってたじゃない。だから舞花がチャリティーに古着を、一式 アリスのお下がりって」


 わたしの口から悲鳴のような、驚愕の声が突いて出ます。


「―――なっ!」


 別にチャリティーに勝手に服を出された事は文句ありません、わたしは職業柄、服を大量に持っています。

 着ない物も多くて減らしたいとは思っていました。

 しかし値段が高いものも多く、なかなか捨てられなかったのです。

 ですが、わたしの服の中には絶対に手放すことなど考えられない宝物があります。


「ワンピース―――あのワンピースだけは・・・・!」


 幼い頃に父に買って貰った真っ白なワンピース。

 お姉ちゃんがわたしを優先してくれた物。


 そして、最も大事な人と知り合うきっかけになった宝物!


「・・・・ない! ・・・ない! なんで!?」


 頭の中が真っ白になり、目頭に涙まで滲んできます。


「―――舞花!!」


 わたしは怒声を上げて、部屋を飛び出し、隣の舞花の部屋のドアを開けました。


 ・・・いない。


 わたしが階段を駆け下りてリビングに飛び込むように向かうと、細いお芋のスナックを口に咥えてスマホでゲームをする、舞花。


「え、どうしたのお姉ちゃん・・・」

「―――舞花ぁ!!」


 わたしは頭に血が昇ったまま、舞花に走り寄って掴みかかりました。

 舞花は困惑の顔。


「どうしたの・・・・どうしたの」


 私は、手を振りかぶります。

 そしてそのまま――思いっきりビンタをしてしまいました。


 物凄い音がしました。これでも中学三年で剣道全国8位になった選手です。

 そんなわたしが、思いっきり殴ってしまったのです。


 突然の出来事、弾かれるように顔を横にされた舞花が、頬に手を当てます。

 そしてゆっくりと、わたしの方向へ振り向き直り、こちらを見ます。

 舞花は眼をまん丸にしていました。


 わたしも自分の行動に、驚愕していました。

 震える自分の手の平を見つめます。


 お母さんも、お父さんもビックリしてこっちを見ています。


 仲睦まじく、喧嘩など一度もしたことない、わたしと舞花。

 今までわたしが舞花に怒ったことなど一度もなく、ましてや手を挙げる事など、あり得ない。


「・・・・お、お姉ちゃん・・・?」


 丸くしたままの目に涙を滲ませた舞花が、わたしを凝視しています。

 だけど、だけど・・・・あのワンピースだけは・・・。


「あのワンピースは、わたしの宝物なの・・・!!」


 わたしも涙を零して、床を見つめました。


「あのワンピースだけは、駄目なのよ・・・!」


 わたしが言うと、舞花は鼻声で、


「・・・ご、ごめんなさい」


 震える声でした。


「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん」

「もうやだ! ・・・・もう、顔も見たくない。舞花の顔なんて、見たくない!!」


 わたしは叫んで、家を飛び出しました。


「お、お姉ちゃん・・・・まっ――!!」


 舞花の引き止める声も聴こえましたが、今回だけは、どうしても許せなかったのです。




◆◇◆◇◆




 わたしは思い出します、〝すずひちゃん〟との思い出を。


 日本にやって来て間も無い頃の記憶です。


「やーいキンパツ。不良だー!」

「ガイジンだー!」


 わたしの見た目は、日本では大変珍しいらしく、近所の男の子に指をさされたりしていました。

 まだ幼い頃です。

 よくある話です。


 わたしは、今でこそ大事なお義母さんと上手くやっていますが、日本に来たばかりの頃は新しいお義母さんへの接し方が分からず、家に居づらくて。


 その日も近くの公園で、ブランコに揺られていました。

 するとその日は、調子に乗った男の子が、わたしの頭に墨汁を垂らしたんです。


 男の子達は「これでキンパツってイジメられないぞ!」「俺ら、ヤッサシー!」と大笑い。


 これには、流石のわたしも大泣きしてしまいました。


「お姉ちゃんが、お父さんに頼んでくれて、買って貰えた服が・・・!」


 大事な大事な白いワンピースが、墨汁の液で汚れてしまいました。

 これ以上ワンピースを汚さないために、わたしはブランコを降りて急いでワンピースを脱ぎました。

 でも長い髪のせいで、脱ぐ時にワンピースは真っ黒になってしまいました。

 男の子達が騒ぎ出しました。


「こいつ外で服脱いだぞ、フリョウで、ヘンタイだー!」

「ヘンタイだー!」


 わたしはもう、男の子達の声なんかどうでもよく、黒い染みだらけになったワンピースを見て泣くことしかできなくて、公園の地面に崩れ落ちてしまいました。


(きっとこれは罰だ、あの優しいお母さんと上手く馴染めないわたしへの罰だ。わたしは、どうして今日も公園に来てしまったんだろう。わたしは、どうしてお母さんに悲しい顔をさせてしまうのだろう)


 後悔と自責の念で動けず、ただただ涙を流していると、何かが優しく肩に掛けられました。

 見れば、春物の薄手のピンクの上着でした。


「だ、大丈夫?」


 声に振り向くと、カーリーヘアをポニーテイルにした女の子。

 何か、ひどく怯えた感じの女の子でした。


「うわっ、天パだ!」

「すずさ菌だ!」


 どうやらカーリーヘアの女の子が、わたしに上着を掛けてくれたようでした。


「あ、駄目・・・・上着、汚れちゃう」


 わたしが女の子の服を心配して返そうとすると、彼女は私の手を押さえ、目をつむって首を振ります。


「大丈夫。――あなたのそのワンピース、大事なものなんでしょ?」

「え・・・っ。う、うん・・・・お姉ちゃんが・・・お父さんに頼んでくれて買ってもらえた服」


 言った瞬間でした、カーリーヘアの女の子の目の色が変わりました。

 それまで怯えたような瞳だったのが、急に目から炎が吹き出したかのようでした。

 彼女は男の子たちに向かって、口から炎を吐くかのように怒鳴ります。


「―――お前ら!!」


 先程までの怯えた様子からは考えられない、女の子の大声。


他人(ひと)の宝物をこんなにして―――!!」


 カーリーヘアの女の子の大喝に、男の子二人が怯えます。


「――お、怒った?」

「あの、鈴咲が怒った!?」


 すずさき? 彼女の名前?

 すずさきちゃんはブランコに走ったかと思うと、男の子たちから遠い方のブランコを振り子のようにして男の子たちに投げました。


「うわ、あぶねぇ」

「コイツなにして!」


 さらに男の子たちが逃げようとすると、男の子たちに近い方のブランコに走って飛び乗り、1漕ぎで宙高く上がりました――そして、そのままブランコを飛び降りて――、


「え、危―――!!」


 ――放物線を描きながら、男の子の頭に足を落としました。


 男の子が、物凄い勢いで後ろに吹き飛びました。


 すずさきちゃんも着地に失敗して地面を転げます。


 すずさきちゃんは一応手加減をしたようです。あのまま、カカトを落とせる姿勢だったのが足で押す感じにしたのだから。


 尻餅をついた男の子が、泣き出します。


「いてぇ、いてぇよぉぉぉ!! わぁぁぁん」

「す、すすす、すずさ菌お前なにすんだよ!!」


 すごい。あんなに細い体なのに、手加減しても男の子たち二人をやり込めてしまった。


「お、お前こんな事して・・・お前のオヤに言うぞ!」


 無事な方の男の子が怒声を挙げますが、すずさきちゃんのさらなる怒声。


「言えよ! こっちは今から、お前らの親に言いに行く。――そしてきちんとクリーニング代を出させる!!」


 一人の男の子は わんわん 泣いていますが片方の男の子の顔色が悪くなります。


「えっ・・・やめ」


 すずさきちゃんは知ったことかという風に私を振り返り、わたしに優しく微笑みます。


「クリーニング屋さんなら、きっと墨汁も落とせると思うよ」


 そんな言葉に、わたしは安堵しました。

 その後、すずさきちゃんは有言実行。

 相手の親に小学生とは思えないほど的確な説明で状況を話して、きっちりクリーニング代を手に入れました。

 さらにわたしの髪を洗うために、お風呂も服も貸してくれました。


 すずさきちゃんは、お母さんに「暴力は駄目」と怒られていましたが、わたしが「お、怒らないであげてください!」というと、すずさきちゃんのお母さんは太陽のように笑いました。

 そうして、しょんぼりするすずさきちゃんの頭を撫でて、「でも、ま。―――偉かったぞ!」と、褒めていました。


 わたしがお風呂を借りていると、外からすずさきちゃんのお母さんの優しい声がします。


「涼姫の服だけどいい?」


 すずひ・・・それがあの子の名前。

 そして表札には鈴咲ってあったし。

 鈴咲 すずひちゃん。

 わたしは彼女の名前を知って、絶対に忘れないと誓いました。

 

 その後お風呂を出て、さっぱりしたわたしを見て、すずひちゃんが呟きました――


「綺麗な髪・・・・光の束みたい」


 「綺麗な髪」なんて言われたのは初めてで、しかも「光の束」とまで言われて、わたしは照れて真っ赤になってしまいました。


 さらにその後、クリーニング屋さんに行きました。

 すずひちゃんは怒りが収まらない様子で、わたしに言います。


「アイツ等も馬鹿だよね。容姿でイジメられる子ってさ、だいたい美人の素質あるんだよ。大人があの子美人になるって言う子はさ、大体容姿をとやかく言われてる。――君なんて、その最たる例じゃん。アイツ等、絶対後で後悔するよ。未来で言ってやってね『わたし美人になったでしょ。よくもイジメてくれたね、アンタなんて大嫌い。後悔しても遅いから!』って!」


 わたしは未来を想像して、ちょっと笑いました。


 そして、数年後――、

 あの時すずひちゃんが、わたしの容姿を褒めてくれたから、わたしはモデルになろうと思えたんです。


 でもあの時思ったんですよね。容姿でイジメられてるって、すずひちゃんも当てはまるんじゃ?

 「天パ」とか言われてたし。


 あの時、わたしは「すずひちゃんも・・・可愛くなるよ」と言おうとしましたが、すずひちゃんを好きっていってるみたいで、恥ずかしくて。

 言葉は、ついぞわたしの口からは出てきませんでした。


 その日は「さよなら」して。夜、わたしは「日本で初めて友達が出来た! これから沢山すずひちゃんと遊べる!」なんて思っていたのですが・・・・。

 その後、すずひちゃんが公園に来ることは一度もありませんでした。


 彼女は、親戚に引き取られたそうです。


 わたしは淋しくて淋しくて、思わず涙を流してしまいました。あの頃は弱虫だったんですね。


「・・・・すずひちゃんに、かわいいって言いたかったな」


 わたしはそんな後悔の念に囚われました。




 けれど、彼女は爽波高校の入学式の新入生代表として、わたしの眼の前に再び現れるのです。


『新入生代表――鈴咲 涼姫』


(すずひちゃん・・・・!)


 すずひちゃんの澄んだ、よく通る――まさに鈴が咲くようなソプラノが体育館に響きます。


『この春の善き日に――』


 この再会は運命だと思えました。


 すずひちゃんと、また会えた!


 しかもすずひちゃん、入るだけでも難しい爽波高校の首席なんて、凄い!


 入学式の後、わたしは壇上に上がるカッコイイすずひちゃんを何度も思い出し、感動に打ち震えました。

 その後も、いつかすずひちゃんに話しかけようと、ずっと遠くから見ていたのです。

 これじゃまるで、すずひちゃんを遠くから見てるキモイ女子ですね。


 すずひちゃんの下の名前の漢字を知った時は、若干狂喜乱舞でしたよ。 


「涼姫、涼姫!! ――涼しい姫、なんて素敵な名前!!」


 いや、もう正しく、涼姫ちゃんを遠くから見てるキモイ女子ですね。


 学校中の――先生すら、涼姫ちゃんの名前を間違ったりしていましたが・・・・わたしだけは絶対に涼姫ちゃんの名前は間違わないと、心に誓っていました。

 そうしてあの日、自転車が壊れてわたしはモノレールに乗ります。


 湘南モノレールが、あれほど恐ろしい場所だとは知らずに。


 わたしが青ざめながら震えていると、視界で誰かがわたしの傍に立ちました。

 見上げると、心配そうにわたしを観ていたのは、カーリーヘアの女の子。


(涼姫ちゃん!?)


 わたしは思わず、すがるように彼女の服の裾を握っていました。

 涼姫ちゃんはいつだって、わたしのピンチに現れる。


 だけど涼姫ちゃんは、わたしの事をすっかり忘れていて。

 だから、小さな頃の事は今はまだヒミツです。


 でも再会した涼姫ちゃんは、昔のトラウマのせいか自分の容姿に自信がなさそうでした。

 ならばわたしは、言うんです。


 わたしが容姿に自信を持てるよう、涼姫ちゃんがそうしてくれたみたいに。

 言い続けるんです。「かわいいね」って。


◆◇◆◇◆


 わたしがスウさんに「妹を助けて」と言うと、彼女は力強く頷いてくれました。


「まかせて」


 スウさんは、さっきまではなんだか頼りない感じだったのに、急に雰囲気が変わりました。

 この人に任せておけば、何も怖くないと思えました。

 この人なら、どんなに不可能に思える状況も可能にしてしまいそう。

 今はそんな風に見えます。


 わたしは急に頼りがいを身に纏った彼女に、見惚(みと)れるようにカメラを向けます。


 彼女は、コックピットに繋がるタラップを登りながら振り向きます。


「ついてきて」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ