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69 体育祭が始まります

 体育祭、前日。


 私の所に、USSFの軍曹さんだという女性が来た。


 体育祭が終わったらすぐに、きちんと私のアビキャンが消えるようにとタイムキーパーする人員として送られてきたらしい。

 ――え、まじで?


「当職は合衆国宇宙軍所属、エレノア・ラミレス軍曹です。Ms鈴咲のアビリティ・キャンセラーに関しては、自分にお任せ下さい!」


 暑い国の血を引いていそうな女性は笑ってくれるけど――私が一番恐れる軍曹という役職の人。

 そんな人に踵をカスタネットみたいに合わせて鳴らされ敬礼された。


 私はビックリして思わず、種を()みながら急停止するマーモットみたいになってしまった。


 軍曹さんは、体育祭当日も先生やその他から、私がアビキャンを飲んでしまわないように護衛してくれるんだとか。


(――ヴィック、そこまでするぅ!?)


 その夜、私が「スワローさんのワンルームで寝るんだけど」と告げるとエレノア軍曹が護衛だって付いてきた。


 話してみると凄くいい人だったんで、思わずご招待した。ヴィックの部下なら安心だし、〖第六感〗から警戒の耳鳴りもないし。


 なんでスワローさんのワンルームで寝るか? だって寝る場所は、ここしか無いんだもん。


 事務所にはベッドとか無いし。

 だから何時もはハイレーンのプレイヤー侵入禁止区域に駐機して、車中泊みたいにして寝てる。「なんでプレイヤーが侵入していい区域じゃないのか?」なんか落ち着くから。

 だけどあっちにはエレノア軍曹が入れないので、今日は地球圏の宇宙。


 普通にプレイヤーが入れる区域のハイレーンでも良かったんだけど、エレノア軍曹が地球が近い方がいいとの事だったので。

 ちなみに、日本に降りてずっと駐機してたら、国に怒られる。




 夕食に、私がスワローさんのキッチンで作った手作り料理をエレノア軍曹に振る舞ったら「アメイジング」とビックリしてた。


 味噌汁と、サンマと、ご飯と、おしたしという質素な物だったんだけどなあ。

 その後シャワーを交互に浴びる。


 で、寝る時間。


「シャワー、有難うございます」

「いえ。――あ、エレノア軍曹。ベッド使います?」


 すると、エレノア軍曹が眉をひそめた。


「Ms鈴咲、貴女は明日レースに臨むのでしょう。しかも大事な最後のレースのアンカーに」

「え――は、はい」

「選手は、万全の態勢で望むべきです」

「学校の行事ですよ、そんな大げさな――」


 エレノア軍曹が、静かに首をふる。


「貴女にとってはそうでも、クラスメイトはどうですか? みなさんは、親御さんも来るのでしょう?」

「・・・・そっか――」


 ご両親の前で、走る人もいるんだもんね。


「コックピットの椅子を貸してもらえますか? そこが慣れています」

「じゃあ、はい、すみません」


 エレノア軍曹が、コックピットに上がっていく。

 私は、一応。


「イルさん、水平モードに出来る?」

『イエス、マイマスター』


 ポンと現れたイルさんが、ベッドメイキングをするような仕草をした。


 これで、ちょっとは寝やすくなったかな?


「ありがとうございます」


 良かった、ちょっとは役に立ったようだ。


「じゃあ、電気消しますね。あ、外の様子はどうします――見えないようにします?」

「いいえ、外の様子はそのままで。私はミルキー・ウェイが好きなのです」

「わかりました。イルさん、消灯お願い」

『イエス、マイマスター』


 電気を消すと――ゆっくりと回る銀河の光が、コックピットの方から漏れてきた。


 エレノア軍曹はあの光景、こわくないのかな。宇宙で見る天の川って、壮大すぎて恐怖を感じる光景なんだよね。だから私はコックピットじゃ(ねむ)れない。

 というか普段なら寝る時は、コックピットのモニターの電源を落とした上に、コックピットとワンルームの間のドアを閉めちゃう。ワンルームにある窓も全部閉めちゃうし。


 怖い上に、太陽がこっちに来ることもあるんで、眩しい時もあるんだよね。


 エレノア軍曹は慣れてるって言ってたけど、大丈夫かな。

 そんな事を思っていると、エレノア軍曹の声がした。


「Ms鈴咲」

「は、はい」

「なぜスワローテイルで寝ているのですか? 保護者は?」

「あ・・・・んー・・・たぶん、・・・・お察しのとおりです」

「そうですか。当職も実は、天涯孤独の身です――」

「そ・・・そうなんですか」

「明日の運動会というもの、他の生徒にはご両親が来ると言うのはハリソン大佐に聞きました。大佐は、Ms鈴咲に『親御さんが休みを合わせたりしているのだから、勝手に日程を変えるな』と怒られてしまったよ。と凹んでいました」

「そ、そんな厳しい言い方してませんよ!?」


 エレノアさんの声が優しくなる。


「大佐にはそれくらい、『失敗した』と感じられたのですよ。Ms鈴咲、明日は今日の夕食のお礼に、当職が料理を致しましょう。お昼のお弁当と言うものも作りましょう――お弁当というのは作ったことがありませんが、体育祭という物をウェブで勉強しました」

「い・・・いいんですか?」

「軍人がキャンプで作るような、無骨な料理でよければ」

「是非・・・おねがいします!」

「はい。――ところで体育祭の時は、生徒の多くは家族と昼食を摂るらしいではないですか。Ms鈴咲は明日も、友達と食べますか?」

「えっと・・・・多分―――一人で食べる予定です。でも、私は独りに慣れているんで」

「当職と、一緒に食べませんか?」


 本当に優しい声だった。まるで包んでくれるような。――だから思わず・・・心を絡めて、縛って、形を保たせていた何かが、ほどけてしまいそうになる。


 砕けた心が、割れてしまわないように抱いていてくれそうだったから。


「・・・・それは・・・・」

「当職も、明日は応援していますよ。足りない分の声援はお任せ下さい」

「えっ・・・・――はい」

「Ms鈴咲。当職は、星が好きです。きっとそこから両親が見ていてくれると思っているのです。天国は虹の橋の向こうに有ると言います。地球の大気の層は、ここから視るとまるで虹のようですね。きっとあの虹を越えて、人は星になるのでしょう――ご両親は、明日のMs鈴咲を必ず応援していると思いますよ」

「―――あり、がとう、ござい・・・ます」


 心を縛っていた物が緩んで、何かが目から溢れ出した。


 私が鼻をすすりだすと、エレノアさんの声が静かになった。


「―――少し喋りすぎましたね。選手は万全で挑むものです。もう寝ましょうか。おやすみなさい、Ms鈴咲」

「はい・・・・おやすみ、なさい」


 真っ暗な部屋に差し込む星の光は、すこし眩しすぎて目に染みた。




 次の日、運動場でプレイヤーをやってる人にアビリティ・キャンセラーのドリンクが配られたんだけど。

 私は、その輪に向かわなかった。輪にウチのクラスの鷹森くんを見つける。


(あ、鷹森くんってプレイヤーだったんだ?)


 新事実にビックリしていると、ご年配の先生に肩を叩かれた。


 振り返ると、先生が少し眉を吊り上げていた。


「鈴咲! ジュースを飲んでないじゃないか! 先生知ってるぞ、お前もプレーヤーって奴なんだろう!」


 あれ・・・・この先生は、事情を知らないんだろうか。


「いえっ、私は昨日飲みましたんで」

「どこにそんな証拠がある! ―――そもそも、たとえ昨日飲んでいても、今もちゃんと飲みなさい!!」


 先生に怒鳴られて、私は天敵に追われて悲鳴を挙げるみたいな顔で固まったマーモットみたいになる。


「い、いえ。私は今日は飲む訳にいかなくてっ」

「そんな事を言ってズルする気か!! そういえばお前はチーターとかよく言われているそうじゃないか! チートってズルという意味だろう!! 先生はズルを赦さないぞ! 他の先生方はお前が成績優秀だからってチヤホヤしているけど、先生は贔屓をしない!! そうやってワガママを言うのは――」


 先生怒鳴らないで、こわいこわいこわい。


 ごま塩髪のご年配の先生が怒って、お説教が始まってしまって。

 周りからもヒソヒソされて、注目されるのも苦手てで吐きそうになってくる。


 涙目で(どうしよう、どうしよう)と思っていると、エレノア軍曹が、一体どこに潜んでいたのか――突然先生の背後に現れて、手刀をヒタリと先生の首筋に当てた。


 「失礼します先生。当職、合衆国宇宙軍所属軍曹、エレノア・ラミレスと申します。先生、手違いを起こしていますよ」と底冷えするような声で、先生の顔の前に紙をかざして言った。


(こここ、怖ッ)


 昨日はあんなに優しそうだったのに、エレノア軍曹はやっぱり軍人さんなんだ!?


 ホラー映画でも見て固まったみたいになった先生が、涙目で私に言う。


「ぐ、軍人? ――鈴咲、先生、英語が読めないんだ――お前、得意だったよな? この紙を読んでくれ」

「え、あ、はい。

           

                 合意書 

我々合衆国宇宙軍は、私立爽波高校に以下の要求をする。鈴咲涼姫、並びに八街 アリスに私立爽波高校の手で、アビリティ・キャンセラーを決して飲ませないこと。当該二名は前日にアビリティ・キャンセラーを飲んでおり、我々合衆国宇宙軍は、二名のアビリティ・キャンセラーの効果が、日本時間の17時まで保たれる事を保証するものである。よって二名にアビリティ・キャンセラーを使用しないこと及び、使用させない事を要求する。

                合衆国宇宙軍 大佐 ヴィクター・ハリソン」


 先生がだらだらと冷や汗を流す。


「・・・・学校との契約? そ、そうか鈴咲。せ、先生が間違っていた。許せ」

「えっと・・・はい。私は、別に」

「じゃ・・・じゃあ先生はこれで」


 エレノア軍曹の腕から慎重に抜け出して、立ち去ろうとする先生。

 ところが、その肩がエレノア軍曹に がしり と掴まれる。


 先生の顔色がまた悪くなる。


 エレノア軍曹の底冷えするような声は変わらない。


「先生」

「も、もう話は無いだろう!?」


 先生の声は、悲鳴に変わっていた。


「先生。先程、Ms鈴咲を()(ざま)(ののし)り、Ms鈴咲がまるで卑怯者と言うような讒言(ざんげん)を喚いておられませんでしたか?」

「えっ―――、いやっ、それはっ」

「Ms鈴咲は、そのような人物では有りません。彼女を悪く言う人間もおられるかもしれませんが、彼女は卑怯者どころか逆。清廉潔白です」


 え・・・・全然、清廉潔白じゃないですよ?


「いや、でもっ」

「先生、貴方の犯した罪は6つ。事実を見抜けなかった。事実の確認を怠った。最初に教え子を信用する事から入らなかった。嘘を喚いた。周りに間違った讒言を伝播させた。これらを、手本になるべき人間が行った――貴方は、謝るべきです」

「しかし、それでは手本としての・・・・〔示しが〕」


 先生の声がどんどん小さくなって、最後は私には聞こえなかった。

 けれど、エレノア軍曹の耳は声を捉えたみたいだ。


「なるほど、威厳が保てないと仰られるのでしょうか? しかし先生、間違いを認めるのも、また先生のおっしゃる示しですよ。そうして威厳から最も遠い物が、虚像です」


 エレノア軍曹に言われ、先生が目をつむって――空を仰いだ。

 でも、私は別に。


「――謝って欲しいとか、思っては」


 するとエレノア軍曹が、真剣な瞳を私に向けてくる。


「Ms鈴咲。これは貴女の問題でありません、これは先生の問題です。――当職も、先生がここで、何も言わず立ち去るのも別に知ったことではありません。これは彼がどんな人間でありたいか。教師として何を生徒に示したいかの問題です。それを告げたにすぎません」


 エレノア軍曹の言葉を聞いた、先生が「ははは」と言う――それは笑ったと言うより、息を小刻みに吐いたと言った方が正しいように思えた。

 

「―――ああ、そうですね、エレノア・ラミレスさん。先生が悪かった――鈴咲すまない」


 私に向き直った先生の顔はなにか、憑き物が落ちたように見えた。

 ただ、謝られるのはとりあえず分かったけど。


「頭を下げるのは止めて下さい。先生に下げられるのは、嫌です」

 

 先生が頭を下げてきたんで、私も下げ返した。


 二人でお辞儀する形になった。


 先生が頭を挙げて、今度は笑った。


「はは・・・っ、なるほど先生は鈴咲の事を全く知らなかったようだ。―――本当にすまなかった鈴咲、体育祭頑張ってくれ」

「はいっ!」


 エレノア軍曹にお礼を言って離れていく先生は、なにか晴れ晴れとしていた。


『入場が始まります。生徒の皆さんは――』


 こうして、体育祭が始まった。



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― 新着の感想 ―
まぁやらかしてしまったのは最早変えられないですが、正論を聞いた上で「あっそっかあ…(察し」って自身の行いを顧みて謝罪出来たぶん、先生はまだマシな部類なんだよなぁ…。 ほら、そういう『人間に必要な最低限…
改心したぜ、って雰囲気を出してるけど周りの空気は最悪になってるし上から色々言われることが確定してる先生に悲しき未来――
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