67 天才飛行機乗りに噂されます
「え・・・?」
私がゴブリンに襲われている中、走ってきたカーリーヘアの彼女は「〖超暗視〗!」と、スキルらしいものを使い、短い妙な形のアサルトライフルを放ちながら横に一線。
私に群がっていたゴブリンを、またたく間に一掃。
ワイヤーを放って天井にくっつけたかと思うと、壁の向こうのゴブリンたちまで一瞬で全滅させました。
そうして、
「もう、大丈夫です!」
彼女は私を、抱きしめてくれたのです。
私は、急な安堵感に全身を支配され、カーリーヘアの女性の胸で泣きじゃくってしまいました。
「怖かったの、怖かったよぉぉぉぉぉぉ!!」
「もう大丈夫、大丈夫です。私が、あなたを護ります」
私は声も出ないほど嗚咽して、カーリーヘアの女性のパイロットスーツを握って大粒の涙を流しました。
女性は、私が饐えた匂いのする液体まみれなのに――そんな事は気にせず、私を抱きしめながら頭を撫でて「大丈夫、大丈夫」と繰り返してくれます。
しかし、ここは無数のゴブリンの要塞。
また足音が、通路の奥からして来ました。
女性は、再び恐怖で顔を挙げた私を包容していた手を緩めると、私に視線を合わせました。
「飛びますね?」
「飛ぶ?」
「〖念動力〗」
カーリーヘアの女性は、私を抱いて空中を飛び始めました。
進行方向に現れた、行く手を遮るゴブリンを、またたく間に屠りながら。
私は、抱きしめられながら尋ね損ねていた事を尋ねました。
「あの、私はコハクって言います――貴女の名前を教えてください―――!」
「スウって言います」
スウ―――さん――?
そこで思い出しました。
「SNSとかで話題になってる、スウさん!! アカキバさんがバズってる元となってる方!!」
プレイヤー配信を観てるファンが多い私のSNS、だからスウさんの情報も結構流れてきていた。大統領を助けたことも有るんだとか。
でも、なんだか変な人って聞いてたのに、こんなにカッコイイ人だなんて。
スウさんは5分もしない内に、私をゴブリンの要塞から救い出しました。
そうしてスワローテイルで、地球まで送ってくれました。
しかも、北海道の私の家まで。
庭に停まったスワローテイルから、2人でタラップを降りました。
私は、家の前でスウさんに頭を下げます。戦闘機の中のシャワーを頂いたので、汚れなどはもうありません。
「スウさん、本当に、本当に助けてくれてありがとうございました!」
「気にしないでください――でも、ごめんなさい。コハクさんのチャンネルがBANになってしまって。―――間に合わなかったです」
実はそうなんだ、機器が側になくてモザイクを掛けられなかった私の配信は私の胸が露出したことで、BANされてしまった。
警告が今までも度々来ていたので、とうとうこんな結末に。
でも、
「いえ、これで良かったです。これでアカキバ軍団を気兼ねなく抜けれます。このままアカキバさんに付き合ってたら、私は今日以上にひどい目に遭わされると思いますから」
「そうですか・・・・」
「今はもう、スッキリした気分です。他のアカキバ軍団の人も誘って、アカキバ軍団から抜けようと思います。そしたらみんなチャンネルが無くなるので、一から始める事になりますが、今度は上手くやってみせます!」
「・・・じゃあ」
スウさんが、言いにくそうにモジモジとする。
急になんだろう―――さっきまであんなにカッコ良かったのに・・・なんかすごく怯えてる。
「あのっ――私とコ、コラボしてくれましぇんか! わ、私のチャンネル登録者、結構多いでしちぇ、だから、おおお、お力になれるかもっておもいましゅ! コラボすれば、きっと良い感じ? に!」
私は思わず目を見開いていた。
SNSでスウさんへのお祝いの呟きがいっぱい流れてきたのを、最近見た事がある。
その時見たお祝いというのが「登録者数1000万人おめでとう!」という内容。
1000万人なんて、プレイヤーどころか日本でもトップクラスの配信者だ。
アカキバさんの何倍? ――いやアカキバさんなんか、目じゃない。
そんなスウさんとコラボしたら――きっと今よりずっと多くの人に注目して貰える。
みんなに退社を勧めやすくなる。
私はスウさんの手を握って、思わず落涙しながら頼みました。
「はい! お願いします!! ―――こちらから、お願いします!! あの―――もし良かったら、株式会社アカキバを退社するかもしれない他の人もコラボしてもらっても、良いですか!?」
「も、もちろんです! ―――よ、よかったぁ――『は? お前となんかコラボしねーよ(笑)』とか言われたらどうしようかと思いました・・・」
「えええ?」
私は顔を上げて、目を瞬かせます。
(私の恩人な上に、彼女の登録者数は凄まじいのに、なんでそんな発想が??)
「言うわけないじゃないですか! スウさん―――どうやったらそんなありえない思考になるんですか・・・・」
「そ、その」
スウさんは眼球が震えているのが分かるほど、キョドりだします。
もしかして、この人――
「ボッチ?」
「ああああ、すみませんすみません、生まれてきてごめんなさい!! 酸素減らしてごめんなさい、二酸化炭素を吐いてごめんなさい、地球を温暖化させてごめんなさいぃぃぃ、早めに死にますぅ、でも死ぬの怖いから、もうちょっとだけ生きさせてくださいぃぃぃ!!」
「いや、発狂しないでください! 生まれてきてくれてありがとう! 生きててエライ!!」
なんだろうこの人、ちょっと心配。
(私がついててあげないと・・・って気になる――というかさっきまで余りにカッコ良く背も高くて気づかなかったけど――まさかこの人、年下?)
後日、激怒するアカキバさんを無視して私とアカキバ軍団の女性陣は契約を破棄してチャンネルを失う事になりました―――希望に瞳を輝かせながら。
「スウさんとのコラボ楽しみ!」「今度こそ有名になるぞー!」「おー!」
アカキバさんには腹も立つけれど、もう関わるのも嫌だ。それにあの人は、ほっといても、きっと自滅する。
「お前ら、絶対後悔するからな、後悔させてやるからな! もう二度と配信者としてバズるチャンスが有ると思うなよ!? アイツ等のファンもなんなんだ。コハクにゴブリンが群がるとこなんか爆笑シーンだったろうが! なにがコハクを助けてくれて、ありがとうスウだ! ネタも分かんねぇのかよ、ざっけんな!!」
そんな声が、株式会社アカキバの事務所の部屋の中から響いていました。
スウさん、貴方が手を差し伸べてくれたお陰で、真っ暗だった未来に光が差し込みました――本当にありがとう。
◆◇Sight:香坂 遊真◇◆
「なんで俺が、炎上しないといけねぇんだよ!!」
俺の名前は香坂遊真。
アカキバこと赤月 琢馬とは中学時代からの知り合いだ。
アカキバは数日前に、自分の社員をゴブリンに襲わせた事で炎上していた。
アカキバと俺は高校は別になったけど、大学で再会した。
大学で、はじめは関わる事もなかったが、互いにフェイテルリンク・レジェンディアのプレイヤーになっていた。
ある日、アカキバがどこかで見たらしい俺の戦闘機の操縦技術に目をつけて声を掛けてきた。
アカキバはWhoTubeで配信というものをやっていて、協力してくれないかという話だった。
アカキバが持ち掛けた条件は「アカキバが配信アイデアを出したり、喋りや顔出しは担当する。戦闘機の火器管制も担当する。そのかわり陰で俺の飛行技術を発揮してくれ。配信の儲けは折半しようという」話だった。
俺は人前に出て話すというのは苦手だったし、飛行機を飛ばす事には興味があっても火器を撃つ事には興味がなく、下手だった。
だから飛ぶだけで金が入ってくるなら文句もなく、アカキバとの協力を了承した。
そうしてアカキバは、俺と協力して〈発狂〉デスロードを世界で初めてクリアしたことで、バズった。
俺は、スウというプレイヤーの配信をぼんやり眺めながら思う。
まあ、アカキバがバズったのはこの子のお陰だろうけど。
アカキバ本人は、この事実に気づいていない。
それどころか、スウをなんとか潰そうとしているみたいだ。
けれど、スウがいなくなったら、アカキバも潰れるだろう。
株式会社アカキバを作ったり、アカキバ軍団を作ったり行動力や発想力は悪くないけれど。
人間を消耗品程度にしかみていないのが、アイツの弱点だ。
人間っていうのは、成長するのに莫大な費用と時間が掛かる。
才能の発掘など、もはや幸運に恵まれなければ出会うことも不可能。
しかしアイツは、才能に出会う幸運には恵まれているようだ。
例えば俺が見る限りアカキバ軍団には、なかなか才能に恵まれた人間が2人はいた。
アカキバはその1人を、ゴブリンに襲わせるなんてつまらない企画で使い潰した訳だ。
そうしてアカキバ軍団崩壊の引き金を引いた。
アイツはどれだけ才能に出会う幸運があっても、他人を消耗品としか考えていないので幸運を活かせない。
ゴブリンに襲われたあの子は、まだ世間に知られていなかっただけで、これから伸びる人間だった。
やっと世間があの子に気づき初め、あの子の力で、あの子のチャンネルは伸びていた。
俺はあの子ともう一人だけが他のメンバーと違い、チャンネルの成長カーブがおかしい事になり始めていた事に気づいていた。
確かに世間にあの子の存在を知らしめるきっかけはアカキバが与えたが、アカキバが異常に伸びたきっかけは、スウの登録者数1000万だ。アカキバの手柄とは言い難い。
なによりもアカキバが愚かなのは、これから無数のファンが愛するであろう人間を全て敵に回したことだ。
あの子は今回のアカキバの炎上を、さらなる起爆剤にして一気に伸びていくだろう。
俺はアカキバチャンネルの成長グラフの右肩下がりを、眺めた。
「潮時だな」
明日からどうやって金を儲けるかを考えると少し億劫だが、このまま沈んでいく船に乗っている馬鹿もいない。
――いや、俺ならフェイテルリンクを適当にプレイしていれば、十分儲けられるか。
ただ俺がいなくなったあと、アカキバがフェイテルリンクでやって行けるかという思いで、俺は最後にアカキバに質問することにした。
「くそっ、80万人いた登録者が40万まで減った!!」
アカキバは近くにあった椅子を蹴りつけて、イライラを発散している。
「赤月 琢馬」
「あん? なんだ香坂!」
「このままじゃお前、すべてを失うぞ」
「香坂、お前まで、俺に説教するつもりか!? 正義に酔った奴らのたわごとでこっちはもう十分なんだよ! お前も酔っ払ってんじゃねえよ、いい加減にしろ!」
「そうか」
その戯言の中には、沈みかけの船を浮上させ直すアドバイスもあっただろう。
アカキバは、この船を再浮上させる方法が考えられる人間ではない。
なら、うっとおしい中から浮上方法を見つけるしかない。さもなくば、この船に空いた穴は埋まらない。
僕は最後の忠告を行う。
「お前はかなりの窮地にいるが、それでもヒントを探すのは辛いか?」
「相変わらず訳わかんねえ事ばっか言うんじゃねえよ! それ以上俺に文句が有るなら、お前もクビだ! お前なんかいなくても、俺はもう戦えるんだよ」
「分かった。じゃあ俺たちの縁もこれっきりだ」
「は?」
俺はアカキバの事務所を出ながら、スマホの画面を眺めた。
スウ――相変わらず美しい軌道を描く、彼女の飛行の螺旋は芸術でしかない。
彼女の描く線を指でなぞる。
「本当にロマンティックな軌跡だ」
とりあえず、まずは彼女の隣を飛んでみたい。
アカキバが何かを喚いていたが、俺の目にはもう――妖精の様に軽やかに宇宙を飛び回る少女の軌跡しか見えていなかった。




