6 邂逅します
私は、スワローさんのワンルームで重力制御装置と照明を切って寝ていた。
スワローさんのワンルームの方が、マンションの自分の部屋より落ち着く。
ちなみにアドミラーさんに呼ばれていたので行ったんだけど、会えなかった。
フェネック耳をモフりたかったんだけどな。
でも報酬が増えた。
通常報酬、連合クレジット20万と、勲功ポイント50万。
そこに特別報酬、連合クレジット30万と、勲功ポイント50万。
つまり、ほぼ倍以上になった。
いっぱい儲かったので、ハイレーンで豪遊しようかと思ったけど睡魔が勝った。
初めての実戦は、相当体力を使ったらしい。登校時間まで眠るつもり。
するとヴーヴーヴーという音で目を覚ました。
スマホがずっと震えている。
夢心地で呟く。
「なに? お義姉ちゃん? 勉強ならもう終わったから大丈夫だよ―――」
私は睡魔に耐えられず、まどろみに飲まれた。
太陽の昇らない日はない――今のところ、地球では。
今日は別に太陽に恒星破壊爆弾でも打ち込まれていない、そんな平日なので眠たい目をこすりながら平常運行、モノレールで学校へ向かう。
ちなみに、スワローさんで学校に乗り付けてはいけない。
戦闘機で学校に来るのは、バイク通学みたいな物なので禁止されている。
まあ、私はプレイヤーなのを秘密にしているから乗り付ける気もないけど。
私の通う学校は、神奈川県立爽波高校。
江ノ電沿いにある、やたら爽やかな名前の高校だ。
もう清涼飲料水の広告でも似合うんじゃね? と思っていたら、入学してすぐ、本当に撮影があった。
CMに出演したのは、私と同じく新入生の女の子。イギリスから来たらしい八街 アリスさん。芸名は「一式 アリス」。
モデルであり、たまにテレビにも出てるし、女優もやったことがある、アニメの主題歌まで歌ってる、声優もやったことある。しかも中学の剣道全国大会ベスト8に入る実力まである。なんでも出来るスーパーウーマン。
見た目は、金髪碧眼の色白美人さん。
中学時代、剣道をする人間の間でついた二つ名は、だれが呼んだか〝袴のアリス〟。
リアルに二つ名が付くとか、カッコ良すぎ。
CMの内容は八街さんが、走り高跳びをする男の子を応援する内容。
もう八街さんがめちゃくちゃ可愛くて、ハースーハースーしたかった。
いや、できないけど。
CMの最後に八街さんが、炭酸飲料を飲んで「えいっ」と走り高跳びをする可愛さに同級生たちは見事にやられた。
女の私も堕とすとは、とんだ天然ジゴロだぜ。
そうして八街さんは、一気に学校の有名人になった。
とう言うわけで、八街さんのCMのジュースをごきゅごきゅ「ぷはー、うめぇ。八街汁、うめぇ」
などとアホな事を呟きながら、視線を水平に戻すと、震える小動物が下の方に映った。
――いや小動物に視えたのは、人だった。
しかも、同じ学校の制服の女子生徒。
座席に座っていたのは、八街 アリスさんだった。
――え?
八街さん!?
私が驚き視線をさらに落とすと、八街さんは真っ白な顔で震えていた。
メガネ(多分変装用)とマスクを掛けているが、間違いない。八街さんだ。
突然の邂逅に、私は頭を真っ白にしかけたが、どう考えても八街さんは普通の状態じゃない。
もともと色白だけれど、これは血の気が失せている。
体の調子が悪いのかもしれない。
いや、まさか今の私のつぶやきが聴こえた?
同性に「あなたの汁うめぇ」とか名状しがたい発言をされたら、そりゃ身体の底から震える。
「ど、どどう、したの八街さん」
―――あ・・・しまった。八街さんは、恐らくこっちを知らないのに名前を呼んでしまった。
これではまるで、八街さんを遠くからみているキモイ女子ではないか。
しかも、いつも通り思いっきりどもったわ。
私って、実を言うと「ハイ」か「イイエ」以外の会話は苦手なんだ。
――「ハイ」か「イイエ」が会話というのかはいざ知らず。
でも、どっかのゲームの勇者っぽくない? 「ハイ」か「イイエ」。
などと自意識過剰を患っていると、
「地面が――」
八街さんが呟いた。
そうして私のブレザーの上着の裾を、握ってくる。
「地面?」
「地面がないんです」
私の制服を握る手が、小刻みに震えている。
ここで私は思い至る。
この電車はモノレールなんだ。
しかも懸垂型と云われる――車両上部にレールがあり、そこからぶら下がる形で走るタイプ。
つまり――
「八街さんって、もしかして・・・・高所恐怖症?」
真っ白な顔が、小さく上下した。
「あ~・・・」
そりゃ怖い。
だってこの路線、通称ジェットコースターって云われるくらいなんだ。
神奈川のこの辺は山が多いせいか、曲がるわ上下するわトンネルに潜るわで、ちょっとしたアトラクションじみている。
「ご、ごめんなさい」
「え?」
八街さんが急に謝ったので、私は思わず首を傾げた。
「・・・裾、勝手に握って」
「い、幾らでも握ってていいよ」
むしろずっと握っていてほしい、私はこの制服を一生洗わない。
いや、汚れたら洗うけど――女子として。
そして発生する沈黙。
しまった。I'm コミュ障だった。
――宇宙船に引きこもるくらい、人生をソロプレイするぐらい、極めつけのコミュ障だった。
どどど、どうしよう。
プチパニックに陥りながら、脳細胞をフル稼働させる。
そうだ、
「飲む? ――」
私は、自分が手にしていた炭酸飲料を差し出した。
「――乗り物酔いには、炭酸飲料が良いって聞いたの」
あ、これ私が口つけた奴じゃねぇか。
というか、八街さんがCMに出てたジュースを差し出すとか、完全に私の頭の中バレるじゃん。
私の脳細胞―――フル稼働してこれって、馬鹿かよ、馬鹿だお。
すると、八街さんは首を振った。
「乗り物酔いではないので」
至極まっとうな返答だった。
ならば、もはや私に太刀打ちできる問題ではない。
喋る内容もない。
オワタ。
しかし八街さんって「鈴咲が口つけたので嫌」とか、「私がCMに出てたジュースを飲んでるなんてキモイ」とか言わないなんて、天使かエンジェルか?
小学生の時とか、鈴咲の菌で「すずさ菌」とかいう物が大量発生して大変なことになったのに。
「どうして・・・・」
八街さんが呟いた。
なにか、その声は若干呪詛めいていた。
私が「どうして?」と尋ね返すと、
「・・・・どうして、人間はこれほど忌まわしい乗り物を生み出したのでしょう・・・・」
え、運転手さんの気持ちを考えてあげて?
「・・・・街の中を、頭上をこんな鉄の塊が走り回っているだけでも悍ましいというのに・・・・」
漏れてる漏れてる、呪詛が漏れ出してる。
「・・・・こんな速さで、こんなに乱高下して・・・人の愚かさは、ここまでだったのですか? ―――最早、度し難い」
え、こわいよ? 私のアイドルさん、怖いよ?
「や、八街さん、人類に絶望して世界を滅ぼそうと決意しないでね?」
「しませんけど」
よかった冷静だった。
八街さんが少し笑う。
「鈴咲さんって、発想が飛びますよね・・・」
えっ、私の名前知ってるの? というか憶えてるの!?
なんで!? 今まで関わったこともないのに。
半径20メートル、それが太陽みたいな彼女に対する私の生存可能宙域。
――太陽に近いと死んじゃうとか、なに地球くん陰キャなの? 私も私も(笑)
口元を抑える八街さん。
「あっ、すみません新入生代表をなさっていたんで・・・憶えていました」
謝ってきた。謝らないでっ!
初めてだよ、ちゃんと私の名前を覚えてた人。
中学で3年間「あの子」とか「あの人」とか「陰キャ」とか「天パ」としか呼ばれなかったのに。
しかもこっちは八街さんの名前をキモイ理由で知ってたのに、――なのに八街さんは何も突っ込んでこない。
控えめに言って大天使すぎん?
私が八街さんの背中に後光を感じていると、モノレールが軋んだ。
ギギギギ と。
すると、八街さんは周囲を見回し、圧倒的迫真を口にした。
「機体が、悲鳴を挙げてる!」
「き、機体って・・・メカアニメじゃないんだから」
車体じゃないの(笑)?
私はちょっと可笑しくて、八街さんを観た。
すると八街さんは、私の服を両手で「ぎゅー」目も口も「ぎゅー」。
なんだこの小動物、めんこいな。
まあ本人は必死なんだから、ほのぼの眺めてたら悪いんだけれど。
『次は、湘南江ノ島、終点です。お忘れ物ないよう――』
「あ―――つ、着いたよ、八街さん」
「この、地獄のクエストも終わりですね・・・良かった」
――クエスト?
でも八街さん、帰りもこのモノレールに乗るんだよね、大丈夫?
いや――歩いて帰るのかな。
こうして私たちは江ノ電に乗り換え、学校に着いた。
私と八街さんは、どういう御縁か校庭を並んで歩いた。
すると、思わず私の口を突いて出そうになる、
「ねえ、私達周りからどんなふうに視えてるのかな? ――まるで友達みたい、とか勘違いされてたらどうしよう♥」
などと言う、内容が。
ドン引きされそうな妄想は捨て去って、頭を切り替え一般的な話題を探す。そうして一つ疑問だった事を、八街さんに尋ねる。
「きょ、今日は、なんでモノレールに乗ってたの?」
あの様子だと、普段から利用しているわけがない。
乗ったら顔が真っ白になって震える物を、毎日利用できるわけがない。
「自転車が壊れて」
さもありなん。
その時だった。
背後から、
「あっ」
という声が聴こえた。
首筋がヒヤリとして、思わず振り返りながら、腕の筋肉が低周波で動かされる時のように動いて、八街さんを引き寄せていた。
すると、八街さんの後頭部が有った場所を、野球部のボールが唸りを上げて通り過ぎた。
恐らくバットによる打球。
(――っぶ、ない)
「きゃっ――え?」
私の胸の中で驚く八街さんが、私と野球部員を交互に見ている。
「なん――ボール?」
「通過したみたい」
「鈴咲さん――反応、速すぎないですか・・・? 意識の光すら見えなかった」
「意識の光?」
「いえ・・・・」
すると野球部員がボールを追いかけながら、グローブを掲げて謝ってくる。
「す、すまーん」
「そ、そうだよ、謝って! ――永遠の命になって、宇宙空間で生物と鉱物の中間になり、彷徨いながら謝り続けて!」
私の放った言葉に、若干ドン引きした野球部員が「え、それはやめて?」と言いながら、ボールを拾った。
「まったく、八街さんのご尊顔が傷物になったらどうするつもりなのよ」
「ご、ご尊顔? ――というか鈴咲さん、流石にカー◯は可哀相です。でもありがとうございます」
八街さんが私の胸から脱出しながら、微笑んだ。うーんエンジェル。
私が感心していると八街さんは、ふと「そうだ」とこちらを向いて。
「鈴咲さん」
「う、うん?」
「〝八街汁〟ってなんですか?」
・・・・やっちまった。
その後長い沈黙が生まれ、気まずくなった私達。
八街さんが、私の周囲を見回すようにして「酷い光・・・」と呟いた。
(光?)
八街さんは、空気を重く感じたのかスマホを取り出した。
「あの―――っ、昨日凄い動画を見付けたんですよ!」
「どんなどんな?」
よし、脳みそ軽そうに返せた。重い空気の時は、脳みそを軽くして返すと良いと偉人が言ってた。
「これなんですけど。凄いんですよ『〈発狂〉デスロード』を無改造の量産型で、しかも旧世代のスワローテイルでクリアしてるんですよ。――あっ、フェイレジェって知ってます? これ多分スウって人だと思うんですが」
「―――ん?」
私は、八街さんのスマホを覗き込む。
「あれ? 私の動画じゃね、これ?」
思わず呟くと、表情の消えた八街さんの顔がハンドスピナーみたいに滑りよくこちらに向いた。
「鈴、咲さんの動――画?」
私は、思わず口元を押さえる。
そうだ、プレイヤーやってる事は秘密だったんだ。
「なんちゃって!?」
私が発言を無かったことにしようとしたのに、八街さんの表情は無表情のまま。
私は、もう一度試してみる。
「な、なん・・・ちゃって?」
再度発言を無かったことにしようとしたが、八街さんの表情が戻らない。
そうして彼女はブツブツと呟く。
〔そういえば、さっきの反応は人間技じゃなかった――剣道の全国大会に出場できるわたしが反応出来なかったのに・・・・〕
アリスさんの私を見る目が、どんどん大きく開かれていく。
やがて瞳を、震駭するように震わせると、
「もしかして、鈴咲さんが――スウ!? あ、〝すずさき すずひ〟――スウ!!」
うわ、こんな分かりやすいIDにしたの誰だよ。馬鹿だろ、馬鹿だお。
てか、私の下の名前まで憶えてたんだ? 凄いなこの人、ひかえめに言って神か?。
「や、八街さん。さっきの発言、無かったことに」
「なりませんよ!」
・・・・やっちまった。
観念した私は、自分のスマホを取り出す。
見れば、凄まじい通知の数「999+」とか見たこと無い事になってる。
「――――チャンネル登録とか、コメントの通知だらけだ」
私のチャンネルは、一夜にして登録者が20万人になっていた。
動画のコメントも1000件を超えている。
例えば、こんなコメントが有った。
❝人間とはいったい、うごごご❞
❝操縦テクニックやばすぎ、〈発狂アトラス〉がボスにもなってないwww❞
❝この弾幕の、どこにスワローテイルが入る隙間あるんだよw❞
❝もう変な笑いしか出ない❞
❝え、途中から気合避けなの? 安置ないの!?❞
❝動体視力とか反射神経も凄いけど、操縦テクがヤバすぎる。宇宙も地上も、どうやったらあんな軌道描けるの?❞
❝ちょw 途中から後ろ向きに飛んでるじゃんwww❞
❝3体目までは行ける人もいる。4体目から人間卒業試験❞
❝鋭角なドリフトで弾幕のスレスレを掠めていく。しかも後ろ向きにドリフト、斜め上に下にドリフトって俺にはもうどこ飛んでるのかも分かんねえwww そんでドリフトのまま隙間の殆ど無い弾幕をずっと躱して、敵に照準合わせ続けてる❞
❝ここまでしないと、スワローテイルの火力じゃ発狂デスロはクリア出来ないのかよ。ヤバすぎだろ発狂デスロ❞
❝2番煎じオツ❞
❝これは最弱の量産機体で、しかも旧世代スワローテイルでクリアするという、世界初です❞
❝つか最弱ワロで、なんでクリアできるんだよ❞
❝フェイク乙❞
❝生放送見たい❞
❝生やってほしいやんな❞
うわっ。
涙が出そうになってしまった。
バズってる。私を認識してくれてる人がこんなに沢山いる!
八街さんが、私の腕を握ってきた。
「や、やっぱりスウなんですよね!? わたし昨日の〈錯アト〉と、スウさんの戦いをストラトス協会のモニターで見てたんですよ! 前代未聞な戦いでした!!」
八街さんは、私の腕を振りながら続ける。
「小型機とのドッグファイトをバレルロールで華麗に後ろを取った時なんて、お腹の底から痺れましたよ―――!! 周りに居た人間も唖然ですよ!!」
八街さんの興奮が止まらない。
「そもそも、あんなに高速でくるくる回り続けて、上下左右見失わないんですか!? なにを基準に、自分の速度を認識しているんですか!! ――よ、良かったらわたしに操縦を色々を教えてくれませんか!! ――」
八街さんの手、やわらけーあったけー「ドゥフフフフ」。
「――わたし、一発でスウさんのファンになって―――そうだ、スウさん! 配信とかしないんですか?!」
「え、配信?」
「いま配信開始したら絶対バズりますよ、スウさん!!」
うーむ、さすが現役モデル。発想がエンターテイナー。
あと、スウ呼び止めて? 周りに聞こえるから・・・。
私は顎に手を当てて、自問する。
「配信かあ――配信。――社会から解脱できるかな。しがらみから逃亡できるかな」
「なんだかよく分かりませんが、きっとできますよ?」
「早い話、お金がほしい」
「しょ、正直なんですね。でもそれなら、一杯手に入ると思います!」
こうして私の人生プランが、少しずつ普通のレールからズレ始めた。
挿絵です、八街 アリスです。
眼のデザインが安定しません。