65 少年の観たひかり
連合の人間がMoBに襲われることは少ない。――しかし、無いわけではない。
ここは11層の食料生産用コロニープラント、サブムス。ドーナツ型をした10機のコロニーの内部では、農業牧畜が行われている。
今、このコロニーがMoBの襲撃に遭っていた。
敵は〈狂乱〉ギガント。デスロードの2番目のボスだ。スウにとっては大した相手でなくとも、一般人にしてみれば、恐るべき脅威。
ギガント3体の攻撃が連合の戦艦を襲う。
『駄目です、戦艦ディラック、バリアが保ちません!』
『2番艦ファディエフ、3番艦オスターワルダー轟沈!!』
「くそっ、なんて強さだ」
通信から漏れてくる悲鳴、絶叫。
髪をおかっぱにした女性通信士が、阿鼻叫喚の声を聴いて、思わずといった様子でヘッドホンを取って吐きそうな様子で口元を押さえる。
それを見た提督が渋い顔になる。
「・・・少尉、気持ちはわかるが」
「――はい、申し訳有りません!」
おかっぱの通信士は、急いでヘッドホンを着け直す。
「誰か、この地獄を終わらせて・・・・」
地獄の様相を呈していたのは、戦っている戦艦だけではなかった。
『非常警報発令、敵性MoBのコロニー内への侵入を確認。このコロニーは破棄されます。市民の皆様は素早く宇宙港に向かい、脱出用シャトルに避難をしてください』
「急いでお母さん!」
コロニーの住宅街――その集合住宅の入口で、大きなリュックを背負った少年が、母親を急かしている。
コロニーの壁の一部が破壊され、空気が宇宙へ抜けて突風が吹き荒れる中、少年の体には余りに不釣り合いに大きなリュックを背負っている。
どうやらこの少年の膂力は相当なものの様だ。
だが母親の方は、足が悪いようで杖を突いて足を引きずっている。
親子は頭の左右に尖った羽根が生えている。どうやらフクロウのアニマノイドのようである。
少年の歳の頃は9~11歳。母は30代前半だろうか。
「アルカナ、あなたは先に行きなさい。お母さんの足に合わせていたら、あなたまで危ないわ。大丈夫、お母さんはなんとでもして追いかけるから」
「そんな馬鹿な事できない! お母さんを置いて行くくらいなら、死んだほうがマシだ!」
「アルカナ・・・・軽々しく死ぬとか謂わないで」
アルカナと呼ばれたフクロウ獣人の少年が、空に浮かぶ〈狂乱〉ギガントを指さす。
「軽々しくなんかじゃない!」
死の象徴を指さしながら絶叫する息子に、母親は胸を詰まらせる。
「ほら、お母さん、僕の背中に!!」
アルカナがリュックをおなか側に掛けて、母親を背中に担ごうとする。
だけど、それは恐らく無理だろう。
アルカナの身長が低すぎるし――リュックが大きすぎて、視界を遮るほどだ。何よりリュックと一緒では重すぎる。いくらこのアルカナという少年の膂力が強くても、小学生位の少年の体格には重量オーバーだ。
「無理よ、早く行きなさい」
少年が首を振って母親を肩に担ぐ。だが、身長が足りず、むしろ母親が歩きにくそうになる。これならまだ一人で歩いたほうがマシだ。
少年は自分の未発達な体と、力不足に怒りを覚えた。
「なんで・・・こんなに僕は情けないんだ」
周りの人間が自力で走ったり、車を走らせて宇宙港に向かう。
子どもの自分には車を運転する事もできない。
タクシーを呼んでも、来てくれる状況じゃない。
周りの住人に自分たちも車に乗せてくれと頼んでも「定員オーバーだ」と、突き飛ばされるだけだった。
少年は歯噛みをしながら、突風の中、母に歩調を合わせて宇宙港に向かうしか無かった。
だが30分ほど歩いたところで、少年の耳に――絶望的な放送が聞こえてきた。
『脱出用シャトル最終便、10分後に発射します。繰り返します。脱出用シャトル最終便、10分後に発射します。――避難がまだの市民は――』
この放送に少年は青ざめた。
母親の歩くペースでは、自分たちが宇宙港にたどり着く頃にはもう最後の脱出用シャトルは出発しているだろう。
つまり、自分たちはこのコロニーに置き去りにされる。
少年は血管に冷水でも流されたかのような寒気と恐怖を憶え、母の手を引いた。
だけど、足の悪い母が転んでしまう。
「おかあ・・・・」
するとお母さんと言いかけたアルカナの耳を、母の叱責が叩く。
「アルカナ、行きなさい! あなただけでも助かりなさい!!」
今まで見たこと無い様な、母の鬼のような形相。
母が本気で怒っている。
アルカナが、母の形相にたじろぐ。
「・・・・でも・・・・でも・・・」
自分をほとんど叱ったことすら無い温厚な母が、自分に激怒を向けている。
それでも、どれだけ怒られても、アルカナは首をふる。
「でも、お母ぁさん―――」
見捨てられない―――見捨てられるはずかない。
「行きなさい、アルカナ!!」
母の鬼気迫るような絶叫、たじろぐアルカナ。
そこへ、
「ギャッギャ!!」
ゴブリンだ――大きな声にひきよせられた、MoBのゴブリン3匹が集まってきた。
たじろいでいたアルカナの思考が、瞬時に切り替わる。
「ゴブリン・・・・! お母さんには指一本触れさせない――僕が相手だ!!」
アルカナが、懐からハンティングナイフを取り出して、顔の前で水平に構える。
「ギャッギャ!!」
サビた斧を振り上げ、襲いかかってくるゴブリン。
だが、アルカナは華麗に斧を躱し、次から次へとゴブリンの懐へ――瞬く間に奴らの首をナイフで掻っ切った。
母親は、息子の見せた戦闘力にわずかに驚いた。しかし、危機は去っていない。
「アルカナ早く、宇宙港へ――!!」
しかし親子の視界に、最後の脱出用シャトルが飛んでいく光景が視えた。
母親が目を見開く。そして杖を取り落とし、震えながら崩れ落ちる。
「あ・・・あああ・・・ああぁ・・・・そんな・・・」
母は絶望する――(息子が置き去りにされた。MoBに襲われ、破棄されたコロニーに、息子が・・・・!!)
同時にアルカナも絶望した。
(母さんが置き去りにされた・・・この終わりを迎えたコロニーに・・・!)
少年が死の象徴に向かって叫ぶ。
「なんでだ、ボク等がお前に何をしたって言うんだ、MoBども―――ッ!!」
少年のその絶叫は、コロニーの人工の大気に呑まれて消えた。
しかし、生き残りを見つけたMoB――〈狂乱〉ギガントがゆっくりと親子に向かってくる。
殺す気だ。逃げ遅れた獲物を――奴は。
不可避の死に、震え上がる少年と母親。
だがそれでも少年はギガントから目を離さない(死んでもコイツだけは絶対に赦さない)と睨み続ける。
「お前が僕等を殺しても――僕は絶対にお前を殺すからな!!」
だがギガントは止まらない。少年など虫けらだとでも言うように弾幕を放ってくる。
アルカナの側の地面が刮げていく。
弾幕に穿たれた道路が、波打ちのたうつ。
そうしている内に、二人へ直撃軌道の弾幕が来た。
アルカナが母を、庇うように抱いた。二人は死を覚悟した。
刹那――
『させない!!』
真っ黒な蝶を模した戦闘機が、二人に迫る弾幕を受けて掻き消した。
「え?」
「なに・・・?」
親子が空を見上げる。
そこには蝶を模したバーサスフレーム――スワローテイル。
「プレイヤー?」
「なんで・・・?」
しかもだ、最弱の装甲しか持たない機体。
〈狂乱〉レベルの弾幕を受ければ一発爆散だ――それが、まるで盾機の様に自分たちの前に立ちふさがり、弾幕を消した。
「え、なんで?」
「どうなってるの?」
親子が呆然と呟いた。
『ストライダー協会でクエストを受けてきました。ギガントを倒せって話だったんですが、このコロニーに逃げ遅れた人がいるかもって入ってきました――お二人は、大丈夫ですか!? 余波とかで怪我してませんか!?』
「だ、大丈夫です!! 助けてくれて、本当にありがとうございます!!」
アルカナは母親を抱いて、安全そうな建物の中へ逃げていく。
すると、プレイヤーの安心したような声がした。
『安全な場所にいてください、――後は私に任せて!!』
プレイヤーが戦闘を開始する。
恐ろしい事にプレイヤーはギガントの弾幕を躱しながら、ギガントにダメージを与え続ける。
しかも自らの銃弾は、ギガントに確実に当てて、コロニーに被害を与えない。
そうして、瞬く間にコロニー内のギガントを撃墜した。
さらにコロニーの外へ出て、別のギガントも次から次へと撃墜。
あっさりコロニーを守りきった。
コロニーの破棄が撤回されるほどの華麗な手際だった。
少年は、ギガントを殲滅せしめて、宇宙に光の尾を引く機体を見上げて呟いた。
「―――スウ」
機体の上部には、プレイヤー名と、さらにその上に燦然と輝く〖銀河より親愛を込めて〗。
「スウ・・・・スウ」
少年は、何度もその名前を確認する。
そして最後に涙を溢れさせながら、宇宙に消えていく光に祈るように手を組み合わせ跪いた。
コロニーのひび割れた窓から生まれた、カーテンの様な陽に照らされた少年の姿は、まるで敬虔なる使徒が神から福音を授かった瞬間を描いた絵画の様だった。
「・・・・スウさん、母を救ってくださって・・・本当にありがとう御座います。本当に、本当にありがとう御座います」
スウがコロニーを護る配信を見ていた人物――沖小路 風凛、その眼光が鋭く輝いた。
「あのアルカナという少年の戦闘力・・・・いいわね」
人材に目のない風凛のお眼鏡に、少年はかなってしまったようだ。




