55 フェイテルリンク対策会議
◆◇sight:三人称◇◆
これはフェイレジェが始まって間もない頃の話である。
日本政府による、フェイテルリンク対策会議が開かれた。
フェイレジェが始まった頃も、すぐに緊急対策会議が開かれ、喫緊の対策が打たれたのだが、あれから時が過ぎ、さらに様々な課題が積み重なっていた。
この山積した課題への対応の為の会議だった。
首相官邸の閣議室に集まったメンバーは、
全内閣、さらに、
警察庁長官、
国立天文台所長。
そしてプレイヤーである、科学専門家、宇宙飛行士、有名なSF作家や、ゲームクリエイターまで呼び出された。
閣議室に集まった歴々に、資料が渡される。
財務大臣の鹿嶋が、議題の多さに辟易したような顔になる。
『今後の調査方針、安全保障、銀河連合との外交。
国民に渡された戦闘機の危険性、飛行の安全の確保。
宇宙からもたらされる報酬の管理、資源の経済的影響。
向こうの科学技術や、文化、法律の研究。
プレイヤーに選ばれた人間の危険性、権利、ケア。
必要な部署の設立。
国民や、メディアへの対応。
国際協力体勢』
「――今から、これら全てを決めるわけか」
鹿嶋大臣が頭痛でもするように、頭に手を当てる。
そんな様子を見て、熊狩総理大臣が口を開く。
「それだけ影響が大きいという事ですよ。ところで防衛大臣、フェイテルリンク・レジェンディアはゲームだと銀河連合は言っているそうだが」
「いえ、あれをただのゲームと解釈するのは難しいかと思います。何にしても資源や物品が持ち込める時点で、コンピューターゲームのように考えては不味いかと。デスゲームの様相もあるようですし」
「そういうタイプのゲームか――」
熊狩総理大臣が、三鷹国立天文台所長に向き直る。
「――しかし三鷹所長、銀河連合の惑星がある場所に文明の痕跡は発見されなかったんですよね?」
「はい、ジェームズウェップ宇宙望遠鏡でも、一切の痕跡が発見されませんでした。NASAやJAXAにも協力を仰ぎましたが、全く、一切です」
「なるほど・・・。それでも物品や資源は、地球に確かに流れ込んできている訳か。では先ずは、対策大臣を選出したいと思うのだが」
この言葉に異議を立てる人間はいなかった。
影響の大きさや、問題の多さから、専門の部署とそれをまとめる人間が必要なのは間違いないと、この場にいる誰もが思ったからだ。
「猿田君あたりが適任かと思うが」
「宜しいかと思います」
これにも反対意見はなかった。総理大臣が資料を視る。
「次に、国民に与えられてしまった戦闘機の処遇だが」
答えるのは、蜂田防衛大臣。
「地球での兵器の使用は、不可能のようです。アメリカですらロックを解除出来ないのだとか」
「それは良かった――、が、自由に空を飛び回られては旅客機などとの接触事故が怖い。それに運送業界にも悪影響が出そうだ」
これに鶴巻国土交通大臣が答える。
「宇宙との昇降だけを許可する方針ではどうでしょう」
この問題に意見したのは、亀石防災担当特命大臣。
「――いっそ、何でしたっけバーサスなんとかを没収してしまっては?」
蜂田防衛大臣が首をふる。
「それは止めておいたほうが良いです」
亀石防災担当特命大臣が、少し憮然とする。
「なぜ?」
「銀河連合の科学力や人口は驚異的です。対決的な姿勢に出るより、手を取り合った方が益が大きい。――それに地球には、これから様々な資源がもたらされるでしょう、これ等を資源の乏しい我が国が得られないのは、非常に痛い」
辰川経済産業大臣が頷く。
「我が国は、宇宙資源は是非とも確保したい。我が国の技術を無為にするような革新が今後、世界中で起こるでしょう。それなのに、我が国だけ資源を得られないのでは本当に痛すぎます」
虎島外務大臣が唸る。
「確かにそうですが、しかし国際関係も揺るぎますな。――しかも資源産出国は流入する資源に対して、大きな関税を掛けようとしています。そうすれば地球への資源の流入は食い止められるでしょう。しかし技術の流入は食い止められないでしょう――ならば我が国は、銀河連合の技術を積極的に取り入れ、最先端で有り続けないとなりません。さもなくば今後、非常に危険な立場になる」
この言葉を訊いた大臣達が一斉にため息をつく。
「「「はーーーーーーーー」」」
熊狩総理大臣が頭痛がする頭を押さえて振った。
「全く、なんというややこしい問題を持ち込んでくれたんだ、銀河連合とやらは」
熊狩総理大臣は続ける。
「そういえば、あちらでは超人も作れるらしいな」
答えるのは蜂田防衛大臣。
「はい、スキルとステータスアップという方法が発見されています。特にスキルというのが強力無比で、素手で戦車を分解してしまった自衛隊員がいます」
「「「素手で!?」」」
重なる、歴々の声。
「――そ、そんな者を放置して大丈夫なのか・・・自衛隊員なら大丈夫だろうが、もし強力な力を持つ超人犯罪者が現れたら」
「強力なプレイヤーに、協力を要請する必要があるかもしれないですね」
「なんだそれは、最早コミックのスーパーヒーローの世界ではないか」
そんな総理大臣の言葉に、獅子戸警察庁長官が苦笑した。
「正直、警察官の武装の更新も考慮してほしいです。コミックに出てくるスーパーヴィランのような犯罪者が現れてからでは遅いでしょう」
「そうだな。草案を作成させて、国会に提出しよう」
「お願いします」
総理大臣が唸る。
「警察官や、自衛隊員も積極的にあちらに送って、民間に要請せずとも、スーパーヴィランをなんとか出来るようになって貰いたいな。治安維持は国家としての責務だ。これが出来ないようでは、国民に顔向けが出来ない。――たしかそのスキルというのは、なんとか石を手に入れた人間にしか使えないのだろう?」
「はい、石を他人に使わせる方法は見つかっていません」
「やはり送り込むしかないな。しかし、送り込んでも大丈夫なのか――」
総理大臣はまたも頭を押さえて、SF作家を見た。
「――鮫島さんは、銀河連合を見てどう思いました? 今後、我々が彼らと事を構える可能性は」
「かなり低いと思います」
「ふむ、なぜ?」
「私もプレイヤーですが、彼らは非常に友好的です」
「虚偽の態度である可能性は?」
「それは流石に分かりかねますが、彼らの目的を考えると、むしろ彼らは我々を必要としています」
「その目的とは?」
「どうやら彼らの銀河は、危機に瀕しているようなのです」
「――そこを、詳しくお願いします」
「彼らの銀河の中央に、銀河を襲っている、MoBと呼称しているモンスターのような物の母体が存在し、それを何とかして欲しいのだとか」
「彼らの超科学力で倒せばよいのでは?」
「出来ないみたいですね。科学では解決できないので、スキルという物が必須なのだとか。そしてあの銀河に人類はおらず、スキルは我ら人類にしか扱えない」
「・・・・なるほど・・・しかし人類がいないとは不穏な。向こうの宇宙は、我々の宇宙とは別なのですか?」
「調査はしましたが、あの宇宙に地球起源の人類はおりません。かつては超科学文明を築いていた生物がいたようですが、どうもMoBという物に滅ぼされたようです」
「そ、それではやはり彼らの銀河は、我々の未来の姿の可能性があるのでは? ――滅ぼされたのが我々と同じ人類なのでは?」
総理大臣の言葉に反応したのは、科学者である蟹江。
「それに関しては、私が答えても宜しいですか? 私は、あちらの銀河で、地球人の痕跡を様々に発見しました」
「ほ、本当ですか!? どうぞ蟹江さん。――で、その痕跡とは?」
「例えば、文字です」
「文字・・・ですか」
「アルファベット、漢字、ひらがな、カタカナなど、地球の文字が幾つも発見できました。また、言葉も地球の物が沢山あります。2000年代付近に流行った日本のギャル語まで発見できましたよ」
蟹江が体をくねらせだす。
「ぶっちゃけムカ着火ファイヤーインフェルノ。――か~ら~のぉ、あげぽよ~」
50代のヒゲの男性がやるには、辛い光景だった。最早なんだか目が苦い。
総理大臣がメガネを外して、眉間を揉む。
「蟹江さん有難う。確かに彼らは、地球人の末裔のようだ」
蟹江博士が頷く。
「ですね」
「ただ、今のは二度とやらないでくれ給え」
周りの全員が深くうなづいた。
首を傾げる蟹江博士だったが、この場にいる人間の意見は一致していた。
「よし、では融和の方針で行くわけだが――財務大臣と経済産業大臣」
「何でしょう」
「はい」
「投資家の動きはどうだ?」
辰川経済産業大臣が答える。
「銀河連合の技術を複製して製品化しようとする動きがあり、そこに投資が集まっていますね」
「日本としては、そこに大きな可能性を見出したいな。というよりもそこで後れを取った場合は、我が国には目も当てられない惨状が待っているだろう」
「そうですね・・・・たった数ヶ月ですが、現在まででも一部の研究が無意味になったり、製品が無意味になったりして株価を大きく下げていますね」
「財務大臣――そういった企業に、研究の為の助成金は出せるか?
「恐らく可能でしょう。予算会議に掛けますか?」
「必要だ」
辰川大臣は更に続ける。
「また、銀河連合の技術にアイデアを持ったスタートアップ企業にも投資が集まっています」
「よし、そちらにも助成金を検討しよう」
「はい」
「日本は乗るぞ、このビッグウェーブに」
大臣たちが真剣な顔で頷いた。
ややあって、総理大臣が女性宇宙飛行士に向き直る。
「宇宙飛行士の巣鴨さん」
「ひゃ、ひゃいっ」
びっくりしたように跳ねる女性宇宙飛行士。
「ははは、そんなに緊張しないで下さい」
総理大臣は苦笑い。
「しゅ、しゅみません」
宇宙飛行士にしては珍しい、小動物のような女性だった。
「貴方がたがNASAとJAXAで立ち上げた・・・・なんでしたっけ。クラン? とか言う」
「にゃ、NAXAでしゅか?」
「それです。JAXAの今年の予算請求が随分少ないのですが、NAXAと関係が?」
「そにょっ、フェイレジェでクレジットというのが随分儲かってしまって、向こうではプレイヤーは税金も掛からないんでしゅよ。だから向こうで研究できちゃって」
「マジですか」
「まじでしゅ」
さらに時間を掛けて様々に意見が交わされ、様々な対策が検討された。
「この後、マスコミの前での会議があります」
「うむ」
その後、首相官邸の閣議室で意見交換が緊張感を持ってメディアに報道された。
当時のスウは、会議の様子をテレビで見ながら(大変だなあ。でも、政治とか、私には関係ないなあ)と、プリンを食べながらアニメにチャンネルを回していたのだった。
――3年後、自分が日本の政治どころか――世界の政治を揺るがす大事件に巻き込まれるなどとは・・・夢にも思わないまま。
ミスリルの英語表記をわざわざ書いているのは、本家のミスリルに著作権があって云々らしいので。予防線でございます。
MysLillは、ちょっとだけ不思議という感じの合成語です。
ファンタジー的には丁度いい合成語かなーって思い、このつづりにしました。
トールキンさんが凄すぎるんですよね・・・、いまでも使われるファンタジーの土台を作り上げちゃったんですから。




