54 地球の命運をにぎります
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シミュレーターで、アンティキティラを体験しておいた次の日。
私は、アリスとスワローさんで宇宙名所めぐり配信をしていた。
今はカリーナ星雲に向かっているところ。
地球の2000年代を生きる私達の時代から200年前くらいに、ちょっと爆発した恒星なんだよね。
❝スウたん、ボス退治ありがとね。これでまた資源採掘できる❞
❝まさかの世界中から集まった200人が全滅だもんなあ❞
❝なのに、スウさんたちはたった4人で倒してしまうんだもんなあ❞
「音子さんとかも手伝ってくれたからですよ」
❝『ウチはもうずっと、唖然とスウを眺める役やった』って音子さんがいってたよw❞
「・・・そんな」
コメントと会話しながらワープ航行していると、アリスがスマホをだして私に訊いてくる。
でも、あれ? アリスは黒いケースにスマホを入れてた筈なのに、今はピンクだ。
「スウさん、スウさん。わたしフェイレジェ用に、新しいスマホを買ったんですよ。新発売の軍用スマホで、プレイヤー用バージョンです。IP79。完璧な防塵、防水です」
「ぐ、軍用スマホ? そんなの有るんだ?」
「はい。フェイレジェの通信対応、長時間バッテリー、光量の強いライト、完全防水、完全防塵、タンクローリーが踏んでも壊れない、対ショック、電磁パルス対策と、プレイヤーなら欲しい機能がいろいろ付いてます」
「すごい・・・私も欲しいかも・・・」
にしても・・・・電磁パルス対策って。
「それで、また電話番号を交換しませんか?」
「そ、それは可及的速やかに!」
アリスのフェイレジェ用スマホの電話番号が無いなんて、スマホの価値が半分しかないじゃないか!
アリスがスマホを操作しながら、ちょっと微笑む。
「このスマホでの、初めての電話番号交換です」
「えっ!? ホントに!? でゅふふ・・・」
❝おーい配信中だぞ❞
おっと・・・配信してるの忘れてた、考えが銀河の彼方に吹き飛んでた。
私は配信に映らないように、QRコードでアリスとIDを交換した。
「ふう、」
❝なんか賢者がいる❞
「九死に一生を得た」
❝どんだけ必死やねん❞
❝友達の電話番号が死活問題とか❞
私が安堵しているとアリスが、なにか尋ねていた。
「じゃあ、ちゃんと電話が掛かるか試していいですか?」
「うん」
私は安堵感からか、何も考えず相槌を打った。
しかしこれが不味かった。
私は、とても重要な事を思い出す。
(え? ――ちょっと待って? ・・・・私のスマホの着信音って確か好きなアニメのOP――)
「――あ――ちょっ、まっ!!」
スワローさんのコックピットに、アニメのオープニングBGMが流れた。
❝随分古いアニメのオープニングじゃねえかw❞
❝胡蝶のバタフライエフェクトwww❞
❝圧倒的乳揺れアニメ❞
❝俺の嫁が、萌え豚すぎる件❞
「こ、これは!! 違うんです!!」
❝おい、アリスたん逃げろ。胸を狙われているぞ❞
❝つかこの間アリスの方が、スウの胸を嬉しそうに揉んでたけどな❞
❝だよな、胸はスウたんの方が遥かにでかいだろ。スウは自分の揉めばいいだろ❞
❝男子、分かってないなあ❞
❝まあ、一式 アリスはその点は大丈夫だろ❞
❝だな❞
❝その点についてだけは心配ない❞
「コメントの皆さん、どういう意味ですか!?」
❝ト、トップモデルらしい体型だなあと!❞
❝ひ、貧乳は正義だから・・・❞
「誰が、胸がのっぺらぼうですか!!」
❝言ってない言ってない、そんなコメント何処にもない!❞
❝ホタルマルブリンガーを抜こうとしないで!❞
アリスが、存在しないコメントにキレてる――怖い。
やがてアリスは怒りを収めて、ホタルマルブリンガーの柄から手を離して、ワープ終了までのカウンターを見る。
「まだ随分時間がありますねえ」
アリスはスマホを、無重力で回転させて安定させた。
「では歌います、アニメ『胡蝶のバタフライエフェクト』オープニング主題歌――『もう会えない君へ』」
❝ぶはははははは❞
❝スウたん晒し者www❞
「アリス!? ――やめて??」
「〽硝煙の中で呼吸した
奏でる終わりのアムネジア
かすれる記憶の作成者
伝える私のモンタージュ
卒業写真のマグショット
忘れはしない 君は誰?
胡めに蝶が舞って 嵐を起こす~♪」
「やめてってば、アリス!!」
アリスのスマホから大音量で流れるカラオケ。
熱唱するアリス、無重力で乱れ舞うアリス。
綺麗だけど、美しいけど!!
❝一式さんのライブ始まった!!❞
❝踊りも完璧!❞
その後もアリスは、私の好きなアニメの主題歌を次から次へと歌っていった。
ねえ、なんでこの人私の好きなアニメ把握してんの? なんで歌えるの、なんで踊れるの!?
やがてワープ航行が終了。
見えてきた――て、まって星雲が殆ど無いじゃん!!
私が以前インターネットで見た星雲の形とは、ぜんぜん違う物がそこにあった。
アリスが、バスガイドのように右手を挙げてカメラに微笑む。
「右手をご覧下さい、あちらがイータカリーナです。イータカリーナは西暦1840年に軽く爆発し、近々超新星爆発よりすごい極超新星爆発を起こすと言われていました。それでも数万、数十万年単位の未来の話だったのですが、どうやらフェイレジェのイータカリーナの中央に有った恒星は、あの通り極超新星爆発を起こしブラックホールと化したようです」
「なにを呑気に、ブラックホールとか言ってんの!?」
なんでこの人、こんなに動じ無いの!?
宇宙に浮かぶ〝真っ赤〟な宇宙を背景に、〝真っ黒なレンズ〟のような天体。
巨大な円盤を持ち、上下から恐ろしく眩しいジェットを吐き出している。
私は震え、冷や汗をかく。
「やばい、やばいやばいやばよアリス、めちゃくちゃやばい! あれに捕まったら、一巻の終わりだよ!!」
「大丈夫ですよ、事象の地平さえ超えなければ、ワープ航行で逃げ出せます」
「じゅ、重力に捕まったら一瞬で終わりだって!! 逃げてる時間なんて無いよ!!」
私はとりあえずブラックホールから遠ざかりながら、泣く。
アリスが私の悲鳴を無視して、カメラに微笑む。
「ちなみに超新星爆発では、通常なら崩壊しない鉄原子すら崩壊します。これが鉄の光崩壊で、フェイレジェのエンジンは、この鉄の光崩壊を起こすエンジンなのです!」
「ゆ、悠長に解説しないで!?」
「ごくごく小さな光崩壊ですけれども。それでも、途轍もない熱量が生まれます」
私はアリスの豪胆ぶりに恐怖しながらも、一応ツッコミを入れて、とにかくハイレーンに帰ろうとワープ航行の準備に入った。
だってね、今も逆噴射してないと、座標がどんどんブラックホールに近づいてるんだよ。
「まあ、急いで帰ったほうが良さそうですね」
「紛れもなくその通りだよ!!」
だけど、ブラックホールを見ながら思う。
(・・・・アイリスさんは、あれよりはるかに巨大なブラックホールの中にいる筈なんだ。どうやって助け出したら良いんだろう)
地球の科学の常識では、ブラックホールからは絶対に出て来れないってなってる。
救い出す方法なんかあるんだろうか・・・・? ――いや、見つけないと。
命理ちゃんと約束したんだから。
でも、今はとりあえず目の前に迫った危機から逃れないと、約束もクソもない。
私は帰路のワープ航行を開始し、ワープ空間に入った。
ここまで来れば安心と胸をなでおろしていると、アリスが「そういえば」とスマホを取り出した。
「よかった。ブラックホールの電磁波を受けても、わたしの軍用スマホは無事のようです」
「え? ――あ!! そうだよ!!」
私は自分のスマホを取り出す。
電源を点けようとしても、ウンともスンとも言わない。
「・・・・アリス」
「軍用スマホに買い替えますか?」
「・・・・うん」
「出発前に気づかなくてすみません」
「だいじぶ。自分のせいだから」
私が自分の愚かさに涙目になっていると、急にアナウンスが流れた。
『フェイテルリンク・レジェンディア・オンライン運営からのお知らせです。以前お伝えした、3章開始プレゼントに関する情報の、第1弾速報です』
❝お、謎運営からお知らせ来ちゃ❞
❝運営さんよー、今回は『量産型・スワローテイルをプレゼント』なんて止めてくれよ・・・w❞
❝スワローテイルとか乗りこなせるの、スウたんしかいねーんだから・・・www❞
アリスやコメントが、プレゼントの話で盛り上がる。
スマホが壊れて泣いていた私も、ちょっとワクワクする。
「何くれるんだろうね?」
「楽しみですね」
『まずプレイヤー全員プレゼント、今回は選択式となります』
❝前回の反省が生きてるwww❞
❝さす謎運営❞
『プレゼントは三択。BG‐16ブリガンダインもしくは、SP‐88シプロフロート、または30万勲功ポイントから選択下さい』
❝勲功ポイント30万プレゼントって、太っ腹だな❞
❝でも、現物の方が価値が高いぞ。ブリガンダインが騎士みたいな見た目の盾役メカで50万勲功ポイント相当❞
❝シプロフロートはヒーラータイプの機体で、60万勲功ポイント相当❞
❝人数が足りてない盾役とヒーラー役を、増やしたいんだろうな❞
❝そういえば、なんで盾役とヒーラー役を分けてるんだ? 盾役が自己ヒールできればいいじゃん❞
❝分けてないよ、バリア持ってるヒーラー機とかある。盾火、盾治とか火治とかいろんな組み合わせの機体があるけど、やっぱ特化してる機体の方が強いんだよ❞
『次は地球の皆様すべてにプレゼントとなります。以前から要望のあった一般地球人の皆様がフェイテルリンク・レジェンディアの惑星ハイレーンへ転移できるゲートを、今回の記念で、1つ設置させて頂きたいとおもいます』
あっ、前々から噂になってたやつだ。
一般の人がフェイレジェ行って何するんだろう? 生産職みたいな感じになるのかな? なんかクラフトしたり、資源採掘したり?
レプリケーター使えるだけでも大分凄いけど。
「フェイレジェにも生産職登場かー」なんて思っていると、コメントが騒がしくなった。
❝まてまて、ゲート設置って――大変なことにならない? 設置された国は凄まじい利益を得る筈❞
❝どういう事?❞
❝宇宙の資源を簡単に地球に持ち込めるようになるから、様々な資源の産出国になれるんだよ❞
❝もちろん、沢山の国の人がゲートを通ってフェイレジェに行くだろうから、観光資源もやばい❞
❝物も人も出入りしまくって、その利益はゲートを設置した国が思いっきり享受すると思う❞
❝とんでもない経済効果を出しそう、地球のパワーバランスが容易に傾くほど❞
❝いや、経済効果だけじゃない。チョークポイントっていう経済でも戦略でも重要な場所があるんだけど、それを無視できる可能性もある❞
な、なにそれ・・・メチャクチャ重要じゃん。どこに設置するんだろう? ――とか、私は〝一大事だ〟とは理解しながらも他人事だと思っていた。
だけど続いた謎運営のアナウンスに、私は凍りついた。
『つきましてはフェイテルリンク・レジェンディアを、第2章〝潜伏〟に導いたIDマイルズ様にも特別なプレゼントを致しましたが。今回も同じ様に致します。設置箇所は、フェイテルリンク・レジェンディア・オンラインを第3章〝それはきっと奇跡の始まり〟に導き。さらに重要NPPを救い出したプレイヤー、ID名スウさんに決めていただく事に決定しました』
時間が止まったかと思った。
コメントも止んだ。
アリスも絶句している。
❝いや❞
❝まって❞
❝え、これって❞
❝スウさんが、地球の命運を握るゲートの設置箇所決めるってことで良いんだよな?❞
私は、困惑しながらコメントに訊ねる。
「ま、まってください、ゲートの設置場所ってメチャクチャ重要なんですよね!? 地球の命運を握るほどなんですよね? ――というか何をしてくれるんですか、謎運営!」
❝Missスウ、大した問題ではない。だから人種の坩堝であり、様々な人種が恩恵を受けられる、ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカに設置するんだ❞
❝流石にその嘘は無理があるよ、ジェームズニキ❞
❝だよなあ・・・❞
❝んだ❞
私は頭を抱える。
「う、運営は、地球の命運を、私に決めろと―――!?」
「ちょっと不味いですね」
アリスが呟きながら、私を心配そうに見た。
運営から最後のアナウンスが入る。
『ゲート設置日時は、ハイレーンでは元旦であり、地球時間では一ヶ月後の6/28正午を予定しております。それまでは、ゲート設置予定地の変更が可能です。これからも、フェイテルリンク・レジェンディア・オンラインを、よろしくお願い致します』
❝Missスウ、世界各国が君の争奪戦を始めるぞ❞
❝運営はこれをスウたんへの感謝の証とか、本気で思ってそうな所がタチ悪いな❞
どうしようどうしようどうしよう!




