52 昔のボスと戦います
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
今日は久しぶりにVR訓練所にやって来ていた。
20層のボス、アンティキティラにシミュレーターで挑戦するため。
今は30層までクリアされていて、アンティキティラを経験できないけど、シミュレーターなら経験出来るらしいのでやってきた。
「ボスは本来、大人数でやるレイドなのに一人で来て大丈夫か?」って言うのは、このシミュレーターは、前回レイドに参加した人々のデータと共に戦えるんだとか。――アリスに教えてもらった。
あと、ボスに関する情報もアリスに聞いてきた。
20層のボス、アンティキティラは動き回る3つのコアがあって、同時に攻撃を当てないとダメージが通らないっていう相手らしい。
にしても、なんかVR訓練場にいる人が増えた気がする。
VR訓練場はバーサスフレーム毎に入る個室になってるんだけど、結構な数が埋まってる。
「なんかイベントでもあったんだろうか?」とか思いながら、個室に入りVRに接続して、ボスがいるという惑星ルワホタの中へ。
ルワホタは、元はレジャー惑星だったらしく、すんごい絶景な場所がいっぱい有るんだとか。
今回も、そんな絶景ポイントが舞台。
20層のボス、アンティキティラは、ナイアガラの滝とかイグナスの滝みたいな場所に居るらしい。
アリス曰く、「ナイアガラといってもそのサイズ感は、地球感覚でイメージしてたら度肝を抜かれますよ」とのこと。
あとなんか「ボスの前にビックリする事が、起きますよ。でも多分スウさんなら余裕だと思います」とかも、クスクス笑いながら言われた。
イルさんの自動運転に任せていると、いつの間にか巨大な湖の真ん中に居た。
ここに各国から集まった攻略プレイヤーが2000人、集まってくるらしい。
巨大戦艦も来てる。あれって一度地上に降りると宇宙に上がるの大変だから滅多に降ろされないって訊いたんだけど、ボス戦だからかな。頑張ったクランがいたんだなあ。
・・・・しかしそんな巨大戦艦すら、ここの巨大な湖はこれを余裕で飲み込んでいる。
岸が見えてなきゃ――岸の植生が見えなきゃ淡水だとは思えなかった。
ただ、熱帯みたいな樹々が生えているのに、水の色は茶色ではなく青色。
――まるで透明な水色の宝石〝アパタイト〟みたいな美しい湖だった。
そんな環境の中にプレイヤーの超巨大な戦艦達が、集結していく。
10隻も来た。――ほんと、みんな頑張ってたんだ。
やがて戦艦たちが集結すると、1年半前にこの攻略を主導したカナダの人たちの演説があって、いよいよアンティキティラに向かって進み始めた。
私は戦艦にコバンザメのように張り付いて、進んでいく。
沢山のバーサスフレームも、同じ様に移動し始めた。
暫く進んでいると、幅の広い河が見えてきた。
横幅が200メートルある戦艦でも、2隻が並んで余裕で通れる河幅。
やがて、河の周囲が崖に囲まれ、そこから細い滝が幾つも河に流れ込みだした。
なんだか、青い空と青い河に浮かぶ巨大な壁みたい。
しかも崖の高さが尋常じゃない。高さ200メートル位あるんじゃないだろうか。そんな高度から、透明な滝が流れ込んでいる。
なるほど、アリスが地球のサイズ感じゃないって言っていた意味が分かった。
(この壮大で宝石のように美しい光景を見られただけでも、シミュレーターに来た価値は有ったなあ)
と思いながら日本の大規模クラン星の騎士団の戦艦に張り付いていると、赤い機体を見つけた。
「あ、アレってフラグトップ? じゃあアリスじゃない!?」
間違いない、フラグトップだ!
機体の上に『アリス』って表示されている。
すごい、フラグトップが戦闘機形態になってる。戦闘機を操縦してるアリスとか初めて見た。
アリスを発見して嬉しくなる。
(アリスだ、アリスだー!)
もちろん彼女は本物のアリスじゃない。
一年半以上前に行われたアンティキティラ討伐戦に参加したアリスを、VRがシミュレートした存在だ。
それでも私は嬉しくなって、アリスに近づいて隣を飛んだ。
通信を入れる。
「アリスー!」
すると、ちょっとビックリしたような困惑の返事があった。
『え――ど、どなたでしょうか・・・?』
あ・・・・そりゃそうか、当時のアリスは私のことを微塵も知らないんだからこういう反応になるよね。
中学も別だったし、この時点だと私とアリスは赤の他人じゃないか。
この頃の私は、シミュレーターの〈発狂〉デスロの中に引き籠もったままなんだから。
私がプレイヤーをやってた事すら、このシミュレーターの中のほとんどの人が知らない。
というかこのアリス、再現された存在なのに凄くリアルだなあ。
馴れ馴れしすぎたと思い直して、敬語に切り替える。
「赤い閃光のアリスさんのファンなんです! 今日はよろしくお願いします!」
アリスのファンだったのは事実だ。当時の私は、スナークさんの配信に時折現れるアリスに憧れていた。
『は、はあ。ありがとうございます・・・・あの、ところで大変申し上げにくいのですが――その機体、スワローテイルに見えるのですが――』
「あ――はい」
『――スワローテイルで来て大丈夫ですか? それも、旧世代のスワローテイルですよね? 最弱の紙飛行機と言われるヤツ。ここのボス、凄く強いんですよ・・・。今回の参加者は2000人近く居ますけど、スワローテイルで参加してる人は1人もいないですよ・・・・?』
え、最弱って言われてたのは知ってるけど、紙飛行機なんて呼ばれてたの?? それは初耳なんですけど・・・・。
それに2000人ってやっぱ多いなあ。
ちなみにリアルのアリス曰く、現在リアルのフェイレジェではスワローテイルもちょっとずつ増えてるらしい。
私もスワローテイルで飛んでる人を、ワープ港とかでチラホラ見かける。
リアルのアリスは私の動画の影響だって言うけど、本当なんだろうか?
――以前のワープ港の様子を知らないから、分からない。
しかし私はスワローテイルでずっと戦ってきたけど、このボスは初めてだし。
「大丈夫――だと・・・・思う」
私が不安気に返すと、アリスの声も不安そうになった。
『自信が無いみたいでしたら、今日のボス戦に参加するのは止めたほうがいいかも知れません・・・・私達は半年前に4千人掛かりで、アンティキティラに敗北していますから。今回はその半分の2千人しかいないですし』
「4千人!?」
『それも知らないで来たんですか? ――危ないと思ったら、本当に逃げてくださいね。無理しなくても一発でも弾を当てたら称号は貰えますので、あとは私達に任せて下さい』
「は、はい」
アリスは相変わらず優しかった。一年半前のアリスでも、やっぱりアリスだ。――時々ドSだけど、あの人。
なんて思ってた時だった。
機体が揺れた――なにこれ!!
崖上から風が吹き下ろしてきてる!?
高い場所から風が吹き下ろす、山おろしみたいな現象!?
街規模で破滅的な影響をもたらす、ダウンバーストまでは行かないけど、家くらいは破壊してしまうマイクロバーストみたいな威力がある。
飛んでいたプレイヤーが、一斉にバランスを失う。
重量のある戦艦や空母はなんとも無いけど、バーサスフレーム達がみんな動揺したりし始めた。
私も不味い、飛行機の姿勢を司る三舵で、風を受け流したり揚力を上げたりしながら姿勢を整える。
『きゃあああっ』
アリスもバランスを崩した。アリスの機体も、今は戦闘機形態だ。
アリスは、戦闘機の操縦が苦手だって言ってた。
「アリス!!」
私はスワローテイルの腕を伸ばして、アリスの機体の翼を掴む。そして揺らしながらコントロールする。
この突風の中で、二機同時操作は結構きついかも!
『え、な、なんで墜落しないの・・・? この揺れなに?』
なんとか風が止んで、事なきを得た。
かなりの数のプレイヤーが、河に落下してしまったようだ。
でもまあ、バーサスフレームに乗ってるから大丈夫だよね。
流れが早くて、何機か流されて行ってるけど。大丈夫だよね?
てかこれシミュレーターじゃん。一年半以上前の事故だから、私にはどうすることもできない。
あ、これがアリスの「クスクス」の正体か! 「ボスの前に、ビックリすることが起こる」って。
「あー、ほんとにビックリしたよ」
『ビ、ビックリしたって・・・・今のがそれで済むんですか? ――というかもしかして、貴女がわたしのフラグトップの姿勢をコントロールしてくれたんですか?』
「うんうん」
『あの突風の中、2機同時にコントロールですか・・・・? す・・・凄いですね』
そんな事を話していると、進行方向で爆発が起こった。
アンティキティラとの戦いが始まったんだ!
前方を見れば、左右をナイアガラみたいな滝が流れ込んでいる中央に、アンティキティラという名を冠されたMoBが飛んでいた。
その姿は、まるで王冠を2つ上下に付けた柱。
全高30メートルは有りそうな柱の周りで、3つの光球が高速で荒ぶっている。
上や下からは、王冠みたいなのが傘になっていて攻撃が通らないようだ。
「正面から行くしか無いのかな」
『さっきは助けていただいて、本当に有難うございました。助かりました。もうちょっとお話を聞いてみたかったですが、わたしはクランメンバーに合流しないといけませんので』
「あ、うん」
『また、どこかで』
アリスが上昇していく。
そうして人型形態になると、クランメンバーと編隊飛行を開始した。
今日は合体しないのかな?
私も戦いに参加しようと、前に飛ぶ。
うーん。河幅は広いけど、これだけバーサスフレームが集まると流石に狭くなっちゃうな。
プレイヤーが密集していて飛びにくい。
あ、前方でバーサスフレームが衝突した。人型形態だったから大丈夫みたいだけど。
私は飛行形態だから、ぶつかると困るな。
私はスワローさんを倒したり立てたりしながら、機体の間を縫っていく。
『え、なんだあのスワローテイル。こんな狭い場所を、ヌルヌル飛んでる』
『なんか飛び方キモくね?』
・・・キモいは止めて?
 




