47 一式 アリスが私の配信に登場します
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
最近は、アリスの部活と芸能活動が忙しかった。
だから、私は配信をサボっていた。
すると今日、久しぶりに「配信しましょう!」という号令がきた。もちろん返事はイエッサー。
視聴者に〝彼女〟の紹介をしようという話になり、準備する。
〝彼女〟がドックから出てきて初めての配信なんだけど、プレイヤーの仲間になる登録に手間取っているみたいで、今回〝彼女〟は通信での参加という事になった。
ただ、なぜか受付嬢のお姉さんが「今回の申請は確実に通る」って、私の頭の上を見ながら太鼓判を押してくれた。
かくしてアリスと一緒にスワローさんのワンルームに集合すると、スマホを見せられた。
私は、スマホに表示された数に驚く。
「登録者数105万人って!」
「切り抜きも沢山上がってますね。スウさんが恥ずかしがるシーンが一番再生数多いです」
「私が、恥ずかしがる姿―――?」
体が軽いワンルーム。今日はなんとなく重力を切ったままにしている、深い意味はない。アリスとの配信が嬉しくて心が浮ついているから、こんな気分なんだろう。
私は無重力で浮かびながら、アリスが再生する動画を覗き込む。
動画には、私が際どいパイロットスーツで登場してモジモジしている切り抜きが流れていた。
再生数は100万。
え? 100万人が私のこんな姿を見たの?
「これ、誰得なの――!?」
意味がわからない! 顔に縦線入って、瞳がキョドって渦巻きみたいになっちゃってるへちゃむくれが真っ赤になってモジモジしてる姿なんか見て、何が楽しいの?!
「お得ですよ」
言いながらアリスが、何やらスマホを操作している。
「アリス何してるの」
「動画保存ですけど」
「アンタどうした、おやめなさい! そなた、気でも触れたのか!?」
「二人称が故障してますよ。じゃあ配信を始めましょうか」
「え、今日もこの格好なの!?」
今日も私は、アリスのプレゼントしてくれたパイロットスーツを着せられた。
このアリスって人、前に「着ないと、保険の先生が洗ってくれたブラウスを返さない」とか、とんでもない脅迫をして私に約束させたんだ。
さっき、泣く泣くシャワー室で着替えました。
でも部屋の中で水着みたいな格好とか、完全に浮いている。精神的にも物理的にも。
「もちろんですよ」
「この格好、やめたいんだけど」
(アリスが、私の為思って買ってくれたのは知ってるけども――半分ドSだったけど)
「駄目ですよ?」
「さっきの動画見たら、ますますやめたいんだけど・・・」
私が涙目で言うと、アリス(私の推し)が私の顎をもって耳元でささやく。
「へえ。スウさん、私に逆らうんですか」
ひぃぃぃぃぃぃ!
私は顔が凄まじく熱くなるのを感じ、アリスをソファに突き飛ばして距離を取り、右耳を押さえた。
そうして、まん丸になっているであろう瞳でアリスを凝視して叫ぶ。
「ここにイジメが発生しています!!」
「じゃあ、配信始めますね」
「まだ交渉の途中なのに!!」
「そうなんですかー」
「え、無視!? なんだ、私はなんで逃げないんだ!? 弱みでも握られているのか!?」
もちろん握られている、推しに惚れた弱み。
「私もスウさんに、胃袋を握られているではないですか。ハンバーグ美味しかったですよ」
「胃袋は掴むものです――握ると、きっと痛い」
「日本語得意じゃないんですよ、イギリス人なんで」
「16年間の殆どを日本で育っておいて、貴様は、何を言っているんだ」
私がアリスにうろんげな視線を向けていると、配信が始まった。
❝きちゃああああああああああああ!!❞
❝2時間前から待ってた!!❞
❝2年前から待ってた!!❞
❝1億と2000年前から待ってた!!❞
ずいぶん長生きな人がいる。と思っていると、恥ずかしいコメントが流れ始める。
❝切り抜きから来ました❞
❝切り抜きから来たけど、マジであのパイロットスーツなんだw❞
❝透明素材とか初めて見たんだけど、えっどwww❞
❝Vライン、エッッッッッッ❞
私はアリスにさっき囁かれた熱も残っていて、顔が真っ赤になっているのが分かった。
「ち、違うんです。これはムリヤリ着せられているんです!」
❝なんだと❞
❝それは許せないな❞
❝誰だ、スウさんにそんな俺得な指示を出しているのは❞
「わたしです」
言って顔を出したのは、一式 アリス。
実は事務所から許可の降りたアリスは、今日から一式 アリスとして私の配信に登場する事になった。
❝ふぁ!?❞
❝一式 アリスじゃん!!❞
❝ちょwwwwww❞
❝スウの配信のアリスが、一式 アリスっていう噂はマジだったのかよ!!❞
❝スッゲェ美人、桁違いの美人❞
❝顔ちいせぇぇぇ!! 足長ぇぇぇ!!❞
❝オードリー・ヘプバーンを、現代風にした感じ!?❞
私は配信画面に映っている美貌のアリスと、へちゃむくれのスウを見比べた。
すると幻聴が聞こえて来た・・・・「はいでは、恐ろしい事実に気づいてしまった鈴咲さんは、SANチェックです」
私は見事にSANチェックに失敗する。
「うおおお、誰か助けて! こんな美人の隣で、何でこんな酷い格好でいないといけないんだ!? だれか私を救って!! 神よ神よ、どうして貴方は私にこれほど大きな試練を与え給うたのか!?」
白目を剥いて、のけぞる私の視界に温かいコメントが流れる。
❝不定の狂気入った❞
❝これは、そうとう精神的にキてるな❞
❝あたしがあんな格好で一式 アリスの隣に立たされたら、恥ずかしさのあまり舌噛み切るかも❞
❝泡吹く自信あるわ❞
「神様仏様、大明神様、助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
❝大丈夫、俺は全然スウ推しだから!❞
❝チョロそうなのが良いよな❞
❝一式 アリスを彼女にするのは無理だけど、スウなら行けそうな気がするんだよな。丁度いい可愛さというか❞
❝程よいよなw❞
❝しかし一式 アリスの隣であのタッパだと、スウって結構身長有るぞ。お前ら大丈夫かwww❞
❝それも良いんだよ、モデル体型まで行けない、でも普通より高くて男が困りそうって感じの中途半端な身長部分も含めて、お手軽感あるんだよw❞
私は〖超怪力〗のスキルを使って跳ね起きる。
「お前ら想像以上に失礼だな、おい!? オブラートに包め?! 泣くぞ!?」
配信を映しているイルさんのドローンに飛びついて、引っ掴むとガクガクと揺らした。
❝ちょ、配信画面が揺れる❞
❝酔うからw❞
❝物理攻撃で仕返しするのやめれwww❞
❝本性漏れてるってワロw❞
❝ガチ恋距離助かるワロワロワロwww❞
無重力の中をアリスが跳んできて「私のSNSアカウントに、スウさんの配信に参加してますって投稿しました。スウさんも投稿してください」とか言いながら、私をお姫様抱っこして私のスマホを渡してくる。
ちょ、なに!? 急に背の高いアリスにこんな事されるとキュンキュンしちゃうんだけど。
「あと、そのパイロットスーツは我慢してください、安全の為にも私が選んだ一番いいヤツなんですから」
(あ、うん、知ってる)
〖サイコメトリー〗で、あんまり人の心とか読まないようにしよう・・・・ほんと〖サイコメトリー〗は危険だな。
❝一式 アリスからのプレゼントだったのか❞
❝うらやま❞
❝スウが完全に女の顔になってますわ❞
にしても、アリスに抱っこされてる体勢は幸せすぎる。
幸せに包まれてスマホをいじっていると、なんかアリスが私の頭をナデナデまでしてきた。
「ナデナデされた、しかも推しにぃ」
私は夢心地で、思わず本音を呟いてしまう。
❝スウって、一式 アリス推しなのかよwww❞
❝友達を推してるヤツおるんかwww❞
「予備になった元のスーツも、音子さんからの返却はないみたいですし」
瞬く間に瀕死になる、私。
「シテ...カエシテ」
❝やっぱ、返って来てないんだw❞
❝音子、一昨日スウのパイロットスーツ着て配信してたぞwww❞
❝ハー スウ ハー スウ 言ってたわw❞
「あの人、ほんと何やってんの!? 返せ、返せぇぇぇぇぇぇ!!」
❝切り抜きから来たけど。ここの関係者、頭おかしいヤツしかいなくて笑うwww❞
❝頭おかしくてエライ!❞
❝切り抜き禁止しろよもうw❞
アリスが私を抱いたまま、首をふる。
「いえ、どんどん切り抜いてください。悪意あるのは困りますけど。スウは基本的にフリー素材だと思ってください」
「私をフリー素材扱いしないで!?」
アリスのとんでもない発言で、アリスの腕の中でまな板の上の鯉みたいに口をパクパクさせながら、私はなんとかSNSに投稿し終えた。
〝音子さん、パイロットスーツ返せ!〟という文言を添えて。
❝この調子だと一式 アリスも大崩壊しそうだなwww❞
❝一式 アリス効果か、視聴者数もグングン伸びてるじゃん3万行きそう❞
❝一式さんの呟きから来ました❞
❝一式さん、なんでこんな配信に出てるの?❞
❝こ ん な❞
「実際にこの時点まで、私が発狂してるだけの、こんな配信なんですよね。的確で笑う」
❝一式さんに抱っこされてるとか・・・❞
❝誰よ、その女❞
アリスはカッコイイから、女の子のファンが多いんだよね。どうも嫉妬にさらされ始めた。
アリスが私を抱いたまま、丁寧にお辞儀をしながら説明する。
「私のSNSから来た皆さん、お久しぶりです。彼女は私と同じ学校のスウさんです」
私はとりあえず、絵面的に不味そうなお姫様抱っこから脱出。
❝えー、釣り合わない❞
❝なにその暗そうな女❞
❝全然美人じゃないし❞
おおう、胸にグサグサくるぜ。
アリスが大声を出そうとしたんで、私は手のひらで口をふさぐ。
するとアリスがこっちに目を向けた――キツい目になってる。
私は眉尻を下げて小さな声で返す。
〔アリスの好感度下げてまで、自分の好感度上げたいとは思わないよ。というか、その方法じゃ私の好感度は上がらないよ〕
するとアリスが息をゆっくり吐いて、瞳の攻撃色を消す。
「確かに、わたしが短絡的でした」
ホッとしたのもつかの間、
❝なんか、一式のファンうざくね?❞
切れ味がかなりあるコメントが流れた―――私の配信のコメントで、よく見る名前の人だ。
どうやら私の視聴者が、イラっとしてコメントしてしまったみたい。
(不味いな・・・・喧嘩が始まりそう。どうやって止めよう)と、私が危惧していると、
❝おっと、暗そうとか本当の事を言うのはそこまでだ❞
❝美人じゃないとか、スウたんの賛辞はそこまでにしてもらおうか?❞
ナイスなコメントが流れ始めた。
私は、視聴者がくれたチャンスのビッグウェーブに乗ってツッコミを入れる。
「おいコメント共、お前らは味方なのか敵なのかハッキリしろ」
❝wwwwww❞
❝ワロワロワロwww❞
❝え、なに、スウって変な人?❞
❝ちょっと面白いかも❞
コメントのアシストのお陰で、平穏なコメントが流れ始めた。
助かった。ナイス、視聴者ども。
うちの視聴者は優秀なのだ。
「では、今日の目的をお話しますね」
私は、この流れを切らないように、さっさと配信内容を説明する。
「今回は紹介したい人がいます。実は私達の仲間が増えたんです――ストライダーになるのは申請中なんですが、命理ちゃんって言います。命の理って書いて、いのりって読みます。データノイドの方です」
❝命理ちゃんか、NPPって仲間になるの?❞
❝NPPが仲間になった話とか聞いたことないけど❞
「この間のクリティカル・クエストで仲間になったんです。一緒に行動できるようにする為のストライダーは申請中ですけど」
❝クリティカル・クエストなら、有り得るのかな・・・・?❞
❝申請中かあ、俺もクリティカル・クエストを体験してみてえ!❞
❝クリティカル・クエストってなんじゃ、ユニーク・クエストじゃないのか?❞
❝でもこのゲームってそもそもゲームか怪しいから、全てがユニーク・クエストじゃね?❞
❝それは、確かにそうかも❞
「で、その命理ちゃんって人は、アイリスさんっていう友達を助けたいんです。でも、その為には射手座A*に到達する必要があります」
❝スウは、その子たちの友情を助けたいのか❞
❝女の子同士?❞
❝てぇてぇ?❞
❝きましTower?❞
❝無理だろ、30層で探索が止まってるのに最下層の射手座A*は無茶すぎる❞
「もちろん私だけで到達できるなんて思っていません。――ただ射手座A*への到達はフェイレジェのグランド・クエストみたいな物ですし、沢山の人と協力しながら向かおうと思います」
❝狂陰のスウと赤い閃光のアリスでも、キツそう❞
「命理さんが生まれたのは1000年以上前です。彼女は友達を救うため、1000年以上、一人で理不尽に苦しめられながら抗ってきました。今も友達を救う事を諦めていません、戦い続けています。時には50年間も単身、射手座A*を目指したこともあるんだとか。どうでしょう皆さん、彼女を放っておけますか?」
❝無理だな❞
❝無理だわ❞
❝一式さんたち、なんか大変な事になってるの?❞
❝なんかその命理ちゃんって人可哀想。助けてあげて欲しい。でも一式さん危なくない?❞
❝心配❞
アリスが胸を叩いて、ファンに言う。
「大丈夫、心配しないで下さい!」
❝本当に、大丈夫なの?❞
❝一式さん、無理しないでね?❞
アリスがファンに「ありがとうございます」と返しながら、自信の表情で語りかける。
「実は私、フェイレジェで赤い閃光のアリスとか呼ばれてるんですよね」
❝なにそれw❞
❝ちょっとウケるwww❞
「あはは――」
アリスがちょっと照れた様子で、髪を手で梳いた。
「――上位ランカーなんて呼ばれて、自分がそれなりに強い方だと自負してます。そして私も命理さんを放って置けないので、射手座A*に向かうつもりです」
❝そっか、一式さんってフェイレジェでも強いんだ❞
❝流石一式さん!❞
❝頑張って一式さん!❞
❝一式さんって、パイロットとしても凄腕なんて。本当になんでも出来てカッコイイ!❞
❝そうだよね。それに、フェイレジェって、ゲームか怪しいんでしょ? というか物を現実に持って帰ってるし現実じゃん。命理さんを、助けてあげてほしいのもある❞
❝でも、どう探してもフェイレジェの痕跡が宇宙にないんだよなあ❞
ここは多分、遥か未来だから。
地球からワームホールで転移する際、秘密でプレイヤーを未来に送っているんだと思う。
❝〝私もプレイヤーになって、命理ちゃんの力になろうかな〟❞
これは助かる――けど、このフェイレジェは多分ゲームじゃなくて、死ぬと本当に死ぬんだ。だから軽い気持ちで参加すると危険だ。
フェイレジェで死んで復活を受けると、他者から見れば同一人物が存在し続けるけど、主観だと死んだらそれで終わりだ。
あの世に行くのか、何もない無になるのか分からないけど、とにかく死が訪れる。
その命には、未来は無い。
だから軽い気持ちで参加されるのは不味い。
けど、この事実はどうやら銀河連合は隠したいみたいだし。100層を目指すため、私も頼もしい味方を増やしたい。
だけど危険性はわかっていて欲しい。――どんな風に示唆しようかと思案していると、一つのコメントが流れた。
❝私はプレイヤーじゃないわ。けれど話を聞く限り、安易な気持ちで参加するのは危険かもしれない。フェイレジェでは死なないと謎の運営が言っていて、実際に死んだ人は一人も居ないけれど、これは欺瞞かもしれないわ❞
❝え、どういう事?❞
❝フェイレジェ公式の情報を調べたのだけれど、彼らの公開している復活方法だと、死んだ後復活するプレイヤーは、ただの複製かもしれないと言っているの。つまりオリジナルは死ぬ。私はプレイヤーじゃないから憶測で言っているのだけれど❞
❝あー、スワンプマンか❞
❝なんですかそれ❞
❝雷に撃たれて死んだ人がいた、この雷が近くの沼にも流れて、偶然にも原子レベルで死んだ本人と同一の存在が生まれた。これが沼男――スワンプマン。じゃあこのスワンプマンは本人か? って思考実験❞
❝え、こっわ。考えたらそれこそ沼りそう❞
私はちょっとだけ、フェイレジェの復活とはなんなのかを示唆しておく。
「そういえば、アリス。会社つくるなら、ファックスもいる?」
「そうですね」
❝なんで急にファックスの話w❞
❝あー❞
❝なるほどな❞
さらに釘を差しておこう、――あとそうだな。
「私もあまり、安易にフェイレジェに参加するのはオススメしません。それでも、参加するという勇気があるなら、今度私が戦闘機での戦闘のレクチャー会でもします。それを受けてから始めてみて下さい。もちろん、『レクチャーを受けたから安全という保証はない』という事は、よく理解しておいて下さい」
命理ちゃんの為にも私に出来ることをしたい。
ただこの提案が、大事になるなんて私は思いもしなかった。




