498 告白されます
◆◇sight:三人称◇◆
「立花先輩付き合って下さい!」
その日、立花 みずきは生まれて初めて恐怖した。
立花 みずきの通う学校は、女子校である。
校舎裏に呼ばれたと思ったら、後輩に告白されたのである。
女子校の後輩は、もちろん女子である。みずきも当然女子である。
自分より背の高い、後輩女子が迫ってくる。
混乱のあまり、目を白黒させる立花 みずきに迫ってくる。
「私、立花先輩の可愛さ、強さ、クールさが大好きなんです!! お願いします!! 付き合って下さい!!」
壁際に追い詰められ、最早逃げ場など無くなったみずきは、首をふる。
全力で細かく何度も振る。
まるで小動物が震えているようにも見える。
「そんな、お願いします立花先輩・・・・!」
みずきは17年間、一度たりとも恐怖したことなど無い、泰然自若と生きてきた。
その立花 みずきが今、恐怖している――青ざめている。
「わ、わたしド・ノーマルだから!! 男の子が好きだから!!」
「男とか女とか気にしなくていいと思います! 私は女の子だから立花先輩が好きなんじゃなくて、立花先輩だから好きになったんです!!」
後輩がみずきの顔の横に手のひらを押し付ける。壁ドンの体勢である。
そうして顔を近づけてくる。
みずきは後輩の唇が自分の唇に向かっていることに気づいた。みずきは接吻をまだ一度もしたことがない。ファーストキスを、好きでもない――しかも女子にこのまま奪われるわけには行かない。
「だ、駄目だって!! 女同士だよ!! 私達!!」
「頭が堅いですよ、先輩!!」
後輩の顔がどんどん近づいてくる。
「ひっ――だ、駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目――」
立花みずきの声が震え、ノイズのようになった時。
「こーら」
後輩の顔が一気に遠くなった。
後輩の後ろに、仲條 優子の顔があった。
優子が後輩の首根っこを引っ張って、みずきから遠ざけたのだ。
みずきは「九死に一生を得た」とばかりの顔で、胸を押さえ、膝を押さえて上体を倒し地面を見る。
激しく脈打つ胸で、荒い息を吐く。
優子は、ジタバタと暴れる後輩にチョップしながら、ため息を吐く。
「みずきが嫌がってるでしょ」
「そんな事無いです、先輩はちょっと喜んでました!」
後輩の言葉に、みずきは慌てて否定を口にした。
「よ、喜んでない!! ――あ、ありがとう優子、あんたは命の恩人だよ」
「うん、まー気をつけなよ」
「気をつける?」
「アンタ、今年の一年にメチャクチャ人気で、噂になってるから。すんごい綺麗でちっちゃくて可愛い先輩がいるって。妹にしたいって」
「な、なにそれ怖い」
みずきの声色には、ちゃんと本気の恐怖が滲んでいた。
というか、後輩の妹にされた日には、本当の妹に何を言われるか分かったものではない。
「みずき、アンタ最近、私物がなくなってない?」
「あ、うん。今日もシャーペンとか無くなってて――新しいクラスになって、イジメでも始まったかと唸ってたとこ」
「気をつけなよ。好かれ過ぎるのも困るもんだし」
「こ、心構えをしておく」
◆◇◆◇◆
「鈴咲先輩付き合ってください!」
その日、鈴咲 涼姫は、またも恐怖した。
校舎裏に呼ばれたと思ったら、生まれて初めての告白された(初めてとは言っていない)。それも後輩の男子から。
「えっ、わた、私ぃ!?」
自己評価が完全に赤点の涼姫にとって、自分に好意を寄せる人間、それも男子などあり得ない。
宇宙のエントロピーが減少していくくらいあり得ない。そんな宇宙規模で自己評価が低い涼姫の前に、自分と付き合いたいという男子生徒が現れた。
(なにこれ、ドッキリ? ――いや、もしかして)
涼姫は周りを見回す。そして後輩を「キッ」っと睨んだ。
「これ、アレでしょ、罰ゲームで告白とかでしょ! 騙されないからね! 私が頷いたりしたら、影からキミの友達が出てきて――『ワリィ、この罰ゲームは流石にひどかったわ』とか言いながら、キミは慰められるけど、私は誰にもフォローを入れて貰えず呆然とするというぅぅぅっ、思い出すと胸が痛いっ!」
そう、涼姫は一応告白されたことが有る。しかしその告白とは「罰ゲームで鈴咲に告白をする」という、涼姫に強烈なトラウマを植え付けた出来事だった。
「えっ、いや、真面目な告白ですよ!? というか先輩にそんな酷いことした奴等がいるんですか!? ぶん殴ってやりてぇ。3年生ですか!? 2年生ですか!? ――絶対に赦さねぇ」
「いや。中学生の時の話だから」
「中学生でそんなトラウマを・・・一番傷ついてるのは先輩なのに、誰にもフォローされなかったなんて・・・・酷すぎます・・・! それなら、俺がフォロー入れるッスよ! 先輩は可愛いです、凄い俺好みです。先輩と付き合えるなら俺はなんだってします!! 先輩に罰ゲームで告白をする以外なら―――!!」
後輩のあまりの本気に、涼姫の脳みそがじわじわと破壊され始めた。
(私、この人と付き合ったら案外幸せになれるかも。幸せにしてくれるかも・・・・)
などと思いはじめる。
「あの・・・じゃあ・・・よろ・・・・」
涼姫が頷きかけた時だった。
「あ、また佐田が告白してる」
(――゛)
心に急ブレーキが掛かった涼姫が声のした方を見ると、1年の女子生徒がジト目を涼姫に告白してきた男子生徒へ向けていた。
「おまっ、桃井!! 変なことを鈴咲先輩に吹き込むな!!」
鈴咲と聴いて、後輩女子の顔が大きく歪んだ。
「うわっ、しかも告白相手、鈴咲先輩じゃん。有名人だからって。・・・・先輩そいつ、女なら誰でもいいヤツで、しかも口が上手いから気をつけて下さいね。前に鈴咲先輩の胸揉みてぇとか、掃除中に男子で騒いでましたし。誰が一番最初に鈴咲先輩の胸を揉めるか賭けをしてましたし」
後輩女子の言葉に、涼姫は自分の心が凍てついていくのを感じた。
身を庇うように胸を抱いて、後輩男子から距離を取る。
そして氷点下の視線を後輩男子に向けた。
「賭け――そんなゲームみたいに・・・」
(危ないところだった。やっぱり私を好きになる男子なぞ、この宇宙の摂理に反している)
「私のつらい気持ちを分かってくださったのは、とても嬉しかったです。でも今また、別の辛さに苛まれてます」
「く―――っ。先輩、俺本気――」
「昨日、中岡さんに告白したばっかで、よくも本気とかそんな心にも無い事を言えるね」
「桃井、お前いい加減に!!」
涼姫は後輩に告げる。
「じゃあ、私、次体育なんで・・・・これで」
告げて、走り去って逃げる。
「あっ、先輩まっ――」
走りながら涼姫は心に決めた。
「もう誰の告白も信じない・・・・誰も!」
こうして同時多発的に発生した告白は、幕を閉じたのだった――かに見えたのだが。




