3 VRから出てきます
市立爽波高校にはコミュ障が居る。
何を隠そう私、鈴咲 涼姫のことだ。
「あ、新入生代表の人だ」
「ひ―――っ」
「名前なんだっけ鈴・・・」
「鈴・・・・」
「そうだ、鈴森さんだ」
「そうそう、鈴森さん!」
同学年の女の子達に指さされて、教室に逃げ込んだ私は、怯えるように自分の席に座った。
こんにちわ鈴咲です。
「怖い、女子高生ってなんであんなに怖いの? 何を考えてるのか全然分からないんだけど」
いや女子高生だけじゃなくて男子高校生も、女子中学生も男子中学生も――というか人間全部怖いんだけども。
女子高生の登る階段を下から歩いたら「パンツ見たでしょ」ってカツアゲされるってマジなの?
小・中学校と独立独歩の人生を歩んで、全てをゲームと訓練シミュレーターに捧げてきた私には、周囲の女子、男子の思考が全く理解できなくて怖すぎるんだ。
誰かが言った「人は、理解できない物を恐れるようにできている」。
ならば私にとって周囲の人間は、恐怖の対象なのだ。
イルさんとはあんなに楽しく会話できるのに、同じ種の女子とすら会話できない。
どうしてこうなった。
ふと顔を上げると、イケメン男子と目があった。
急いで目を背ける。
「し、しまった! 鷹森くんじゃん。鷹森くんを好きな女の子は相当多いって風の噂で聴いた! 彼を好きな女の子に校舎裏とかに呼び出されて、集団で押さえ込まれて、カミソリで顔に✗印書かれて、その後は机に罵詈雑言を刻まれて、教科書や体操服は焼却炉に捨てられて、靴をおトイレに、ミミズジュースを飲まされて、電球を―――!」
どうしよう、どうしよう、御タスケ!
「ど、どうしたのえっと――名前なんだっけ・・・・そうだ金咲さん。顔色真っ青だよ?」
「―――ひぃっ」
前の席の、ギャルっぽい女の子が話しかけてきた。
名前はニアピン!
「保健室に連れて行こうか!?」
ギャルなんて怖すぎるので、私は選択肢「いいえ」を連呼する。
「いいえ、いいえ、いいえ!!」
ワンチャン優しくしてくれたのかもだけど、昔、保健室に連れて行ってもらう途中で吐いた思い出とか、相手の女の子がいい匂いすぎて変な笑い声を出してドン引きされたのとか、フラッシュバックして声が上ずった。
というか陽キャとお近づきになると、陰キャは消し飛ぶんだよ!
しかも、陰キャは陽キャに何も出来ない。
ほら、闇は光で照らすと消えるけど、闇が光を照らすことはできないじゃん。どうやっても、闇は光に影響を与えられない。
私は陽キャと陰キャって、そういう関係だと考察する所存である。
しかもウチの学校は景色が良いので、彼女みたいな陽キャが多くて辛い(なんで受験したんだし)。
――まあ・・・・なんでそんな学校選んだかって・・・・大好きなアニメの聖地だからです。
・・・・この学校、景色が良いから沢山のアニメの舞台になってるんですよ。
不純な動機で受験してごめんなさい。これはきっと罰だ。でも、赦してぇ!!
私が発狂していると、前の席の女の子は困惑しながら「そ、そう?」と、苦笑いで前に向き直った。
やはり地球は、私の居場所ではない。
【首領死路蝶 〝デスロード〟 難易度:〈発狂〉 クリア動画】
視聴回数12
110件のコメント
タロいも 1日前
二番煎じ乙
Good 10 bad 2
Z_Space 1日前
攻略ルート分かってたら、そりゃ簡単だよなwww
Good 11 bad 1
パンナこった
はいはい、すごいすごい
Good 12 bad 0
Jm
でもこれ、ノーマルのスワローテイルじゃね?
Good 0 bad 15
▼3件の返信
タロいも
そりゃ、ルート分かってるからな。
Good 0 bad 0
パンナこった
ノーマルだからなに?
Good 0 bad 0
PeeMan
特機でクリアしたらあかんのか?
Good 3 bad 0
私は学校から帰って、自室に引きこもる。
昨日〝とりあえず〟アップしてみたクリア動画に付いたコメントを見て、ホロリ。
他にも読んだらいっぱい凹むコメントが、書き込まれている。
「世界が嫌いだ!」
枕を殴りつける。
すると、隣にある義姉の部屋から衝撃音が来た。
「涼姫、うるさい!!」
「ご、ごべなさい」
家のない私は、親戚のお世話になっている。
義姉や義母は、とっても怖いのだ。
視聴回数12回
コメント110件
動画の評価 Good 3 bad 105
「というかコメント数もbadも、視聴回数を軽く上回ってるんだけど、なんで?」
そうか、動画を見もしないでbad押したんだね・・・・ふふ・・・ふふふ。
謎はとけた、真実は一つ。
「やっぱり、宇宙に引きこもろう」
私は玄関に向かう。
すると、姉が自室のドアを開けてドア枠に持たれながらジト目を向けてくる。
「アンタ、また飛行機に乗るの?」
「うん」
「もう帰ってこなくていいよ」
「うん――多分帰ってくると思うけど・・・」
私はエレベーターに乗って、ボタンを撫でるように押して指を弛緩させた。
「一攫千金でもして、勉強とか社会の仕組みとから解脱したいでござる」などとごちる。
水素エンジンも実用化されたし――こう、どっかの惑星の水素とか運んでさ、売るの。
石油王みたいな暮らしができるかな。
「そしたらお友達料くらい、いくらでも用意できるし。・・・きちんとした友達も出来るよね」
なんて事を考えながらスワローさんを呼んで、彼の内部に引きこもった。
勉強を訓練シミュレーター内で、イルさんに教えてもらいながら終えると、ワンルームの照明と重力発生装置を切って、部屋で膝を抱えて宙をゆっくり回転した。
カチューシャが痛いので外すと、短めにした地毛のカーリーヘアが揺れた。
長いと天パが面倒なので、短くしてる。
昔は縮毛矯正してたけど、髪が痛むので最近はやってない。何回もやってると、髪の光沢が無くなるから嫌になった。
毛先とかドライフラワーみたいになる。
それに生えてくるのは天パだから、根本がすぐにクシャクシャになるんだよね。
思い出した。小学生の時、「天パ」「天パ」呼ばれたのも人間が怖くなった原因の一つだ。
「あー、暗い気持ちになって駄目だなあ」
昨日から、嫌な思い出ばっかりフラッシュバックする。
〈発狂〉デスロをクリアしちゃって、打ち込むものが無くなったせいかな。
「うう―――初恋の空中分解までフラッシュバックしてきた――というか、リアルの人間に恋した事無いのが笑う――違うもん、彼もリアルだもん」
「ふう」とため息一つ。
「イルさん」
空宙遊泳する私の眼の前にホログラムの扉が現れて、中から小さな執事が出てきてお辞儀した。
『はい、なんでしょうかマイマスター』
「生きる目的をください」
『なんの前振りもなく、壮大な質問をするのは止めて下さい』
「――じゃあ水素が一杯取れる星とかない?」
『水素なら、木星にたくさんありますよ』
「木星にあるのか。もう採掘してる人はいるのかな?」
ホログラムの執事が、何も無い所から資料のような物を取り出して眺めだす。
『いないですね』
「じゃあ、タンカーみたいな宇宙船がほしいなあ。イルさん、宇宙船を買うのに良いクエストない?」
私の質問に執事が、別の資料を眺めだした。
『そうですね。勲功ポイントが沢山稼げる大きな依頼が現在、運営から出ているそうです』
「大きな依頼?」
『〝ドキドキ! モンスターからの大攻勢・春爛漫モンスター桜吹雪!!〟』
「運営のそのワードセンスどうにかならないの?」
『なるなら、とっくに誰かが何とかしてると思います』
小さな執事がヤレヤレと首を振った。
「報酬とか、どんなかんじ?」
『はい、連合クレジットか、アイテム。――少々〝割安〟になりますが貴金属などでも報酬を受け取れます。あと通常報酬とは別に宇宙船や装備品等と交換出来る〈勲功ポイント〉も別口で貰えます』
「じゃあ、とりあえずそれに参加しようかな」
『このクエストに参加するには、銀河連合の〝ストラトス協会〟に登録してストライダーにならなければなりません。というか、マイマスターは初心者クエストをクリアしていません』
小さな執事が、またもヤレヤレと首を振った。
「――う」
『流石に、今回はクリアしないと駄目ですよ?』
小さな執事に小首を傾げられ、私は観念した。
「アイ」
という訳で、初心者クエストをサクっとクリア。
クエストの内容は座学のち、実技での説明があった。
生身の戦闘とサバイバル以外、もう全部知ってることだった。
最後に筆記テストと、実技テストを受けて完了。
まあもう初心者とは言えないから、簡単でした。
選択機体はすでにスワローさんを持っているので要らないから、代わりにしばらく補給を無料にしてもらう権利にしました。
「よし、終わった。じゃあイルさん、ストライダーの登録がしたい。どこに行けば出来るのかな?」
訊けば登録は惑星ハイレーンでも出来るという事らしいので、一路ハイレーンへ。
◆◇Sight:とある銀河連合・下士官◇◆
「この・・・初心者は、なんなんだ・・・・」
彼は戦慄していた。
初心者クエストには採点するAIの判断におかしな部分がないか、初心者のクエストの結果をチェックする人間がいる。
下士官はコンピューターが吐き出す訓練結果――その長い、レシートのような紙に書かれた数値を眺めながら、戦慄に震えていたのだ。
「・・・・なんだ、なんだこれは!? ――AIお前、馬鹿を言うな!! こんなの人間の反応速度じゃない! ・・・・まてまてまて、この武器は、そんな風に使うものじゃない。――なぜ、宇宙でエンジンを止めたままこんな動きが出来る!? ――どんな操縦だ!?」
下士官は、普通は3日は掛かるはずの初心者クエストを、6時間でクリアした初心者が出たという報告を受けて「ついにAIにエラーでも出たか」と思ってやって来た。
ところが――渡された初心者のテスト結果は、まるで理解不能の答案用紙だった。
採点側が、答案の意味を必死に理解しないといけない。そんな異常事態――異次元。
(このテスト結果を俺に理解して、AIにエラーがないか見つけろと言うのか!? ムリだ、この初心者のやっている事が分からない!! それに、筆記試験も想定を遥かに越えた内容で答えているぞ――なんなんだこのレベルの高い回答は、常軌を逸したレベルだぞ!? これじゃあ採点する側が、答案を解く事になる!)
コンピューターからAIが、下士官に尋ねる。
「伍長様、おかしな部分は見つけられたでしょうか?」
「ああ、おかしな部分ならとっくに見つけている・・・・」
下士官が、長いレシートのような答案を食い入るように見ながら震える。
「このデータのおかしな部分を言えというなら、この初心者だ」
下士官は、数日を掛けてAIにエラーが無かったことを、やっと証明し終えた。
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
私は初めて惑星ハイレーンに降り立ち、その壮大な光景に度肝を抜かれた。
「なにこれ・・・・」
入道雲が、地球で見れる2倍はありそうに伸びている。
空の天頂の色は濃く、瑠璃色だ。
青々と広がる空に、白く浮かぶ数々の衛星。
地上では、視界いっぱいの海。相当深いはずなのに、底まで見えるミントブルー。
白く輝くギリシャ風の建物の上を、戦艦大和みたいなのが飛んで、その横を箒に乗った魔女が、アサルトライフルを抱え並走していく。
「こんなトンデモ光景が見れるなら、さっさと降りてみれば良かった」
イルさんの声が、蝶の羽が生えた球体な見た目のドローンからする。
スワローさんが執事姿で現れるのは、バーサスフレームの中でだけ。
外では球体ドローンが分身体として、私の側に浮くことになる。
ちなみにこの見た目は、ワシが選んだ。
『ストラトス協会の建物は、眼の前の階段を昇ってしばらく真っ直ぐ、駅の入り口が視えたら左へ向かって下さい』
「りょ」
ちなみに私の格好は――ゴスロリチックな格好です。
その下にパイロットスーツを着ています。
〝チック〟なのはゴスロリは着たいけど、目立つのはイヤだから。
だからゴスロリまでは行かないけど、それっぽい感じを着ています。
まずスカートは肩まで紐のある、ジャンパースカートとか呼ばれるやつ。胸の下まで伸びた布でお腹も覆い、紐でキュっと縛るタイプで、フリルをマシマシ。
そこにブラウスを、春風と共に添えて。
ただ、私はおっぱいが大きいので、強調されてちょっと恥ずかしい。
カチューシャの〝デコ助〟が、チャームポイント。
でも、なんかプレイヤーっぽい人達はパイロットスーツだけで歩いてる人が多い。
もしかして、私みたいにパイロットスーツの上から服を着るのって非常識なんだろうか?
確かに、無重力だと柔らかい生地は邪魔だけど・・・スカートとか本当に最悪だし。
――というか、人が多い。
こんな人の多い場所で(目立ってない?)とか思うと、過呼吸になりそうになる。
変な子だと思われてるとか考えると、視界が端から白くなって目眩とかして、座り込んでしまいそうになる。
怖い、変な子だと思われるのだけは絶対イヤ。
しかもこの惑星に住む人たちは、NPCみたいな存在らしいけど、みんな人間と見た目が変わらないのでコミュ障の私には、ほんと辛いのです。
『マスター。心拍数及び、自律神経の異常を検知』
「わ、わかってるよ。ど、どの人がプレイヤーかも、あんまり分からないから困るなあ」
ちな、一般市民てきなNPCはNPPと呼ぶらしいです。
NPCはノンプレイヤーキャラクター? NPPは何の略か分からないけど、ノンプレイヤーパーソン?
『VRを通じて、マスターの視界へ情報を転送できますが』
「えっ、そんな事もできるの? やってみて!」
『はい』
私の視界に映る人々の頭上に、文字が浮かんだ。
何かのランクみたいなのとか。名前みたいなのとか。ニュービーって書いてある人もいる。
「あ、私の頭の上にもニュービーって文字と若葉マークがついてる」
『マイマスターは、初心者クエストをクリアしたばかりですので』
「ナルホド。でも個人情報は、どうなってるんだろう」
『表示されているのは、殆どがストライダーとしての情報で表示義務があります。プレイヤーの名前は白文字で表示され、本名ではなくストライダーIDです。青文字がNPPでこちらは本名です』
「なるほどねぇ・・・・。この視界の情報って目に悪くないの?」
目は大事だからね。
お金持ちになったら、ブルーベリーをいっぱい食べようと思う。
『もちろん安全です』
「あっ、そうだ・・・こっちの人の言葉って私わかるの?」
『大丈夫です。VRが、自動翻訳してくれます。さらに翻訳内容は、相手の声で聞こえます』
「よかった」
イルさんの返事に安心しながら歩き、やがてたどり着いたストラトス協会の建物。
素材は石灰みたいな古くから有りそうなのを使ってるんだけど、建築物としては曲線の多い未来的な見た目。
網膜に〝ストラトス協会ハイレーン支部〟と表示されている。
入り口が駅の改札みたいになってる場所の、スイングドアを押して入ると、
「ようこそ、ストラトス協会ハイレーン支部へ!」
鼠みたいな耳のケモミミ美人さんに、笑顔でお出迎えされた。
ケモミミがあるのはアニマノイドの人たちだっけ、要は獣人さん。
この世界は人類が滅んでて普通の人間が居ないっていう設定なんだよね。
他にも完全に機械のヒューマノイドさんや、ヒューマノイドの中でもかつての人類の記憶を受け継いでいるデータノイドっていう種族がいるらしい。
にしててもあの可愛いケモミミ・・・余はモフモフしたいぞよ。
ちなみに受付嬢さんの名前は、緑色の文字で表示されていた。
彼女みたいな緑文字の人はNPCらしい。
プレイヤーさんも一杯いる。
ふと、彼らの会話が聞こえてきた。
男性のプレイヤーさんが、隣の女性のプレイヤーと会話している。
「見ろよ、この動画。訓練シミュレーターの最高難易度クエスト、遂にクリアされたんだって。――アカキバって奴に!」
「え、人間卒業しないとクリア不可能って言われてた〈発狂〉デスロード?」
「そうそう、世界初だよ」
「すっご」
ふ・・・どうせ私は2番めです。2番煎じです。
いやいや、不貞腐れに来たんじゃないんだ。
気を取り直して登録しよう!
私は、美人受付嬢さんに向き直る。
「あ、あのっ―――ス、ストライダーというのになりたいんですが?」
そして見事に上擦る自分の声。
しかも、なんで疑問形?
『マスター。心拍数及び、自律神経の異常を検知』
「分かってるから」
明らかに不審な様子の私に、笑顔を崩さず案内をしてくれる美人さん。
「では、こちらのモニターで、」
美人さんがL字に指を動かすと、OSのウィンドウみたいなのが空中に浮かんだ。
彼女がウィンドウを、手のひらで押す仕草をする。
すると、ウィンドウは私に向かってゆっくり飛んでくる。
「必要事項を御入力ください。あと、バーサスフレーム端末から情報を――」
美人さんの説明を訊いていた時である。
建物内のスピーカーから、大きなアナウンスが流れた。
『非常警報発令! 惑星全土に非常警報が発令されました! 銀河中央のブラックホールから多数の転移反応を検知。この星系に転移して来ています! 市民の皆様はシェルターへの避難を推奨します。――非常警報発令! ――』
美人さんの顔が、険しくなる。
周囲の白文字――つまりプレイヤー達が、一斉に指を美人さんみたいに動かしてウィンドウを開く。
そうすると、一人の強面のプレイヤーが呟いた。
「これが運営の言ってたイベント――」
彼は言いかけて、ウィンドウを観ていた表情を急に呆然とさせたあと、叫んだ。
「――はあ!? ふざけんなよ! 難易度〈錯乱〉とか! こんなの参加したら絶対、機体が壊れるわ!」
隣りにいた細身の女性が「うーん」と唸りながら、強面男性に返す。
「でもこれクリアしたら連合クレジットも、勲功ポイントも爆アゲよ?」
「いや姉ちゃん、〈錯乱〉は無理だって。勲功ポイントも、もう底つきかけてるんだから。今の機体が壊れたら、次買えねーじゃん。下手したら銀河連合から借りてる備品壊して、借金だよ」
「まあ、そうだよね〈混乱〉までなら参加するけど〈錯乱〉は参加したら馬鹿か」
ちなみに難易度は、7段階あって、
平穏=ベリーイージー
安全=イージー
安定=ノーマル
混乱=ハード
錯乱=ベリーハード
狂乱=エクストラハード
発狂=――はなんだろう?
ってなってるらしい。
他のプレイヤーも「このイベントは無理だわ」とか言ってる。
私は受けてみようかな。
初期に有った〝ばら撒きイベント〟で貰った勲功ポイントは手つかずで20万あるから、スワローさんの修理代くらいなら出せると思うし。
スワローさん本体すら、勲功ポイント10万で買えるんだよね。
「あ、あの美人さん――じゃなかった! 受付さん――!!」
「あら、美人だなんてありがとうございます」
心のなかで美人さんって呼んでたから「美人さん」って言っちゃった・・・。
美人さんが、口元に手を当ててころころと笑う。
「こ、この放送のクエストって、受けられますか?」
「初心者クエストを終えたばかりのニュービーの方だと、前線には――ん?」
私のデータを観ていた、美人さんの指が止まった。
「え、何このシミュレーター履歴――」
ふと奥の方から私を観ていた、細身の女性プレイヤーから「あのニュービー、〈錯乱〉の意味わかってんの?」と言われた。
再起動した美人さんが、指と眼球を激しく上下させ始める。
「こ、こんなのおかしい、うそでしょ―――えっ、に――24000時間!? く、くるってる・・・」
く・・・狂ってる?
私が美人さんの目を見ると、完全に変態の記録を見る目だった。
や、やめて? ドン引きしないで―――。
『マスター。扁桃体、視床下部に異常発生。心拍数が異常値を示しています。呼吸を整えることを推奨します』
「細かくて分からないけど、分かってるから―――」
すると、最後までスクロールしたのか美人さんの指と目が固まった。
「へ・・・・? ――――〈発狂〉デスロードを、ク、〝クリア〟?」
受付さんが顔を挙げて、私を観て「ぽかん」と口を開いた。
「・・・――ほっ、本当・・・・に?」
「え、あ、はい」
「しょ、称号と、印石スキルを確認します!! よろしいですね―――!!」
物凄い勢いで宣言された、いっそ怖い。
「は―――はひぃ!」
美人さんが、先生に怒られている時みたいに怯える私の前で、ウィンドウを激しく操作。
するとやがて、美人さんの目が徐々に見開かれていった。
そして震えだした――。なんか、悚然って感じ。
「本当に持ってる! ――しかも〖幸運〗じゃなくて、〖奇跡〗の方!? ――これのキャリアってことは―――まさか・・・まさか、単独クリア者!? ――――しかも嘘、・・・・量産型のスワローテイルでクリアしたの!? ちょっと待って、なにこの初心者クエストの結果・・・どうなってるの、内容が理解できない!! ・・・・こ、こんな動きどうやって――ッ!」
なんだろう・・・〖幸運〗とか、良くわからないワードが出てきた。
受付嬢さんが、急に素早く動き出す。どこかと連絡を取り合っている。
「はい、この記録を見て下さい!! そうです! 〖奇跡〗のキャリアなんです!! それも量産機での――ッ!! さらに、この初心者クエストのテスト結果もみて下さい―――ッ!!」
ど、どこと話しているんだろう。
なんか通信先の声が漏れてきて「ギャンギャン」聞こえる。
通信を終えると、美人さんが私に向き直る。
「許可が出ました!! 貴女には自由裁量の権限が与えられました―――ッ!! 特別権限ストライダーとして、今回のクエストに自由に参加して下さい! 前線にも自由に出て下さい、というかクエストに必要なら、なんでも自由にしてくださいッ!!」
お、おお―――〈発狂〉デスロードクリアはやっぱ凄いんだ?
「あ、ありがとうございます!」
私はストライダーの登録で「プレイヤーID名」はスウにして、ストライダーカードというのを受け取った。
ストライダーカードの裏には私の能力値というものが書いてあった。
ID:スウ
力:24
知力:53
敏捷:310
ステータス上昇:
なし
称号:〖伝説〗
スキル:〖奇跡〗
クラン:なし
所持機体:ST‐81 スワローテイル
なんか知力と力、低くない? 敏捷が高いの? いや――それにしたって力低いなあ。
とりあえず登録をすべて終了すると、ウィンドウが出てきた。
『イベント・クエスト〝モンスター桜吹雪!!〟を開始しますか?
⇨はい
いいえ』
と表示された。
⇨はい を選択して、ストラトス協会の建物を出る。
その時、背中に声が掛かった。
「あの初心者、マジでクエストを受けちゃったよ」
「『オイオイオイオイ』」
「最弱機体のスワローテイルで出るとか。『死んだわ、あのニュービー』」
いや、死ぬこと無いらしいんだけど。
私はスワローさんの中で戦闘機用のVRギアを耳にかけ、深呼吸。
するとホログラムの扉が開いて、執事姿のイルさんが出てくる。
『VR接続を開始します――バイタル僅かに高いですが正常範囲。全感覚オールグリーン。神経接続開始。感覚拡大。思考加速――』
イルさんが、私の能力を上昇させていく。
訓練シミュレーターでは行われないから、初めてだ。
集中すると、イルさんの声が緩慢になった。
すごい―――、時の流れがゆっくりになってる。
するとイルさんが言葉の速度を、私に合わせてくれる。
なるほど、これなら問題なく会話できる。
準備完了すると、正面のランプが赤から緑になった。
「よし、じゃあ発進!」
イルさんがウィンドウパネルを呼び出して、スイッチオン。
『型式ST―81 スワローテイル、発進します』
カタパルトで弾き出されて、僅かな重力を感じると、格納庫から飛び出す。
外の景色が物凄い勢いで、下に流れていく。
ミントブルーの海に宝石の粉を散りばめたような輝きが、長く伸びて行く。
入道雲のお腹に大きな穴を開けて、雲の輪を描くと空の青がどんどん濃くなってきた。
大したGでもないので、ワンルームの冷蔵庫から、とあるCMのせいでお気に入りになった爽やか炭酸ジュースを取ってきて、コックピットのゲーミングチェアみたいな椅子に座って一口。
やがて恒星の光が大きくなって、星の海に放り出された。
そうして更に、亜光速航行で作戦宙域へ到着。
――でも作戦宙域近くにいたから大分早く着いたのか、宇宙船がいない。
「ここが作戦宙域?」
小さな執事が、ウィンドウパネルを開いて確認している。
『間違い有りません』
とは言われても、あまりにも誰もいないので、(ほんとにココなんだろうか?)なんて考えていると、周囲に巨大な波紋のようなものが次から次へと浮かび始めた。
左側に生まれた巨大な波紋を観ていると、波紋に見合った巨大な船の艦首が伸びてくる。
「で、でっか!」
スワローさんの何百倍もあるような、巨大航宙戦艦が出現した。
戦艦は、沢山のサーチライトのようなものを宇宙に放っている。
この世界の戦艦というのは、航宙空母すら内包できる巨大航宙艦船を指す言葉なんだけど、本当に大きい。
辺りを見回せば、目を疑うほど巨大な10隻の航宙戦艦が周囲に出現している。
さらにその戦艦から、航宙空母や航宙戦闘機が飛び出して隊列を組み始める。
戦艦達には惑星マークが五芒星に配置された、銀河連合軍の紋章がある。
という事は、プレイヤーたちじゃなくて正規軍の船だと思う。
とか思っていると、様々にカスタムされた航宙戦艦が現れ始めた。
統一性のない艦は、多分プレイヤーの物だと思う。8艦現れた。
航宙戦艦を買うには物凄い量の勲功ポイントが必要らしいから、大手クランのクランメンバーがポイントを持ち寄って買った艦だと思う。
さらにソロプレイヤーっぽい戦闘機が現れたり、パーティーを組んでいるらしい航宙空母から戦闘機が出てきて編隊飛行を開始した。
「この宙域に、NPP含め何人ぐらい居るんだろう? フェイレジェの空母や戦艦はオートメーションが多くて、空母は地球の半分くらいのサイズだし。人数がかなり少なくて済むけど、ここにいる人達の人数は、8000人は超えてそう」
参加人数を概算していると、スピーカーからイルさん以外の男性の声がした。
『これより、三提督による訓示が行われる。全員拝聴せよ』
「こんなのもあるんだ? イルさん、音量あげて」
『了解しました、マイマスター』
小さな執事がツマミを回す仕草をした。すると、まず腰まであるブロンドの人物が宇宙空間にホログラムで映し出された。
人物の声がスピーカーから漏れてくる。
『諸君、久しぶりだ。ストライダーの人々は初めてかも知れないな――銀河連合軍中将、第3師団・提督、シンクレア・トリストラムだ』
私はホログラムで映し出された人物の髪の長さや、あまりの美貌に混乱する。
「え、男? 女? どっち・・・?」
『男性です。マイマスター』
「ひえー、とんでもない美形」
『あの方は、ヒューマノイド――つまり、見た目は人工物ですから』
「それにしても綺麗すぎない?」
さっきもちょっと説明したけど、ヒューマノイドを詳しく説明すると、完全に人工物で作られた種族の事。
そんな完全な人工物が人類である条件は、人間そっくりの能力にAIだけでなく、AEも持っていること。
AIだけで人型をしている場合は、アンドロイドと呼ばれるらしい。
ホログラムとして目の前に現れたシンクレア・トリストラム提督は、帽子がない黒いプロイセンの軍服って感じのを着てるんだけど――美貌も相まって、ため息が出そうなくらい綺麗。
『この作戦は、敵の規模が非常に大きい。苦戦を強いられるかもしれない――しかし、我々の指揮に従ってくれれば必ず勝てる。皆、よろしく頼む。私からは以上だ』
美貌の男性のホログラムが消える。
次にホログラムで映ったのは、寝癖だらけの黒髪の男性だった。
だらしなく着崩した軍服で、やる気も無さそうに頭を掻いている。
「な、なんか・・・いい加減そうな人だね」
『あの方はデータノイドの方で、生前から優秀な天才提督だったらしいですが、やる気がないのが玉に瑕です』
データノイドも詳しく説明すると、滅びた人類の記憶と思考を移植された機械の種族さん。
旧人類の脳の中身を移植されたヒューマノイドらしい。
寝癖だらけの人物は、欠伸をしながら話し始めた。
『あ~、連合軍中将、第55師団・提督。ロンレイル・ユタだ。自分から言うことはないよ・・・ただまあ、死なないで帰ろう』
「じゃ」とでも言いたそうに左手を上げると、彼のホログラムが消えた。
「もう終わっちゃった」
最後にホログラムに表示されたのは、青い髪の女性だった。
『私は銀河連合軍准将、第105師団・提督、アイビー・アドミラーです!』
アイビー・アドミラーさんが身につける軍服のデザインも、18世紀プロイセンみたいな感じ。それを清潔さを感じさせる青を基調としたものにして、所々白い線が走っている。
あと、物凄いミニスカート。自転車とか乗ったら大変な事になりそう。
凛としてるけど、ちょっとロリっぽいかわいい人だった。
童顔なアイビーさんの胸は、数々の勲章で彩られている。
耳は垂れたフェネックだから、あの人はアニマノイドだね。
可愛いなあ――ケモミミ触りたい。
ちなみにアニマノイドさんは美人受付嬢さんと同じ、動物の遺伝子を改造して人間そっくりにした種族。
昔のアニマノイドさんは動物の特徴すらない、完全な人の姿で、遺伝子としても人間と寸分違わなかったんだとか。
『この宙域に集まった、勇壮なる連合兵、ならびにストライダーたちよ! この星系を襲うは、我らが愛しき人類を滅ぼした怨敵〝MoB〟たちです。容赦する必要は一片たりともない。徹底的に殲滅するのです!』
私はイルさんに尋ねる。
「イルさん。結局MoBってなに? MMOのMOBみたいなの?」
小さな執事が胸に手を当てて、頷く。
『概ね正解です。Misanthrope of boundless――意味は、人類に絶望せし者。略してMoBです。モンスターの中でも、射手座A*から来る者や、射手座αに潜む脅威に向けた呼称です。というかマイマスターは今までMoBを知らずにフェイテルリンクをやっていたのですか?』
「え・・・う、うん」
小さな執事が、ヤレヤレと肩をすくめた。
『ゲームの説明書にもあるのですが、このMoBを倒して100層に到達し、MoBを生み出すマザーMoBを倒すのがこのゲームの目的です。地球の方々にこのゲームをやって貰っているのは、このMoBを倒してほしいからなのです』
「そ、そうだったんだ?」
小さな執事に、ますます肩をすくめられる。
そんな風に、私がイルさんに質問している間に演説が終わってしまい、アイビーさんの艦隊の兵たちだろうか、大きな拍手が聴こえた。
「すごい士気」
『勿論です、マイマスター。愛しき人類を滅ぼしたMoBだけは、わたしたちは絶対に赦さない』
「いや、滅んでない滅んでない」
私は、自分を指さしながら苦笑い。
いやまあ、どっかの宇宙人が滅んだのかも知れないけど。でも、登場するNPPさんが地球人そっくりなんだよなあ。
謎運営の謎設定を否定していると、スピーカーから最初に聞こえた男性の声で、
『ストライダー諸君も、我々の指示に従い、決して独断専行などを行って戦場を混乱させないように』
という注意が入って、演説が終わった。
私が「なるほどー」とか納得すると、イルさんから警告が発せられる。
同時に、私達の前方に無数の波紋が浮かんだ。
『時空震感知、敵性兵器来ます』
「は、はい!」
私は、これが初めての実戦だ。ちょっと緊張してきた。
正規軍の大きな戦闘機が、敵性兵器に向って行く。
正規軍の戦闘機達は交戦距離に到達すると人型になり、巨大シールドを展開。
後ろで、スワローさんよりは大きいけど、空母などよりはずっと小さめな戦闘機も人型になり実弾やエネルギー弾を連射し始める。
「はじまった―――」
航宙戦艦から、無数のレーザーが真っすぐ伸びていく。
そうすると、MoBからも無数の弾幕が放たれた。
ちなみにMoBがレーザーを使わないのは、銀河連合が最近生み出した〝熱系〟兵器を完全に防ぐ〝黒体塗料〟がバーサスフレームに塗られているかららしい。相手が熱攻撃をすれば、むしろコッチのエネルギーを増やしてしまう。そしてそのエネルギーで、シールドやバリアを回復できちゃう。
これは、スワローさんにも塗布されている。
熱を全て吸収してしまうため、表面温度を測定すれば絶対零度なんだとか。
さすが超科学、凄い発明。
今のところMoBに、黒体は作れない。
もし作れるようになったら、大変なことになるって聞いた。
プレイヤー達もMoBと交戦を始める。
機体が人型になり、様々な武器を連射する。
暗い宇宙に、球体に輝く爆発が次々と起こり、帯のように広がっていく。
本当に、みんな人型形態で戦うんだ。
私の観てきた配信者の人もそうだったけど、ここまでみんな人型で戦うとは―――意外。
でも、確かに戦闘機で戦う意味はあんまりないんだよね。
地球の戦闘機が得意とする、誘導兵器みたいなのは、あの敵――MoB? には通じないらしい。
理由はMoBの身体がレーダー関連は、殆ど吸収しちゃうから。
例えば、発泡スチロールとか、布とか――〝人間の身体〟とかは電磁波を吸収しやすいらしい。
ただまあ、MoBの体すべてがレーダーが通用しないわけではなく、小さいロックオン出来る箇所が存在する。30センチ前後のロックオン出来る箇所を捉えれば、ロックオンもできる。
あと、熱探知や画像解析でもロックオンできるんだけど、この場合光学迷彩や煙幕などに弱い。それに宇宙は暗いから、あんまり遠いと普通のカメラじゃ見えないらしい。
あとレーダーに比べて熱探知や画像解析は探知距離も短い、宇宙だと熱は伝わりにくいし。
だから一般的には有視界戦闘が必要で、ロボットで戦ってるんだとか。
私が戦闘機で戦う理由は、もちろん被弾を抑えるため。
ちなみにバーサスフレームに対してのロックオンは、黒体のせいでレーダーを完全に吸収しちゃうけど、エンジンから出る熱源で追尾や、画像で追尾ならロックオンできる。
「イルさん、あの戦闘を拡大できる?」
『はい、マイマスター』
戦場の様子が大きく映される。
MoBの空母型機から、ワラワラと出てくる機体――でもあれって・・・、
「〈アトラス〉じゃない?」
それは、〝デスロード〟第一ステージの敵〈アトラス〉だった。
「弾幕にパターンがあるし、しかも弾数が少ない。あんなの――って、嘘、嘘」
轟沈していく連合軍の戦艦。
「〈アトラス〉に落とされるの!?」
この世界のNPPって云われる人たち、アニマノイド、ヒューマノイド、データノイドは、人間を再現するため私達とそう変わらないメンタリティや身体能力や頭脳しかない。そうしないと人権が得られないから。
でも補助装置があるから、そこまで能力は低くないはずなんだけど・・・。
戦艦が大きすぎるから、避けられないのかな?
敵の数も多いし。
〈アトラス〉本体はひたすら弾をばら撒いてるだけなんだけど、周りに敵の小型機〈ハーピィ〉が飛んでいて、それがランダム性を生み出してる。
でも、もっと小回りの効く機体を使えば躱しきれるとは思うんだけれど。
「プレイヤーの戦艦も苦戦してる――」
〈アトラス〉に挑んでいるプレイヤーが、どんどん被弾していく。
いや――私はやったことないけど、あれこそがフェイテルリンク・レジェンディアの戦い方のセオリーなんだっけ。
防御力の高い機体で弾を、バリア(タンク役の特殊装備)や、シールド(全てのバーサスフレームに装備されてる)で防ぎ切る。
減ったバリアやシールドは、回復役の機体が回復する。
そして火力の高い機体が、敵を撃墜する。
だけど、MoBの火力が上回ってしまっているみたい。
どこかのクランの作っていた戦線が、瓦解しかかっている。
NPPさんって、死んだら復活出来るのかな?
「イルさん、これ本当にゲーム?」
『――』
小さな執事は、黙ったままお辞儀をするだけ。
「やっぱり答えてくれないんだね。イルさん」
『――』
小さな執事はお辞儀をしたまま動かない。
「加勢しに行くよ、これ以上やらせない!」
『お願いします、マイマスター!』
小さな執事が顔を挙げて、目を輝かせた。
私はスワローさんを緊急発進。
前線に突っ込んでいく。
すると、正規軍から通信が入った。通信士らしき人からの怒声が、スピーカから漏れてきた。
『そこのスワローテイル、待機せよ! これは命令である! 隊列を乱すな!』
「え――ごめんなさい」
怒られて怖くて涙目になってしまった。
すると、涙目な私のかわりにイルさんが通信士さんに言ってくれた。
『お待ち下さい士官どの、私のマスターの話も聞いて下さい』
『AIが、何を言っている――しかしお前たちがそこまで言うのも珍しい。話してみよスワローテイルのパイロット』
「え・・・・えっと、皆さんアトラスに撃沈されてるから・・・私なら倒せると思うから・・・」
『何を言っているんだ、貴様のような初心者クエストをクリアしたばかりの上に、ストライダーに〝なりたて〟のニュービーが、スワローテイル1機で〈錯乱アトラス〉に何が――』
そこで通信士さんが止まった。
『――まて・・・・なりたて? お前、、、なぜニュービーで前線に来れている・・・この宙域への亜光速航行が許されないはず――。ま―――まさか!! AIそちらの情報を送れ!!』
『了解しました。送信します』
イルさんが明後日の方向にお辞儀をした。
暫くの間があって、私の左側にウィンドウが開いた。
ウィンドウの向こうでは、軍服の男性が、直立して敬礼していた。
『し、失礼致しました!! 〝特別権限ストライダー〟の方とはいざ知らず!! どうぞ自由裁量で動いて下さい!! それと今回のわたくしの確認漏れは、何卒不問にして致きたく・・・』
よくわからないけど・・・何を言っているんだろう?
「わ、私はちょっと何を言っているのか分からないですけど。――そっちは分かってもらえたみたいで、良かったです」
『な―――っ』
私は、「とにかく自由裁量で動いて良いのね?」位しかわからないけど、向こうは他にも色々理解してるみたい。
「じゃ、じゃあ行っていいです?」
『ちょちょっと待ってください! わたくしはつまり貴殿に分からされたと言う事でしょうか!? 特別権限ストライダーである貴殿を妨――』『マイマスター、MoBが接近してきました。通信を切ります』
「え?」
イルさんが何かのボタンを押す仕草をしたら、すごく焦った感じだった士官さんの顔が消えて、通信が切れた。
「イ、イルさん大丈夫なの? あの人」
『さあ? マスターを理不尽に泣かせた人などに、当機は関心がないので』
え、なにそれ・・・・イルさんちょっと怒った?
小さな執事の表情に、変化はなかった。
「と、とにかく突っ込んで良さそうみたい?」
『当然です。マスターは特別権限ストライダーなのですから、急ぎましょう』
青い閃光をほとばしらせて加速した私たちは、一気に戦闘空域に到着。
すると、今度はプレイヤーから〝囁きチャット〟が入った。
『おい、前に出すぎだ若葉マークのニュービー!! 初心者クエストを終えたばかりだろうお前! しかも初期選択でスワローテイルなんか選んじまいやがって、何も知らないのかよ!! スワローテイルなんて紙機体で前に出たら、一発でやられるぞ! 転送装置とかは貸出しなんだから、下手したら借金まみれになるぞ!!』
優しい男性の人だった。
「あ、ありがとうございます」
『女の子か、お前!! ――馬っ鹿、止めろ!! 初心者だから知らないだろうけど、〈錯乱アトラス〉を舐めるなって! 俺ら大規模クランがパーティー組んでも、たまに負けるんだぞ!!』
みんな〈アトラス〉をそんなに怖がるのか。
「だ、だいじょぶです〈アトラス〉なら慣れてます」
『はあ―――?』
〈発狂〉から〈錯乱〉へ難易度が下がると、弾が減るだけみたい。
それなら避けるルートは理解ってる。
私は戦闘を開始。〈アトラス〉の弾幕を、スワローテイルの小柄なサイズを生かして避けていく。
時折〝他の〈アトラス〉〟の弾幕や、小型機の弾がこちらに届くけど、弾幕はパターン通りだし、小型機の弾は私に真っすぐ飛んでくるだけだからコントロールは楽。
その上、首領死路蝶では無かった身体強化があるんだから、とっても余裕。
素早く安全地帯ルートを見つけて、懐へ突っ込む。
難易度的には、横断歩道で他の人を躱す程度。
私は怖くて〝渋谷〟なんて一回しか行ったこと無いけど、スクランブル交差点で慣れている人なら余裕だと思う。
「イルさん〈励起翼〉展開」
『了解。スワローテイル〈励起翼〉展開』
小さな執事の小さな羽が青く光りだした。
私は同じく青く光りだした機体の翼で、〈アトラス〉の表面をかすめるように飛んでいく。
すると話しかけてきた男性から、引き気味の声が聴こえた。
『〈アトラス〉の体を撫でるように飛んだ!? キモッ!!』
イルさんが、お医者さんの姿になる。
『マスター、バイタルに異常を感知』
「キ、キモイは止めて下さい」
私の涙声に、通信相手が「ごめん、あまりに狂人軌道だったから・・・思わず」と謝ってきた。
いや、狂人もなかなか傷つくんですよ。
「よし、1機撃破!」
〈発狂アトラス〉より全然柔らかい。これなら実弾まで使わなくて済む。
実弾兵器は威力が低いのに高価だから――それに比べ膨大な熱量を生み出せる光崩壊エンジンを使ったエネルギー兵器は、お財布にエコ。
それでも実弾兵器は必要なんだよね。
エネルギー兵器はエンジンとワンセットだから、エネルギー兵器ばっかり撃ってたらエンジンが止まってしまう。
まあ今は補給が無料だけど、節約はしないとね。
「じゃあ別の〈アトラス〉へ」
次の敵に向かおうとした時だった。
私の目の前に、大きなウィンドウが開いた。
「わっ」
思わずシートの上で体を引いた私の目に映っていたのは、アイビー・アドミラー提督の顔面。
『貴方、何者ですか! この戦闘が終わったら、すぐに私の元へ来なさい!』
「どどど、どいて下さい! 弾が視えません!」
私の剣幕にアイビー・アドミラー提督は、不味いという表情で「ご、ごめんなさい」とすぐに通信を切った。
流石に今のは、冷や汗をかいた。
心臓跳ねて手元狂うし、前は視えないし、本当に撃墜されるかと思った。