389 鷹森 功弥の正体
『ただ、今の君が今いるルートは最善とも言える。なかなか希少なルートだ』
「このルートにする為に、踏切で私に封印した記憶をくれたんですか?」
『こっちの都合ばかりで悪いけど、そうだ。〖サイコメトリーω』で記憶をコピーして封印しておいた』
「いえ・・・・私も色々助かってます。コピーして封印しておいてくれなかったら、私は途方に暮れていました」
『だけどね、テセウス方式だっけ――あの蘇生方法で蘇生すると・・・スキルが幾つか欠けてしまうんだ――〖再生〗が欠ける可能性もある。だから君の復活をボクは見るわけにいかない確定させるわけにいかない』
「・・・・わ、わかりました」
『だからどうか、生き残って欲しい――』
「もちろんです・・・死ぬのは嫌ですし」
シュネとの話を終えて、ワンルームに戻った涼姫はふと思い出す。
「あ、チグ・・・・! 大変!」
「ん? どうした?」
「今って冬休みだ!」
「・・・え」
「休み明けの始業式になったら、クラス替えだよ!!」
「あ・・・あああっ!! 鷹森と別のクラスになるかもなの!?」
「が、頑張って、チグ!」
ちなみに千種は、見事に鷹森と別のクラスになる。
◆◇sight:三人称◇◆
これは少しだけ未来、2年が始まってすぐの話。
見事に鷹森と別のクラスになった千種は、鷹森のクラス2-1に突入した。
周りが、よそのクラスの女子生徒が入ってきたことに驚くが、物怖じする千種ではない。
そうして椅子にあぐらをかいて、春のうららな空を眺めていた鷹森の机の前までやってくると、名を呼んだ。
「鷹森!」
「ん?」
呼ばれた鷹森は、まだどこか遠くを見ているような様子で振り返った。
「こ、これ・・・・お弁当なんだけど」
「弁当?」
千種が鷹森に、水色の弁当包みで包んだ弁当箱を突き出す。
2-1の教室が騒がしくなった。
この度、窓際の前から2番目の席を獲得し――アリスと風凛に囲まれていた涼姫が、小さな声で「チグ、頑張れー!」と叫んでいた。
どこかから「誰、アイツ」とか鷹森を好きそうな女子が千種を睨みながら、敵対的な声を出す。
すると涼姫が、「美男美女でお似合いー! 前のクラス一緒だもんね、先に目をつけてたんだもんね! もうこれは幼馴染と言っても過言ではない!」とか大声で言い出した。
「過言だよ(笑)」
どっかの男子生徒のツッコミに、教室が笑いに包まれる。
涼姫の奇行は初見の自己紹介からずっとなので、そこの部分にツッコミを入れる者はもういない。
教室が笑いに包まれている間にも、千種の前進アプローチは続く。
「スズっちに料理、習ったんだ。――スズっちに習ったし、きっと不味くはないから。貰って、ほしい」
「んー・・・ああ、鈴咲は料理得意だっけ? ありがとな――だけどさ、俺でいいのか? ――実は人間じゃないかもだぞ?」
「・・・・なんとなく、知ってる。リアトリスのコロニーに行ったから」
「まだプレイヤーになったばっかなのに、行ったのか!? お前スゲェな虹坂!」
鷹森が青空の様に微笑む、ちなみに鷹森が「お前、スゲェな」と言ったのはたった二人。
アイリス・ヤチマタと、虹坂 千種だけ――その事を千種は知る由もない。
「それでも、あたし・・・鷹森、お前が好きなんだ」
「そっか――・・・・じゃあ、貰っとく」
鷹森が、若干男子高校生が持つには可愛らしい弁当包みの弁当を受け取ると、千種は嬉しそうに――照れくさそうに微笑んだ。
鷹森がさっそく弁当の蓋を開けて「おっ、旨そう!」なて言って、千種を慌てさせた。
「あ、あたしの眼の前でいきなり開けるなよぉ!」
他の人間には物怖じしない千種でも、鷹森相手だと別らしい。
「おっと――すまん。じゃあ、お礼とお詫びに朗報を一個」
「朗報?」
鷹森 功弥が柔らかく微笑む。
「俺のベースのMoBは、ゴブリンとかじゃない」
「あ・・・ああ・・・そうなんだ!? ・・・・」
千種が少し安堵したような息を吐いた―――たとえ好きな相手でも、流石に「ベースが凶暴なMoBだったらどうしよう」という思いは頭の片隅にあったのだ。
「・・・・そっか・・・」
鷹森の声が、内緒話をするように、若干小さくなる。
「うん、俺のMoB名はタカモリ・コウヤだ」
「へ?」
意味がわからず、千種が目を瞬かせた。
「俺はさ、多分命理の為に作られたMoBなんだよ」
「――命理の為に・・・・?」
「連合からはアイリスの子なんて呼ばれてる――俺に手を出すとアイリスの脅威度が上がるらしくてな。結構、好き勝手させて貰ってるんだ」
「それで学校に通ってたり、プレイヤーやってたり?」
「そうそう。リアトリス派も俺には手を出せない」
「・・・・リアトリス側って、なんか嫌な奴らのイメージだけど・・・・何が目的なんだ?」
「旧人類の復活だろうな」
「え」
あっさりと返ってきた答えに、千種が きょとん とする。
「多分もう、旧人類は銀河のどこかで復活してる――だからMoBが襲ってきてるんだ」
「!? ――ちょ、ちょちょちょ!! 聞いてた話と随分違うんだけど!? ――プレイヤーがいるからMoBが襲ってきてるって聞いたんだけど!?」
「違う。プレイヤーがいるからMoBが襲ってきてるっていうのは、隠れ蓑。リアトリス側の目的は恐らく旧人類の復活。そして旧人類の復活にはマザーMoBの力が必要――それこそ印石とか。だからリアトリスはマザーMoBを倒したくない。けれどプレイヤーにも、あの銀河にいて貰いたい」
「そんな・・・・」
だけど、それなら――リアトリス側の奇妙な行動にも納得がいく。千種の頭の中はそう結論づけた。
そして千種は憤る。
「ていうか――あいつら、蘇生方法はマジで確立してるのに、プレイヤーはゴブリンにしてたのか」
「ちゃんと復活させるには、何か特別な印石とかがいるんだろう――まあ、俺の予想だけどな」
その後の休み時間。涼姫が、千種に会いに行って〝お弁当を渡した時の手応え〟を尋ねたけれど、千種は終始上の空だった。




