385 思いが描く、願いの残滓
10年後現れたマザーMoBは、かつてのマザーMoBとは比べ物にならないほど強かった。
人類側の作戦が、ことごとく通用しないのだ。
だから新たなマザーMoBが星団連合製であることは、ひた隠しにされた。
もう軍上層部の数人しか、事実を知る者がいないほど。
MoBを作りだすことに関わった研究者などは、全て粛清されていた。
さらにマザーMoBの研究情報も全て破棄された。そこにはベクター側からしか得られないような情報もあった。
マザーMoBの研究情報の破棄、特にベクター側からしか得られない物の破棄――この事が、人類をさらなる不幸に導くことになる。
新たなMoBとの戦いは、熾烈を極めた。
新しいマザーMoBの性能に人類は恐怖に震え上がった――特に、その恐るべき読み。
だからこそ幾人か、事実に気づく者たちがいた。
例えば、アイリスのかつての仲間。
「やっぱり、アイリス。お前なんだな」
「海斗さん・・・」
「すまねぇ、ネモ――やっぱ俺ザコだわ・・・お前を護り切れなかった」
ネモは首をふる。
「海斗さんは、私のヒーローでした」
「――ネモ」
ネモと海斗が、青く染まった宇宙を仰ぎ視る。
「アイリス、少しの間だったけど、平和・・・・ありがとね」
「俺たち、幸せだったぞ――」
二人は抱き合ったまま、光に消えた。
二人を消した女性の形をした青い光は、頭を抱え振り乱し、
『A∀...A∀....A∀A∀A∀A∀A∀A∀A∀A∀―――!!』
泣き叫ぶように、悲鳴を真空に爆ぜさせた。
この時を境に、マザーMoBの脅威度は最悪の〈発狂〉と化す。
他にも気づくものがいた。例えば、アイリスのかつてのライバル。
ベクターはすでに滅んでいて、新たなマザーMoBは星団帝国が生み出したのではないか。
そんな考えに至った人物――シュネは、星団帝国の極秘データを手に入れた。
「やっぱり、あのマザーMoBは、ベクターが作ったものじゃない。しかもマザーMoBが、元・人間で・・・――素体が、アイリス・・・・!?」
シュネは盗み出したデータを観て、愕然とした。
そして涙を流しながら、狂ったように嗤った。
「愚だ、なぜ人間はかくも愚かなのだ。愚か愚か愚か、愚か者がァ―――ッ!!」
狂ったように叫び、怒声を撒き散らしながら、そこら中を殴り付ける。
鋼の壁はシュネの拳を真っ赤に染めたが、彼女はその事を気にせず殴り続けた――やがて膝を折り、拳を震わせた。
「勝てないわけだ、全てをつまびらかにするようなアイリスが相手なのだもの。確かに今回のマザーMoBは以前のマザーMoBとは強さが桁違いじゃないか――だけどそれは当たり前だったんだ。アイリスが元なら、ベクターのMoBなど、鎧袖一触で滅ぼされたことだろうさ。強さの格が違う」
シュネは立ち上がる――そして誓った。「自分の才覚の全てを使い、星団帝国を叩き潰す」と。
――星団帝国に、この償いをしてもらうと。
こうして反星団帝国組織、銀河連合が組織される。
やがて、銀河連合は星団帝国の拠点の一つを陥落させた。
「お前がアイリスをマザーMoBにしたという、ダーマス大将だね。馬鹿が――敵に勝つため、より強い敵を生み出して」
「10万の我が軍勢が、1万の平民などに負けた・・・・のか」
シュネは、愕然と呟いた人物に、ニューゲーム1110を向けた。
「宣戦布告の時に言っただろう、『お前達は戦う前から負けている』と。お前ら軍の上層部は、本当に愚かだ。――だが、一つ訊ねるダーマス大将。アイリスを救うつもりは? ――人に戻すつもりは?」
「愚かはお前だ、戻せるわけがないだろう! そんな手があれば、とうに打っておるわ!」
「研究するつもりは?」
「その前に、人類が滅びる!!」
「なぜだ、お前たちが隠しているマザーMoBの研究成果を使えば、可能性はゼロじゃ――」
「そんな物は、とうの昔に全て消去したわ!!」
シュネは瞠目したあと、しばらくして掠れた声で嗤い――やがて鼻で嘲笑ってから、呆れたようなため息を吐いた。
「お前は大将として――指し手として、あまりに愚鈍」
「なにも分からぬ小娘が、綺麗事を並び立てて、ならば救ってみせろ、この銀河を、あの化け物から救う方法を、ワシに示してみせろ!!」
「救う方法を見せろ? ――お前は根本的に間違っているんだよ。何度も言うが勝負は、始まる前に決している。これはアイリスとの戦いにおいてなら尚更だ。だからお前達がすべきは、アイリスに指し合いを挑む事ではない――勝てないなら、引き分けるしか無い。そしてお前達が引き分ける方法はたった一つ。なんとしてもアイリスとの戦いを避けること。避け続け、滅亡を先延ばしにしてアイリスを人間に戻す事だけが、お前達の生存率0%を、僅かにだけでも引き上げられる」
「そのような物は作戦とは言わぬ!! ただの賭けだ!! 人類の存亡を掛けられるものか!!」
シュネの冷たい瞳が、ダーマスを観た。
シュネの瞳は宇宙より暗く、深く、冷たかった――そんな瞳が感情なくダーマスを観ていた。
衛星軌道上の基地の窓――そこから青い光が伸びてくる。
光は後光のように、シュネを背後から輝かせる。
「ボクは君たちを見捨てよう――滅びると良いよ人類」
シュネは確信した。コイツ等じゃ、到底銀河は守れない。
だから、
「こんな地獄の釜の蓋の開いたような世界に、ボクは用はない。ボクは待つ――ずっと待つ。アイリスを救える日を、元に戻せる日を。その時にはもう、このボクは生きていないかも知れない――だけど、どれだけ未来でもアイリスをもとに戻せる日をまとう。ボクがなにに変わり果てても、どれだけの時間を掛けても。今のボクが、二度と元のアイリスに会えないとしても」
シュネの宇宙のように深淵な瞳が、ただ前を向いている。
眼の前の人影が、何かを喚いている。
だが、もはやシュネの視界に、ダーマスは入っていても映ってはいないのだ。
(無能な軍の上層部は、すでに負けているという事実を理解できない)
「いや、納得できないのか。それもそうか、負けているなんて認めたら、自分たちが必要ないという事だもの」
何が「人類の存亡を掛けられない」だ。軍は自分達を守るために、とうに人類を見捨てているではないか。
だが、それが人間の感情というものだろう。
シュネはこの戦いのために、沢山の敵を殺し、沢山の味方を殺してきた。
その行為にシュネの心は耐えられなかった。だからシュネは人を殺す機械になり、人間性を捨てた。
シュネは今の自分は、人間の形をした肉の機械だと理解している。
だからシュネは、戯れるように人間のフリをしてみる。
「じゃあボクもひとつ、個人的な感想を付け加えておこう。ボクはアイリスを救わない人類に用はない」
シュネは感情なくニューゲームの引き金を引いてから、宇宙を見上げた。
そこには、蝶のような羽根を持つ、真っ青な光の女性がいた。
シュネはこの光の女性の力を利用して、10倍の軍勢を殲滅したのだ
「アイリス、ごめん。少し時間がかかりそうだ――――だから待ってて」
シュネは傍らを飛ぶ、球体型のドローンに語りかける。
「クナウティア、始めよう。銀河の想いを継ぐ、運命の英雄を待つ――フェイテルリンク計画を――アイリスを元に戻す研究は続けるけど、きっとボクの寿命じゃ足りない。それに人類を滅ぼすまでアイリスが止まらないなら、ボクもその対象だ――ベクター側の研究したマザーMoB情報が得られない今、時間も足りない、だから――」
(ボクは、君のもとへ行く・・・・君のもとまで行ける時を、この星の海で待ち続ける。――伝説のパイロットに会える日を、待ち続けるよ)
ボクの残滓は、いつまでも―――この星の彼方で君を待ち続けるから。
シュネが、両腕を青く輝くアイリスに伸ばす。
その仕草は、まるで抱くようだった――祈るようだった――願う様だった。
「だけどね・・・アイリス――もう一度、もう一度だけでいいから・・・君たちとソルダートで競ってみたかったな」
青白く光るシュネの頬を、輝くものが一筋伝う。
「ねえ、あの頃は――本当に楽しかったね、アイリス」
できうるならば、みんなとあの頃に戻りたいな。




