384 終結
「訓練中にMoBに襲われたらしい。タカモリは――仲間を逃がすため、たった一人で敵に挑んで・・・・仲間は全員無事らしいが」
アイリスたちがタカモリ・コウヤの死を知った――この頃を境に、戦争は激化の一途を辿り始めた。
そのせいで、アイリス達が3年になる頃には多くの大会が中止され、ソルダート大会も行われなかった。
やがて、アイリスや命理も帝立ユニレウス学園を卒業する。
卒業式の次の日、アイリスと命理はタカモリ・コウヤの簡素な墓の前にいた。
「命理ちゃん、本当に行くの?」
「いくわ――部長の欲しかった世界、作り出してみせる」
「じゃあ、私も後から追いかけるから!」
「アイリスは平民だから、戦場にでなくていいんだよ?」
「必ず行く・・・命理ちゃんを一人になんてしたくないもの。私も並んで戦う――私の頭脳は少しくらいなら役に立つと思うし」
命理が、アイリスの言葉に首をふる。
「貴女の知恵があれば、百人力だよ。貴女が来てくれると言うなら、私は待ってるね」
命理とアイリスは手を握り合う。
「部長のやりたかったこと――成し遂げよう」
「だね。―――必ず、全てのMoBを殲滅して――この銀河に平和を、誰もが自由に好きなことに打ち込める世界を!」
「必ず――約束、指切り」
言ったアイリスが小指を出した。
「とても古いこと、するんだね」
「そ、そう?」
慌てたアイリスに、命理がクスリと笑う。
そうして小指を絡めた。
誓いを終えると、アイリスは小さな人形を命理に手渡した。
「これ、お守り」
命理が受け取ったのは、命理の十六夜テイルを模した青い蝶の髪飾りだった。
青い蝶は幸せの象徴である。
命理は髪飾りを受け取って、左のこめかみ辺りに止めた。
「ありがとう。アイリスが来るまで、これをアイリスだと思ってる」
「うん――急ぐから、待ってて」
「待ってる。――ねえ、アイリス、」
「なに?」
「再会したら、言いたいことがあるんだけど」
「もしかして、私がずっと言ってほしかったこと?」
アイリスの親友は、小さく微笑んだ。
アイリスも微笑む、それはひだまりのように咲いた。
やがて二人は別れる、アイリスの視界で命理の背中が――小さくなっていく。
アイリスは祈るように呟いた。
「命理ちゃん、しなないで」
しかし命理は物資護送の任の折MoBの奇襲により激戦を繰り広げ、友人となった兵士を庇って命を落とす。
その朴を受けて、アイリスは叫んだ――自分がいれば、奇襲など見抜いてみせた、命理を決して死なせなかった! ――と。
3年後、アイリスは命理のデータノイドと出会う。
蘇生技術が確立していないこの時代、死んだものを蘇らせるにはその記憶と思考をチップにして機械に移植するしかなかった。
だがアイリスに出会った命理のデータノイドは、記憶を失い感情すら欠けていた。
命理の生前のデータがあったデータベースは破壊され、命理の記憶も感情もこの銀河のどこにも、もう無い。
アイリスは胸を引き裂こうとする痛みに耐えながら、命理の前に現れた。
「友だちになろう」
アイリスは今の命理と新しい道を歩もうと、一歩を踏み出した。
そうしてアイリスは、データノイドたちを備品の様に扱うダーマス中将に憤りを憶えるのだった。
やがて運命の時が来る。
「中尉」
「なんですか・・・?」
「データノイドたちを救う方法が、発見されたぞ」
「え?」
「戦争を終わらせれば良い」
「そんな事は分かっています!! ですがもう――もう劣勢が長引いて・・・5年前までなら、まだ優勢だったのに――今の我々に、その力は」
上層部が抹消した、師団が全滅するほどの大敗北――〝生存者10名〟、〝命理と、数名だけ生き残ったあの戦い〟から、全てはおかしくなった――恒星破壊爆弾により、幾つかの重要恒星が破壊された頃から、戦況が狂い出した。
「いいや、一つ方法はあるぞ」
「私は精査し続けました――だけどもう無理です。どうしても消耗戦になる。少しでも人類の滅亡を先に伸ばすしか方法がない。それとも、私が気づかないような方法があるとでも?」
「そうだ――お前の知らない方法がある」
「―――私の知らない方法・・・・?」
「お前がマザーMoBになればいい」
その衝撃的な言葉が、アイリスの脳内に染み込むのに僅かな時間が必要だった。
アイリスは、言葉の意味を理解してすぐに大声を張り上げた。
「マザーMoB、私が―――!?」
「マザーMoBはな、元は人間だ。人間を素体として作られた精神兵器――ベクターどもに、あれはサイボーグとして記録されているんだよ。人間をあんな姿にするなんて、ベクター共もザンコクだよなあ。――だが我々がアレに勝つには、同じ力を持つしか無い」
「サイ、ボーグ? あれの・・・どこが」
「かくして我々もまた、マザーMoBの作成方法をベクターから手に入れた。――そうしてやっと見つけた、たった一人の適合者――それが、お前アイリス・ヤチマタだ。昔、学校で身体検査を受けただろう、あの時のデータから確定した」
「私が適合者? ――私にマザーMoBになれと・・・?」
「そうだ、それしか無い。そうすれば後は、お前がマザーMoBを倒せば良い。我らはお前に願いを叶える力をくれてやると言っているのだ」
「か、・・・・考えさせて下さい」
「いいだろう、じっくり考えることだ」
アイリスはデータノイド用の危険なボディの使用を止めることを条件に、被検体になるのを約束した。
だが星団帝国――ダーマスは、新たなるマザーMoBを生み出し、事故を起こした。
新たなるマザーMoBに危機を感じた軍上層部は、無限に肥大化していくそれを、敵性人類――ベクターの時間軸に送り込んだのである。
やがて、ベクターが星団帝国の時間軸に現れることがなくなり。戦争は終結した。
人々は歓喜し、平和に酔いしれた。
10年後、星団帝国の生み出したマザーMoB・アイリスが帰還するまでは。




