378 Mr.
ある日、アイリスと命理は、二人で街にショッピングに来ていた。
やってきた店は、もちろんプラモデルショップである。
「アイリス、見てみてこの展示フィギュア凄い! こんなにエロティックに! この透けるような塗り方どうやってるんだろう?」
「いや、サクラ・ジジって今でも美術の題材になるけど、こんな美人な男性がいるわけ無いじゃん。元々女の子だったんでしょ、それで男のフリしてたんだと思う」
「・・・えー、アイリスはうがった考え方するなあ」
「それよりこっち、陸戦用メビウスの作例凄くない? この光沢、どこの会社の塗料かな? これ、何点くらい出るんだろう。え、この銃3点バーストなの? 中身どうなってるんだろ」
「アイリスは量産機好きだなあ。あと、思考が試合になってるし」
アイリスが展示されているショーケースに展示されているプラモデルのワット数を予想していると、アイリスも命理もよく知る声が背後から聴こえてきた。
「おや? おやおやおや? そこにいるのは、平民のアイリス・ヤチマタさんに、まさかの成田 命理さんじゃないですか!」
アイリスが声の方を見る、そして汚物でも見たかの様に顔を歪めた。
「・・・・Mr.クソガキ」
アイリスの呟きはMr.クソガキには聴こえなかった。
「何だお前ら、ソルダート初めたのか?」
「選手よ、帝立ユニレウスの」
「どうせベンチでも温めてるんだろう(笑)」
アイリスは「準優勝したチームのスタメンよ」と言いかけて言葉を止める。
命理の顔色が悪かったのだ。
「どしたの? 命理」
「ちょっと昔に色々あって」
「つまり、アイツは命理にそんな顔をさせる相手って訳だね」
命理が顔色悪く頷いた。
「お前ら、俺とソルダートで勝負しろよ」
「いいわよ」
「だ、駄目だよアイリス! コイツ、オフィシャル外の弾丸とか使って、相手のプラモデルを壊してくるんだよ! もうすぐ試合なのに、今プラモデルが壊れたら!」
「へぇ。じゃあ、悪者退治しなきゃ。命理は見てて」
そこで命理は気づく、アイリスの瞳から光が消えている事に――まるで、暗い海のように底しれぬ瞳になっている事に。
「お前、やる気か?」
「当然」
「丁度いい、その身の程をわきまえない鼻っ柱が昔から気に食わなかったんだよ。条件を付けよう。俺が勝ったら家庭教師に戻れ」
「いいよ。その代わり私が勝ったら、二度と私や命理ちゃんに近寄らないで、話しかけないで」
こうしてアイリスとMr.クソガキは店の試合場を借りて戦うことになった。
結果は言うまでもない。
「な、なんで弾丸を躱してんだよコイツ!」
アイリスが作戦を組むまでも無かった。
そもそもアイリスの操縦技術はスズサキ・シミュレーターにより才能を開花させ、タカモリ・コウヤにも比肩する腕になっていたのだから。
アイリスが機体を掠めた弾丸を、冷たく見ていう。
「真鍮製の弾丸――そりゃ、こんなのでプラモデルを撃ったら壊れちゃうよ」
「な、なんで分かったんだよ、見えたのか?」
「真鍮製の弾丸なんか使ったら重くて加速が足りないから見えるよ」
「それでも時速200キロは出てるんだぞ!?――こ、これは公式試合じゃねぇから関係ねぇだろ!」
「あとそのサーボのモーターもオフィシャル外でしょ――こっちはオフィシャルで揃えてるのに」
「何が悪い!」
「でも、そのモーターには悪癖があってね。ソルダートに負荷を与えすぎるんだよ。ほら、関節が上手く動いてない。整備すら怠って」
アイリスは、相手の右足の関節の調子が悪くなっているのを鋭く見抜いた。
だから弱点になっている右側を攻める。――そんな事しなくても勝てるのだが。
こうしてものの30秒で、戦いの片は付いた。
「私に勝負を挑むのは、10年早い」
「テ、テメ・・・」
「言ったよね? 私が勝ったら話しかけないでって」
「ぐ・・・・」
そこでMr.クソガキの肩が、店長によって叩かれた。
ここの店長は、銀河大会の準優勝者であるアイリスと命理のファンなのだ。
「私はアイリス・ヤチマタと成田 命理のファンでね。試合を見せてもらっていたよ。キミ、真鍮製の弾丸を使っていたっていうのは本当かい? ソルダートでは相手のプラモデルが傷つくのは仕方ないが、傷つけるのは大きな罪だ。この事は公式に通報させてもらう。キミは確かネバーシティ市立高校の選手だったよね? キミの学校は公式試合の出場停止になるだろう」
「えっ!? いや・・・・え!? 通報は許して下さい!!」
この後、Mr.クソガキは部の人間から散々罵られる事になる。さらに学校でも居場所はなくなっていく。
店長は溜息を吐いた。
「君もソルダートプレイヤーなら、アイリス・ヤチマタと成田 命理の名前くらい知って置いたほうが良い」
「へ、アイリスと命理を? ・・・・なんでだよ?」
「あの二人は、去年の銀河大会の準優勝チームのスタメンだ」
「!?」
Mr.クソガキは喧嘩を売った相手が何だったのか知って、強く後悔した。
自分はベンチなのに、まさかアイリスと命理が銀河大会の準優勝者だったとは、そんなのを相手したいたとは・・・勝てるわけがない。
しかもその事で店長に通報までされてしまった。――だがもう遅い。
彼の運命は、今からでは変わらない。
Mr.クソガキが店のバックヤードに連れて行かれるのを見て、命理が少し掠れた笑いを見せた。
アイリスは命理の肩を叩く。
「悪者の成敗完了。――溜飲下がった?」
「ちょ、ちょっとだけ。――私のために、ありがとねアイリス」
「いいって事よ。強くなれたの命理ちゃんのお陰だし」
「アイリスって、いつも機転とかでなんとかしちゃうし、ほんとヒーローみたい」
「いや、今回は相手が弱すぎて頭使えなかったよ。残念」
「そんなに弱かったんだ!?」
「うんうん、命理ちゃんの足元にも及ばないよ? あんなのもう気にする必要ない、命理ちゃんなら絶対負けない」
「そうなの!? ――アハハ、なんか色々楽になったよ! ありがとう!」
命理は、親友を敬慕の視線で視るのだった。




