377 特訓
「アイリス」
「はい」
タカモリ・コウヤが星空を見上げたまま呟く。
「俺、みんなが好きな事に自由に打ち込める世界が、欲しい」
「私も――そんな時代が来たら、凄く良いなって思います」
「でもさ、願いってのは祈るんじゃなくて、手に入れに行ったほうが近道だと思うんだ」
「そう・・・・ですね」
「だから俺が、戦争を終わらせてくるよ」
「・・・・はい」
「戦争が終わったら――またイントロフレームで競おうな!」
「―――はい!!」
「すぐに戻るよ」
部長の青空のようなほほえみに、アイリスは部長を眩しくみるように目を細めて、笑顔を返した。
アイリスのその笑顔は―――まるで、ひだまりだった。
「命理ちゃん。私、もう二度と油断しない。慢心なんてしない。策士としてだけじゃない最強のソルダート操縦者になる!!」
「うん!」
春――新入生勧誘の前、アイリスは命理に挑むように宣言した。
アイリスは誓ったのだ。「二度と負けない」と――「二度と負けさせない」と。
「だから命理ちゃん――教えて、イントロフレームの操縦の仕方を!」
「厳しくなるけど、いい?」
「望むところよ!」
「じゃあ、まずは私の家のVRに潜ってもらう」
「VR? 今更? ――それなら散々」
「私の家のVRは特別製なんだ。スズサキ・シミュレーターという物があるのよ」
「スズサキ・シミュレーター・・・?」
「はるか昔にいたという、伝説のパイロット〝スズサキ〟を模したシミュレーター。――彼女に、ソルダートで挑んでもらう」
「その人はどうして伝説と呼ばれているの?」
「フェイテルワンダーのプレイヤーの中でも最強の化け物だったらしいわ」
「そ、そんな人に勝てるの?」
「うちのお父様は、たった1回勝つのに、3年掛かったらしい」
「3年で1回・・・・――でも伝説のパイロットなんて。よくそんな昔のデータが平行世界人に破壊されずに残っていたね」
「戦争で使われているバーサスフレームの戦闘補助AIの元になっていたから、厳重にバックアップされているのよ」
「いたから?」
「今は平行世界人から奪ったアルゴリズム――ベクター・アルゴリズムを元にしたコードに、少しずつ置き換えられて行ってる――でもこれ、敵のハッキングに弱いって云われているらしいのだけれど・・・」
「大丈夫なの・・・それ?」
「ベクターアルゴリズムに関しては、私は全く分からない」
「・・・まあ、そうよね」
「ただ、スズサキ・アルゴリズムは、そもそもスズサキは戦闘機乗りだから人型兵器のAIとしてはあまり優秀じゃないんだよね。――でも、人型兵器に乗ったスズサキにすら、私じゃ一度も勝てていないわ。――あれは本当に化け物だから、多分AIを備えたマシンでないと勝てない」
「・・・化け物?」
かくして、アイリスはスズサキに挑んだ。
すると、命理は驚愕する事になる。
「うそ――本当に出したの? スコアを」
スズサキ・シミュレーターに初めて挑んだ人間は、ことごとくがスコア0で終わる。
ところがスコア1。
たった1点、されど1点。
今まで、初見でスズサキからスコアを取れた人間はいない。
どれほどイントロフレームや、バーサスフレームに熟達した人間でも、初見殺しを乱れ打ちしてくるスズサキからは、初見でスコアを取れないのだ。
ところが、アイリスは初見でバルカンを一撃当てた。
これは快挙だった。
けれど当のアイリスは、鎮痛な面持ちになる。
「――1点って、なにこれ。あんな化け物に勝てるわけ無いじゃん」
しかし命理は、目を丸くしたままアイリスに訊ねる。
「違うよ、アイリス! あれはそもそも初見で、攻撃を当てられるような相手じゃない! 凄いことなのよ! ――アイリスは、どうやって当てたの?」
アイリスは、VRチェアの上で少し首を傾げて答える。
「そ、そうなの? ――でも、なんか・・・分かったんだよね。こう来るんじゃないかって」
「また、いつもみたいに相手の行動を計算して予測したの?」
「そう言うんじゃなくて『自分ならこうするだろうなあって』思ったら、その通りに動いてきて――分かっちゃったと言うか」
要領を得ない答えに命理も混乱したが、とにかくアイリスはどうやらこのシミュレーターに向いているようだった。
「じゃあ、更に続けよう。きっと向いているのよ」
「うん!」
アイリスはスズサキのテクニックを、まるでコピーするかのように成長していく。
「アイリス・・・・貴女もしかして、パイロットとしても天才かもしれない」
「なんか、このスズサキって人のテクニックを見てると、どれも馴染むというか、忘れていた記憶が呼び起こされていくみたいな感覚になるというか」
こうして、アイリスはパイロットとしても見違えるほどに強くなっていく。
そして遂には、
「あっ、勝っちゃった」
「も、もうスズサキに勝ったの!? ――うそでしょ!?」
「まあ、このスズサキは全力じゃないんでしょ? でも――なんか私、刀を使うのも向いているかも知れない――そういえば実家に刀っていうのがあったっけ」
「十六夜テイルの持っている武器で、ニホンという国の武器よね。私もそこの血を引いているらしいけど――というか、この大陸の南の方はニホンの血を引く人が多いんだっけ?」
「たしかそう。私の御先祖様って、サムライって言う人だったのかな?」
「にしてはアイリスって言う名前はニホン人らしくないし、アイリスは金髪だよね――でもヤチマタって、姓はニホンぽいか」
「ヤチマタに、どっかでヨーロッパの人が混じったのかな?」
こうしてアイリスは、驚くほどの速度でパイロットとしての腕も上げていったのである。




