376 弱点
熾烈を極める打ち合いを繰り返す両部長。――だが、崩壊は別の場所から来た。
『シビリアン1位、墜ちろぉぉぉ!!』
「――ぁぁあッ!」
アイリスの頭上から降ってくる、剣。
アイリスは、敵の策士シュネの動きを予想できていた。――けれど、アイリスの動きもシュネに予想されていた。
互いに予想できていた動き――ならば決着をつけるのは、互いの操縦技術。
アイリスがシュネの剣を受け止める。
「不味い、この後くるのは―――!」
アイリスはこの後の展開を予想していた。だが操縦技術が追いつかない、次にシュネの繰り出す攻撃を躱せない。
アイリスの剣にぶつかったシュネの剣がシーソーのように弾かれる。
「――っ!!」
弧を描いて半回転した剣の柄頭が、アイリスのイントロフレームの顎を打ち抜いた。
もげる、イントロフレームの頭パーツ。だけではなかった、カメラごといかれた。
ブラックアウトする、アイリスの機体のモニター。
情報を命とするアイリスに、この状況は不味い。
「いけない――これじゃッ!!」
VRを介して、横から衝撃が起こる。
疑似重力が、上下左右からアイリスに襲いかかる。
「転がってる!」
次の瞬間、咄嗟に胴体のコアを抜かれたことに、気づく。
アイリスは機体の体勢を操作しようとする。
「本命の腰のコアだけは――」
そこへ再び、衝撃。
「――あ・・・」
やがて、振動が収まる。
アイリスは、レバーを何度も何度も引く。
反応がない。
アイリスの顔色がどんどん悪くなっていく。
ついには青をこえて、白くなっていく。
腕が震える。舌の根がピリピリと痛む。鼻の奥がツンとした。
「う、動いて―――動いて十六夜テイル!! お願い、優勝させるってみんなに約束したの!! ―――動かないと負けてしまう!! 部長は最後なの――この大会が、ロベルトさんに勝てる最後のチャンスなのよ!!」
(今日を逃したら、きっとコウヤ部長とロベルトさんは二度と会うことが出来ない! ――ソルダートで競うことが出来ない!!)
アイリスの懇願はしかし、無情にコックピットの中に響くだけだった。
叫びながら、何度も操縦桿を振り回すように動かして――とうとうアイリスは腕を弛緩させた。
イントロフレームが死んでいる。
アイリスは、シュネに負けたのだ。
その事実を受け入れた途端、アイリスの瞳から涙が、幾筋も幾筋も流れだした。
アイリスは一人、暗いコックピットで嗚咽する。
「部長、ごめんなさい。――みんな、ごめんなさい。ごめんなさい」
とめどなく涙を溢れさせながら・・・嗚咽し続けた。
帝立ユニレウス学園は――準優勝。
無名から一気に準優勝は、胸を晴れる結果だと言っていいだろう。
しかしアイリスは、控室で泣きながら謝った。
「ごめんなさい――私が、もっと上手にイントロフレームを操れていたら・・・・!」
誰も彼女を責めなかった。
しかしアイリスはそれが辛かった――なによりも苦しかった。
敗北の原因は、アイリスだ。誰の目から見ても分かる。
「無名から準優勝、十分すぎる結果だよな」
「アイリスは、よくやってくれたよ」
部員たちがアイリスを慰める中、誰かが頭を下げたまま涙をこぼし続けるアイリスの腕を握った。
アイリスがぐしゃぐしゃになった顔を上げると、部長だった。
「約束、果たさせてくれて、ありがとな。ロベルトにもう一度会いに行かせてくれて、ありがとな!」
アイリスはもう、彼の腕を振りほどいたりしない。
彼があの時、自分の腕を握ってくれたから、自分は夢が持てた――みんなで銀河一になるという夢が出来た。
「今日までずっと、楽しかったぞ!」
部長の言葉でアイリスは部長に抱きついて、子供のようにわんわんと泣き崩れた。
こうしてアイリスたちの大会は終わった。
時は、いよいよ一人の人物を部から奪った。
「ああ、大会で優勝したいからせめて卒業まではって、待ってもらってたんだ」
コウヤ・タカモリは中学を卒業し、そのまま士官学校に入学することになった。
優秀なソルダート・プレイヤーであるコウヤには中学2年の時、既に士官学校への推薦状が送られてきていた。
卒業式――3年生達の見送り会は夕方まで行われた。
解散後、アイリスは部長に一緒に帰らないかと言った。
部長は微笑み頷いた。
やがて二人は、部長に「なぜソルダートをするの」と尋ねたあの公園でブランコに乗っていた。
あの日と同じようにアイリスがブランコに揺られていると、部長もあの日と同じようにブランコの上で胡座をかいて星空を見上げていた。
宝石箱をひっくり返したような星空が、騒がしい。
アイリスも星空を見上げてつぶやく。
「部長」
「ん?」
「約束守れなくてごめんなさい――そして、ありがと」
「アイリスは、俺とロベルトの約束を果たさせてくれたじゃないか。でも、なんのお礼だ?」
「―――私、あの時、部長に部に誘ってもらわなかったら、きっと今も毎日勉強だけして、暇つぶしにゲームを何の感慨もなくやるだけで、悶々としていただけだった。――でも今はみんなと銀河一になるっていう目標がある。だから、ありがとう」
「お前は既に、銀河一のシビリアンプレイヤーじゃないか」
アイリスは、頭を振った。
「あれは一人でやるものだから、一人じゃ気づけなかった。本気でやるっていう意味を、みんなで目標を目指すっていう気持ちの昂りを、部長やみんなに教えてもらえたから」
「そっか」
「部長のお給料なくなっても、ソルダートを続けるね。お陰様で蓄えもあるし」
「そっか」
「そして必ず――みんなで優勝してみせるから」
「ああ、―――後は任せた!」
「本当は部長とも一緒に、そこへ行きたかった」




