372 ウラのウラはオモテ
アイリスは部長の言葉に反応もせずに、疑問を投げる。
『このイントロフレームの動作って、操作レバーで操る分と、標準の動作以外に、20個のパーソナル動作っていうが入力できるけど、ここに入力できる動作は、どの関節をどの方向に何度曲がるとか――すべて自分で動作パラメーターを入力する必要があるんだよね?』
『そうだな。そこに、汎用的な動作を用意しておくのが一般的だ』
『じゃあ、用意しておく動作は、これと、これと・・・』
監督は、アイリスが動作を入力し終わるのを待って試合開始のブザーを鳴らした。
「では試合開始だ――レッツ、ソルダート!!」
アイリスが指示を出す。
『コタニ先輩は、部長と分隊を組んで。海斗先輩は私に、着いてきて。メイン分隊は私と海斗先輩。リードは私。――で、相手の状態なんだけど。相手は間違いなく、教科書通りの布陣を敷いている』
『なんでわかる』
『こちらの奇襲を警戒しているから。ならばコントロールできないような不測の事態は少ない方がいい。相手から見れば、教科書通りで勝てる相手なんだから』
『なるほど』
4人は、アイリスを先頭にして駆け出す。
海斗が、アイリスに並走しながら訊ねる。
『だけど一年、本当に大丈夫なのか? 操縦を理解したのは分かった――だけどお前、鈍そうだぞ。反射神経とかは無いんだろう?』
『海斗先輩、反射神経より速いものって、なんだと思う?』
『反射神経より速いもの? 機械か?』
『あくまで人間の出せる速さで』
『人間限定・・・? ――いや・・・・わからん』
『答えは、的中する予想。相手の動きが先に分かっていれば、反射で動く必要なんかない』
『いやそれ、的中すればだよな?』
『それに戦闘機の操縦や戦闘って、案外理詰めみたいです』
『そうなのか?』
『はい。でも操縦をマスターしたり、とんでもない空戦機動を行うなら、訓練には最低2000時間以上――できれば10000時間以上は欲しいみたいだけど』
命理が、最短ルートを最速で進み、いち早く中央の湖前のバリケードに張り付いて敵を待つ。
ネモが、配置についた命理に通信を入れた。
『命理、奇襲は正面以外を取るのがセオリーだから。警戒する方向は右、左、後、あとはアイリスの機体が十六夜テイルだから、上も』
『そっか、上も有り得るね』
『そうよ相手は飛べる。だから――奇襲の可能性が高いのは、命理のいるバリケード地点を落としやすい左の崖の強ポジション。崖の上に飛んでこれるのだから、真っ先に取りに来るはず。――だけどそこには2年の先輩二人に向かって貰ったから。初心者には穫れない。――さらに私が、バリケードも崖も狙撃できる位置に待機してる。――相手の甘い考えなんて、お見通し♪』
『流石ネモ、勝ったも同然じゃん』
『さあ、どこからでも――――え? ――』
ネモの心臓が跳ねた。
4機が一斉に、命理の真正面から出てきたからだ。
『――なん――っ、真正面!? 奇襲無しなの!? 十六夜テイルが飛んですら来ないなんて!! ――不味っ、――命理!!』
『うそでしょ!? ―――ネモの予測が初めて外れた!?』
『でも命理、焦らないで下がって! こ、こんなの不測の事態ですらない・・・・!! 私の狙撃があれば、部長以外の三人は抑えられる。アンタの操縦力があれば、アンタが撤退するまでの時間くらいは部長を抑えられる――部長以外は烏合の衆、実質アンタと部長の一対一なんだから!!』
ネモの狙撃が右の崖の上から、十六夜テイルに放たれた。
ネモは、十六夜テイルの外装が弾き飛ぶ姿を脳裏に浮かべた。
イントロフレームを初めて扱うような相手は、これで終わりだと思った。
ところが十六夜テイルが撃たれる前に宙返り、そのまま変形し、飛翔した。
まるでネモの位置も、撃ってくるタイミングも〝知っている〟かのような動きだった。
だがネモは鼻で笑う。
『ちゅ、宙返りとか、――20個しかないパーソナル動作に、無駄な動作を登録して――無駄遣いして。やっぱり素人――』
だが、次の瞬間ネモは動揺する。
『――あの低空飛行はなに!? あんな高等テクニック、なぜ出来るの!?』
イントロフレームを初めて操縦する人間ができるテクニックなんかじゃない。
ネモは、アイリスという一年生に声を荒げる。
『アイリス・ヤチマタ! 貴女、イントロフレームを操縦するのは初めてだって言ってたわよね!? 初めての人間が飛行機の機体なんて、そんなに上手く扱えるわけがない!!』
『初めてだよ。だけど飛び方はさっき憶えた』
『さ、さっき憶えた!?』
『幸いイントロフレームに筋力はいらない。マニュアルに書かれた流体力学を憶え、適切なタイミングと角度で飛べば、低空飛行でもなんでも出来る』
(それにこの機体、操作は難しいけど、空力特性が良く練られてて揚力が凄く高い。かなり無茶な動きをするのを想定しているのか、素人の私がミスっても、失速の兆候すらない)
『憶えたって。さっきタカモリ先輩にマニュアル渡されてたけど・・・10分で憶えたの!?』
『いいえ』
『そ、そうよね』
『7分よ』
『ばっ、そんな馬鹿な事―――!』
『ネモちゃん。海斗先輩とコタニ先輩が最弱って情報もそうだけど、私が弱いなんてニセ情報、どうして信じたの?』
『――ネモちゃ・・・? ―――くっ。だけどアッチは飛行機の翼を動かす為に、動作を使っているはず。残り少ない動作を更に無駄遣いしているんだから、やっぱり素人ね! アイリスって子が躱すなら、コタニ先輩を狙――』
ネモが狙撃対象を変更しようとすると、アイリスが湖面の上をアイススケートでもするように飛んだ。
背中に背負ったロケットスラスターを全力で噴射して。
巻き上がる水蒸気。
『――湖の水で、ブラウンアウトさせた!?』
『これで、遠距離から狙撃は出来ないよね』
『次から次へと、動作の無駄遣い!!』
更に海斗とコタニが、水中に潜る。
弾丸は水中では、瞬く間に減速する――ましてやプラ弾なら、まともに直進できない。
『なんっ――不味い、あれじゃ狙撃できない! 命理、逃げて!! ――』
ネモは命理への撤退命令を、悲鳴のように伝えた。




