371 謀
「命理・・・ちゃん・・・?」
「正々堂々、教えてくれてありがとね。でも注意して、戦いは騙し合いだから。私を信じちゃだめだよ、命理ちゃん。海斗先輩とコタニ先輩が最弱だって情報も、疑うべきだし。―――時給800クレジットの為にも、私は負けるつもりはないから」
「まあ、こっちも負ける気はないよ。誇りに懸けて」
こうして、アイリスの入部を掛けた戦いが始まった。
フィールドは森と湖と河と崖がある、よくあるフィールドが選ばれた。
過去の女子先輩が残していった、本物の木が盆栽のように生え、水も湧き出しているテラリウムのような見事なフィールドだった。ちなみに木々の幹にはプラ弾が当たっても傷つかないように、ダイラタンシーによる防護が巻かれている。
アイリス、コウヤ、海斗、コタニが開始位置に着いた。
アイリスは、フィールドと相手メンバーの情報を見つめ続ける。
目と、指を素早く動かし、ゲームを解いていく。
しかし部長はアイリスの機体を観て、少し訝しがる。
『アイリス。無重力ステージで対戦する時に使う、小型ロケットスラスターを背負っているように見えるんだが?』
『うん、必要だと思ったから』
『その機体は確かに空を飛べるが、小型スラスターなんかで重力下を飛んだら、またたく間に燃料切れになるぞ。それは無重力で小刻みに使う為のスラスターだ』
『飛ぶのは、プロペラで飛ぶよ――』
アイリスは部長に返事をすると、自チームのメンバーに説明を開始した。
『部長、海斗先輩、コタニ先輩。まずは作戦の前提を、話しておくね』
『ん、なんだ?』
アイリスはゲームを解きながら、部長の問いに答える。
ただ返事はしているものの、その姿は自動で答えるコンピューターの様であった。
『この戦い、3対4になる』
『どういう意味だ?』
『私は、このイントロフレームっていうのを初めて操作するから戦力外って事。VRで操縦桿を握るとか初めてだし』
『なるほど』
すると、海斗が悪態をつく。
『うっげぇ、そんなの勝てるわけねーじゃん。部長、俺、コタニが組んだら、4vs4でも今まで勝ったこと無いのに。俺等一回も命理とネモに勝ってないし、部長vs命理ネモ、2年最強の二人の、実質1vs4じゃん』
『そうとも言える』
肯定したアイリスの言葉に、海斗が涙声になった。
『ちょっとは否定しろって1年生。2年生を虐めるのはよくないぞ!』
コタニも涙を流す。
『今年の1年は、どうしてこう2年に優しくないんだ』
アイリスは二人の様子を気にしないで、言葉を続ける。
『そして作戦だけれど。古来から、数的劣勢を覆す方法は限られている。それはつまり――』
『奇襲か』
部長が、アイリスの言葉を先に続けた。
ここまでは、タカモリにも思いつく話だ。
『そう。奇襲を仕掛けるしか無い。命理先輩とネモ先輩は、先程の試合では奇襲に対して無警戒だった。けれど今回は、私の情報が敵に知られている。だから――』
アイリスが味方に作戦を説明している間に、ネモもメンバーに考えを共有していた。
『というわけで、部長以外は脅威じゃない。他の相手は、インフレを初めて操縦する一年生に、私たちに一度も勝った事が無かった海斗先輩と、コタニ先輩。――なら、これは実質1vs4。せんぱいくんか、コタニ先輩か、一年生か。どこか一箇所が、隙を見せたらそこを潰す。そこから手薄になった場所を順に潰していけば、いつも通り部長が一人になるんで、囲んで終わりよ♪』
『今回も、簡単に勝てそうだね』
命理の言葉に、ネモが首を振って返す。
『油断しないで。さっきは私と命理が油断したから、海斗先輩くんとコタニ先輩に負けた。だけど今の私達は、ヤチマタって子が何かの作戦を使ってくる事が分かっている。そんなアドバンテージは、油断すれば無くなる』
『なるほど、そう言われると、そっか』
『けれど、どちらにせよ――不利を覆すのはいつだって〝奇策〟よ♪ 奇襲さえ警戒すれば良いの』
ネモチームの、2年の二人組も返事をする。
『わかった、任せろ。俺たちだって、ポッと出の下級生に負けるわけに行かない』
『うんうん』
命理も頷いた。
『了解』
『――なんて、向こうは考える』
アイリスは、メンバーに通信を続けていた。
『なに・・・? ――アイリス、つまりはどういうことだ』
『相手の考えは、今言った通り〝奇襲〟の警戒。だから、私達は正々堂々真っ向勝負で行く』
『おいおい。俺たちの味方は、海斗とコタニとお前だぞ。ネモと命理相手に、真っ向勝負だと勝負にならない』
するとアイリスがお礼を言った。
『部長、戦闘機の操縦マニュアルありがとうございます。全部覚えました。本棚に返しときました』
『は? 全部覚えたって、10分前に渡したテキストだぞ? あの戦闘機のテキスト、詳しい航空力学や航宙力学、果ては戦闘機の歴史や実戦例まで載ってて、ちょっとした辞書一冊分はあるんだぞ』
海斗とコタニが、アイリスの言葉に驚く。
『え、うそ』
『俺たちイントロフレームの操作マニュアルすら、全部読めてないのに』
『お前らは、さっさと読め』
コウヤは海斗とコタニにツッコミを入れてから、アイリスに訊ねる。
『本当に憶えたのか?』
『はい』
『なら試すぞ? ちょっと待て、』
コウヤがVRにテキストを呼び出す。
『581ページ、5行目から』
『ブラウンアウト。砂漠などで起こる現象。砂塵などを巻き上げる事で起こる視界不良。また機体が砂塵を吸い込む事により、機動性を著しく失う危険性や、動力停止の可能性もある危険な状態。交戦中ブラウンアウトを起こした場合、事故や墜落は30%以上に及んでおり――』
『オーケー。お前・・・・マジで全部憶えたんだな』




