370 アゲハチョウ
「部長はつまりこう言いたいんですか? ――この部で、2番目と3番目の実力者である私と命理が、横からほんの少し口を出しただけの1年生に負けたと? ――だからその子を、部に入れると?」
「正しくそうだ」
この部長とネモのやり取りに、海斗とコタニが抗議する。
「まて、実際戦ったのは俺とコタニだぞ!」
「ソウダ! ソウダ!」
「先輩たちは黙って!」
「「キャン」」
ネモが斬りつけるように振り返って吐いた舌端の火に、海斗とコタニは尻尾を巻いて抱き合う。
ネモはアイリスに、半眼のまま射殺すかのような視線を向けた。
「貴女、ソルダートの経験はあるのよね?」
「一度もないけど」
「一度もない? ・・・・一度も!? き、気に入らない。私と命理はね、ずっとソルダートをプレイしてきたのよ――将校である親達に命令されて、貴族の嗜みとして――ずっと戦争の真似ごととして訓練してきたの。それを、一度もソルダートをしたことのない同い年に負けるなんて、これがどれだけ屈辱的な事かわかる!?」
海斗とコタニが「いや、俺らなんか年下にずっと勝てなかったんだけど」、「うん」などとボヤいているが、そんな声は無視された。
コウヤは、ネモの本気のイライラを感じて、アイリスがなぜ強いのかを説明しようとする。
「まあ、そう言うなって。実はアイリスはシビリ――」
しかし、コウヤが言い掛けた言葉は命理の声に覆いかぶされた。
ついには命理まで反応した。
「ヤチマタさん、私やネモと勝負しない?」
「え?」
「私も少し、悔しいんだよね」
アイリスには命理の瞳の奥に、誇りという名の炎が揺れている気がした。
さらにネモが付け加える。
「私たちが勝ったら、貴女の入部は認めない。もちろん勝負を断っても」
ネモが指をアイリスに突きつけた。
桜貝ように滑らかな爪が、槍の切っ先のように輝いた。
「えっと・・・そういうのは面倒くさいというのは・・・」
アイリスは言ったが、ネモが一歩踏み出す。
睨めつける眼光が、半眼から放たれている。
「私達の名に泥を塗っておいて、通ると思う?」
「汚名を濯ぐまで、引き下がれないって訳?」
「端的に言うとそういう事」
「良いけど、恥の上塗りって言葉があることは忘れないようにして」
アイリスも引き下がれない。性格も物覚えも悪いMr.クソガキに勉強を教えるのは、もう懲り懲りなのだ。
それに一時間800クレジットがあれば、あまり裕福ではない家族に、美味しいものを沢山食べさせられる。
今日は大正百貨店で、うな重でも買って帰ろう。
ネモが、アイリスを睨んだまま返す。
「言うじゃん。監督――オフィシャル戦のルールで、一番難しいと言われる500ワット級の試合形式の許可を」
「お前らなあ――まあ、勝手にしろ」
アイリスが眉をひそめる。
「私、入部したばかりで機体がないのだけれど」
「そこの棚に、歴代の先輩や私達が作ったプラモデルが沢山あるから選んだら良いわ」
「なるほど、じゃあ――」
アイリスは壁際に並べられた、大きなクリアケースのような――ショーケースのような棚の前に立つ。
コウヤが、全ての棚のドアの鍵を開けた。
アイリスはコウヤにお礼を言ってから、一つ一つ見詰めていく。
「自分に向いた形はどれだろう」と。
一つ一つ――一つ一つ。
ゆっくり歩みながら見詰めていくと、急に――アイリスは呼ばれたようにそちらを観た。
「これ――」
刀を持った、光り輝く様に塗装された青い機体だった。
オオルリアゲハのような羽根を持つ――氷の妖精のような機体。
特に、中のデッサン人形みたいな部分――イントロフレームまで、見事な青で美しい。
「――ねえ、この作品は何ていうの?」
答えたのは、命理だった。
「それは、なぜかどっかの会社が寄付してきた機体だったよね? ――確か名前は、十六夜テイル」
「この機体、青い蝶みたいで綺麗。色的にブルー・マウンテン・スワローテイル? ――オオルリアゲハ?」
「思い出した。寄付してきたのはオキノコウジ宇宙運輸。銀河の輸送事業を一手に引き受け、ゲートの管理も引き受けてる、とんでもない巨大企業のあそこだね。――ゲートは戦争でも大事だから、最近、すごく大変みたい。大変すぎて、とうとう軍需産業にまで乗り出した」
アイリスはその機体を手にとって、頷く。
なぜか確信が持てた。〝この機体は自分に向いている〟と。
「これにしよう」
コウヤ部長が、腕を組む。
「大丈夫か? そのイントロ・フレームは、ベアリングとかバリバリに埋め込まれているから、相当扱いづらいぞ」
海斗がウンウンと頷く。
「しかもプロペラ使って、レシプロ機みたいに飛ぶんだよ――プロペラドローンならわかるけど、レシプロ機だぞ――ラジコン飛行機みたいなもの。それをジャイロも無しのマニュアルで操作って・・・作ったやつの頭を疑うレベル。せめて、ヘリにしろと」
ネモが十六夜テイルを観ながら、何やら考え込む。
「それ世界最古のイントロフレームなんじゃないかとか言われてるんだよね。ほら、地球人が宇宙人のゲームに巻き込まれて、一気に科学が進んだ時代あるじゃない。フィテルワンダー・レジェンダリーとかいう謎のゲームが有ったって時代」
「あー、――教科書から出来事が削除されてる?」
「そうそう。市販のイントロフレームは、その十六夜テイルのイントロフレームを参考に、大量生産されてるって噂がある」
「そんな貴重な機体を、学校なんかに寄付してきたの?」
「変だよね。あとその機体、今度オキノコウジ重工からロールアウトされるスワローテイルって機体に内部機構が参考にされてるんだけど、スワローテイルってのも滅茶苦茶ピーキーらしい」
「滅茶苦茶ピーキー・・・・なるほど。でも大丈夫――このメカは、私に向いている。あ、だけど私、大会のルール知らない」
涼姫は夢を眺めながら、知っている名前が次から次へと出てきて。少し驚いていた。
命理が大会の説明する。指を立てて一つ一つルールを挙げる。
「動力の出力は500ワット。4vs4、フィールドはさっきまで使っていなかった場所も使うから25メートル四方のジオラマになる。あとは、さっきまで私達がやっていたのと同じ」
「4vs4のメンバーは?」
こちらに答えたのは、ネモだった。
「こっちは、私、命理、あと2年生のホン先輩とエカ先輩の二人を選ぶわ。そっちは好きに決めて」
部長が苦笑する。
「2年最強の二人じゃないか」
「問題ありますか?」
アイリスは、部長とネモのやり取りを気にせず答えた。
「じゃあこっちは、私、部長、海斗先輩、コタニ先輩で」
命理が、静かに質問を投げかけた。
「おや、ヤチマタさん。2年最弱の二人でいいのかい?」
命理の言葉に、海斗とコタニが抗議を始める。
「おい、命理お前なあ!?」
「はっきり言うなよなぁ!?」
「部長に私とネモは敵わないけど、海斗先輩とコタニ先輩が一緒の時に負けたことはないからね」
海斗とコタニは咽び泣くが、誰も気にすることはない。
アイリスは指の柔軟を初めながら、命理に答えた。
「命理ちゃん。戦術でいちばん大事なのは、何かわかる?」
「命理・・・ちゃん?」
「信頼だよ。入ってくる、情報にしても――命令にしても、人は信頼が有るからこそ、動ける」
「命理・・・・ちゃん?」
急に〝ちゃん〟付けで呼ばれて命理は戸惑う。
その様子を気にしないアイリスは、海斗とコタニを振り返った。
「先輩のお二人は、私のこと信じてくれますか?」
「ん、まあさっきの手並みはすごかったと思うぞ」
「確かに」
アイリスは、海斗とコタニの答えに満足気に頷いた。
「じゃあ今の私にとって、このメンバーが最強だよ、命理ちゃん」




