368 ゲームを解く少女
「まったまったまった! さっき海斗とコタニが言ってた通り、海斗とコタニは一度も命理とネモに勝ってないんだぞ!? なのに作戦を練れば!? ――じゃあ、例えばお前が命令すれば、海斗とコタニを、命理とネモ相手に勝たせられるってのか?」
「勝たせられる」
あっさり返したアイリスに、コウヤは少し驚いた。
「まじかよ。部で一番強い俺が海斗とコタニを率いても、海斗とコタニを一度もあの二人に勝たせられないのに!? ――本当に!?」
「問題ない」
アイリスが即答したので、コウヤが今度は目を見開いた。
「じゃあ、ちょっと待ってくれ」
「いや、私はもう行きたいんだけど」
眉をひそめるアイリスを気にすることもなく、コウヤは廊下で大声を張り上げる。
「おーい海斗、コタニ!!」
グラウンドを3周して、若干息を切らし戻ってきた海斗とコタニがコウヤに視線を向けた。
コウヤが手招きをすると、ゆっくり歩いてくる。
「なんすか部長」
「俺等今、鬼監督に虐められたところなんスけど」
「お前らさ、命理とネモに勝ちたくないか?」
コタニが、若干諦めたような虚無の笑顔を浮かべた。
「そりゃ勝ちたいですよ・・・俺等2年なのに、1年のあいつらに舐められっぱなしで」
「あのクソビッチ。俺のことを毎度毎度、雑魚雑魚言いやがって。ケツの穴に手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやりたいッス・・・・けど」
「じゃあ、オレの指示に従え。そしたら勝たせてやる」
コタニが、臭い匂いでも嗅いだような顔になった。
「部長が? 胡散臭い」
「部長は確かにあの二人より強いですけど、俺等と組んだら負けるじゃないですか。俺等があの二人に勝てるわけがないんスよ」
「いーからいーから、ほら、VRの個別回線開け――」
二人に命令してから、コウヤがまた声を張り上げる。
アイリスは、体育会系のノリな大声にウンザリした表情になる。
「――監督ー! 海斗とコタニが、命理とネモに再挑戦したいって言ってます」
すると筋骨隆々で、ピチピチのシャツを着た監督も大声で返す。
アイリスは、大声を出さなくても聞こえるのに、なぜ大声を出す必要があるのかと呆れる。
「はあー? 二人はもう負けただろう。というか再挑戦って一度も勝ったことがないのに今更」
「命理とネモとか、ゴミすぎて相手にならない。次は勝てるって豪語してますよ。負けたらグラウンド10周するそうです」
「ちょ、部長!?」
「やめっ!!」
すると、ネモがニタニタ笑いながら廊下側の窓際に近づいてくる。
いつも半眼にしている目で、睨めつくような流眄を送って、前かがみな顔で言う。
「海斗せんぱいくんってば、もしかして悔しくなっちゃいました? ザコの癖に自我に目覚めちゃってキモォい♥ 何を勘違いしちゃったのかなぁ? ま、勝負してあげてもいいですけど。負けたら、グラウンド10周する時はせんぱいくんだけ、ずっと『私はネモ様に勝てません、雑魚でごめんなさい』って叫び続けて貰えますか♥ 私はグラウンドに居てあげますから、言葉を言う時は毎回、私の目を見るんです」
「ふっざけんな、このクソビッチ! ――誰がそんな条件・・・!」
「よし、それでいいぞ」
コウヤが勝手に条件を飲ませた。
「部長ォ!?」
するとネモが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、録画する準備しときます~。命理もコタニ先輩になにか条件作ったら?
「興味ない」
「なんで~? 負けたら今度こそ機体をプラ弾でバキバキにしてあげるとかさぁ♪」
「おまっ、ちょっ・・・んなことされたら、俺は卒倒するぞ!!」
すると命理は、むしろネモに少しムッとした。
「何いってんのよ、プラモデルが可哀想じゃん」
踵を返した命理は、さっさと選手台に向かった。
アイリスは「試合とか、面倒くさいなあ」と思いながらため息を吐いた。
監督が手を挙げて宣言する。
「じゃあ、フィールドの形を変えるぞー」
プラモを纏ったイントロフレームが、余裕を持って駆け回れるようなジオラマ・フィールド。
そこにそびえていたビルのようなブロックたちが、一度フィールドの下に消えた。
そうして、ランダムに選ばれ出現したジオラマが今回のフィールドを形成した。
コウヤが試合場に声が聞こえないように小さめの声で、隣に立つアイリスに訊ねる。
「おっ、面白い形になったな。アイリス、どうする? ――ロングがやたら多い。高台も多いしフィールドを一望できる。しかし隠れる場所が少ない。遠距離射撃が得意なネモが猛威を振るう形だ――」
笑ったコウヤが振り向くと、アイリスの瞳が物凄い勢いで左右に動いているのが見えた。
その指がそれぞれ、別々の生き物のようにうごめいて、まるで見えないゲームを解いていくような姿が幻視される。
実際アイリスの脳裏には、数百――数千の盤面が浮かび上がっていた。
これらをアイリスは精査して、回答になり得る盤面を絞っていく。
アイリスの異常な姿をコウヤは見上げて、ニヤリと笑った。
「こりゃ、こっちの方が面白いな。――と、試合が始まる。アイリス、最初の命令はなんだ?」
だがアイリスからの答えはない。
アイリスはコウヤの声を無視したまま、指と目を動かし続けている。
「おい、アイリス、本当に始まるぞ?」
コウヤの声と同時に、試合開始のブザーが鳴った。
戦場の様子が、先程の「命理&ネモ vs 海斗&コタニ」と同じ形になり始めた。
命理のバレリーナのような機体が一気に突っ込んで、敵陣に食い込む。
相変わらず、凄まじい速度だ。
「おいまて、このままだとまた海斗とコタニは手も足も出ずに負ける。それでグラウンド10周は、流石に可哀想――」
「解けました」
「は? 解けた?」
「海斗先輩を南へ展開。3秒後コタニ先輩を北へ展開。海斗先輩はどこでも良いから適当に発砲」
「わ、分かった。おい、海斗、コタニよく聴け――」
コウヤは二人に通信を送る。
そうしてから再びアイリスを見た。
「――でアイリス、それから?」
「終わり。指示はもう何もなし」
「はぁ!?」
「ほら、コタニ先輩が命理さんの背後を取った」
「なに?」
コウヤが見れば、確かに命理の背後をコタニが取って狙撃。
プラ弾が、命理に炸裂した。
「えっ、まってどゆこと!?」
振り返って驚きの声を上げた、命理。
アサルトライフルから連射される弾丸が、そのままコアにヒットする。
自機を停止された命理が、驚愕の声を出す。
「えっ、なに・・・なんなの、これ?」




