365 フェイテルリンク・レジェンディア前夜
ここから過去話になります。
ちょっと長いんですが、フェイテルリンク・レジェンディアの全貌が掴めると思います。
本当はもっと短くしたかったんですが、重要なシーンばかりで削れず。すみません。
◆◇Sight:三人称◇◆
鈴咲 涼姫はホテルの八街 アリスとの同室の部屋で静かに眠り、夢を見ていた。
眠る彼女の頭上には、湯船に持ち込もうとした飛行機のプラモデルがあった。
夢の中で知らない中学生が、廊下から部室らしき物を覗いて楽しそうな声を挙げる。
鈴咲 涼姫には、その光景がなぜかフェイテルリンクの世界の1100年ほど前の光景だと思えた。
「おっ、ソルダート部やってんねぇ」
帝立ユニレウス学園中学校の部活棟の一室で、全長15センチ程の人型のロボットが激しい戦いを繰り広げていた。
プラスチック樹脂で覆われた小さなロボットとは思えぬほど、自然な動きで試合場を跳ね回り、走り回る小型な人形たち。
少しくらいなら、宙にも浮いていられもするようだ。
「今日は、大会形式のFPSモードか?」
「いっけー! 命理!!」
「負けるなよ、海斗!!」
ソルダートとは、プラモデルを戦わせる競技。
イントロフレームにプラモデルの装甲を纏った機体が、今、市街を模したジオラマフィールド内を縦横無尽に走り回り、プラスチック弾を撃ち合う。
プラスチック弾といっても、銃口初速が時速300キロメートルを超えるもの。
人間を撃てば、十分に怪我をする威力だ。
こんなもので撃たれれば、プラスチック樹脂で出来たプラモデルもたまらないが、イントロフレームに装甲のようにくっついているプラモデル部分は、プラスチック樹脂が破壊される前に、できるだけ外れるようになっている。
とはいえ、当たりどころが悪いとプラスチック弾がめり込む事や、プラスチック樹脂が割れたりすることも有る。そういう時は所有者が愛を込めて修繕してやるのが、この小さな戦士たちを操る者たちのルールだ。
趣を凝らしたオリジナルの小型の戦士を持ちより、VR端末で操って戦う――それがソルダートという戦いだった。
現在、1年生の女子二人――成田 命理とネモ・アグリッパ vs 2年男子――沖田 海斗、コタニ・タモツのコンビで、試合が行われていた。
「くそっ――命理のエルフロウ、また走る速度が早くなった。追いつけないっ!」
命理という女子生徒の絵画にでも描かれていそうな、バレリーナを模した白い機体――エルフロウが目を疑うような速度で走る。
沖田 海斗という寝癖だらけの男子生徒は、マリンマスターというダイバーのような形に洋上迷彩を施したプラモデルのアサルトライフルでエルフロウを狙うが、すぐさま物陰に隠れられてしまう。
「あのカーブの曲がり方は卑怯だろう。まっすぐ突っ込んできたと思ったら、壁に張り付くみたいに曲がりやがって。隙がねぇ――だが、今日はいつもの様には行かねぇぞ」
海斗は機体を前に倒すと、四つん這いにした。
そうして車輪を回して、腕と足についている車輪で走りながら追いかける。
成田 命理が口の端を挙げて、ニヤリとする。
「先輩も、走行型の改造したんだ?」
「おうよ! 今日こそは命理、お前に勝つ!」
「ふふっ。先輩、私の運転に着いてこれるかな?」
「先輩舐めんな!」
海斗と、コタニがVRで通信を初めた。
VRを着けている、ソルダート操者は、自身が操る戦士と視界が共有されている。
『命理に追いつくために施した4駆改造だ、これなら追い詰められる筈。おい、コタニ。命理を挟み撃ちにするぞ』
『応よ、任せろ。今日こそ命理とネモ、あのコンビに引導を渡してやる!』
「1年コンビめ。こちとら2年だ! お前等に全敗なんて面子が立たねえんだよ! くらえ、俺のドリフトテクニック!」
海斗は命理の曲がった角を、ドリフトで曲がろうとした。
しかし、そんな彼の機体を遠くの角から狙う銃口があった。
「甘ぁい。車輪なんて曲がりにくい方法を選んじゃって。そんな下手なドリフトで壁から3センチも離れて曲がったら、隙だらけだよ。せんぱいくーん♥」
海斗の正面の白い構造物の上で、フロストクリアという名前の全身がスケルトンな、イントロフレームが丸見えの機体が膝をついていた。
スケルトンな見た目の機体が持つ、ロングレンジ用の長い銃からプラスチックの弾丸が放たれる。
コイルで加速された杭が、プラ弾を十分に加速させて発射したのだ。
ネモのフロストクリアは、その動力の大部分を銃弾の加速に使用しているため鈍重だ。
しかしその分、フロストクリアの放つ弾丸の初速は時速600キロメートルにも達する。
幾らプラスチック弾でも人間の肉なら、簡単に穿つ速度だ。
イントロフレームの持つプラ弾が、角を曲がろうとして軌道を膨らませた海斗の機体のプラモを弾く。
プラモ装甲が剥がれ、現れたコアに、すかさずもう一発のプラ弾が飛んできて命中した。
コアを撃ち抜かれたことで、イントロフレームが停止。ピクリとも動かなくなった。
空気に翻弄されやすいプラ弾とは思えない、恐るべき狙撃力である。
『ゲッチュ♥ せんぱいくーん、よわぁい♪』
『なっ――命理は囮だったのかよ! ―――狙ってやがったな、このクソビッチ!!』
『ざぁこ♥ ざぁこ♥』
『黙れこのビィィィィッチ!!』
夢を見ている涼姫は、このネモという女の子をどこかで見たような気がした。
(そうだ、ミサキちゃんのお母さんに似てるんだ。あのお母さんの方がずっと上品で落ち着いた感じだったけど、このネモって人が大人になったらあんな風になるのかも知れない・・・・それにあのお母さん、名前は沖田 ネモだって聞いた・・・・ネモ・アグリッパ。沖田 海斗―――そういう事なんだね)
海斗は機体が停止したのでVRメットを脱ぐ。海斗の視界が現実に戻る。
すると、5メートル四方のジオラマの試合場が俯瞰できた。
見れば――通路の出口でコタニの黄色い機体が剣を振り上げ、命理を待ち伏せしている。
「やっちまえコタニ!!」
ギアを脱いだことで、海斗の声はコタニに届かないが、海斗はコタニを応援した。
コタニは命理の機体が通路を飛び出してきた所に、剣を振り下ろす。
完全に奇襲だ。
『命理、今日こそ覚悟しろや!!』
命理がVRで操縦桿を引く。
『甘いッ!!』
襲いかかったコタニと、彼の機体を視る海斗は「完全に一本取った」と思った。
――ところが剣は空を切る。
エルフロウが、機体の右足の車輪を停止――右足に重心を預けて、股を大きく開いたのだ。
コンパスのように回転したエルフロウが、剣を躱したのである。
さらにコンパスは、コタニの黄色い機体を掠めて足払い。
コタニの機体は、盛大な音を立てて転倒した。
コタニのモニターに、突きつけられた銃口が映った。
命理という生徒の静かな声が、コタニに掛かる。
『先輩、まだまだだね。さて、この至近距離で銃を撃てばプラモデルがただじゃ済まない、私は無駄にプラモデルを傷つけたくない。先輩は、降参するべきだと思うんだけど?』
『わ、分かった。参ったよ』
ビィィィ という電子音が試合終了を告げた。
命理がVRを脱ぐと、銀髪が光の奔流の様に揺れた。
命理は、汗で顔に張り付いた銀髪を手のひらで払う。
彼女の「ふう」というため息が、色香を漂わせる。
命理はそうしてからネモを振り向いて歯を見せて「ニッ」と花が咲くように笑うと、手を掲げる。――そして、ネモと「イェイっ♪」とハイタッチ。
夢を見ている鈴咲 涼姫は思った。
(これが、命理ちゃん?)




