363 TACネームを貰います
私が、舌でオーケストラを聴くとかいう器用な事をしていると、涙目のエレノアさんがマイルズにキレていた。
「マイルズ! 貴方は! ワサビは辛くないジャパニーズハーブだと! なんですかこれは! とてつもなく辛いじゃないですか! ――しかも口、鼻、目を貫通して突き刺すような辛味! こんな異常な辛味、感じたことがないですよ!!」
エレノアさんが涙をボロボロ流しながら、となりのマイルズに猛抗議。
しかし、当のマイルズも、
「ま、待てエリー! ボクもこんな辛さは予想してなかった! なんだこれは! ボクの食べた寿司屋のワサビと、まるで違う!」
こちらも涙目。泣き虫マイルズになっている。
「そんなに辛いの?」と思い、私もワサビを一口。
なるほど、
「あー。このワサビ、本わさびじゃないですね」
全て理解した。
私が言うと、エレノアさんに ぽかぽか されているマイルズがこちらを振り向いた。
「ど、どういう事だ。スウ」
私は佇まいを正し、おしぼりを口に当て拭きながら、妖艶に告げる。
「これ、ホースラディッシュです」
「は?」
「ホースラディッシュって、よくローストビーフに添えられているあれですか?」
マイルズとエレノアさんが「きょとん」として返してきたので頷く。
「はい。ホースラディッシュ――和名、西洋わさびは育てやすいので、本わさびの代替として、チューブわさびや粉わさび等に使われています。ホースラディッシュは、わさびの辛味成分であるアリルイソチオシアネートの含有量が多く、もともと辛味が強いのですが、これを加工してさらに辛くして販売しています。このワサビは、こっちですね。マイルズがかつて食べたであろうワサビは、恐らく純粋な本わさびだったんじゃないでしょうか。本わさびは辛さが控えめで、繊細な香りが特徴です」
気づくと周りが「ぽかーん」だった。
音子さんが、若干呆れながら私に尋ねてくる。
「どこでそんな知識ゲットしてくるんや、女子高生」
「りょ、料理動画です」
私の答えに、ヒナさんが苦笑い。
「スウちゃんはもう、高校生クイズ選手権にでもエントリーしてみたら良いと思うわ」
「いや・・・・流石にそこまでの知識はないですよ」
「いや、お前の知識量はたまに異常性を感じる」
「ですね」
マイルズとエレノアさんまで、苦笑いだった。
若干異変は有ったものの、みんな食事を再開。
アリスが大トロのトロける味わいに、溶かしていた顔を「はた」とさせた。
「――そういえば、スウさんの作る煮魚はなぜかとても柔らかいんですよね。あれってずっと謎だったんですが、何故なんですか?」
「あー、あれもコツが有るんだよね。魚って時間を掛けて煮るほど固くなるから、一気に煮るの――焼き魚でも、コツは『強火の遠火』って言うからね」
「そうなんですか・・・! わたしも、今度やってみます」
「柔らかい煮魚!? ――スウさんの料理食べてみたい!」
綺怜くんがビックリしながら言うと、リッカが箸を咥えたままニヤリと笑った。リッカ、あんたも箸を咥えるのか。お行儀悪いって。
曲がりなりにも歴史ある名家の生まれなのに、行儀とかあんまり気にしないんだよねえ、あのチビっ子。
「スウの料理は本当においしいぞー」
すると綺雪ちゃんが眼を輝かせる。
「動画とかでも、スウさんの料理はおいしいって言ってる人が何度も出てきますよね。今度、料理を教えてくれませんか!?」
「あー。いいけど、大したことはしてないよ」
「やったあ!」
綺雪ちゃんはさすが女の子、お料理にも興味津々なんだね。
にしても私、綺雪ちゃんにいつも何か教えてんなー。
そこからしばし皆で新鮮なお魚に舌鼓。
ほんとブリとかも、コリッコリで美味しいんだ。
そこで私はふと周りに本物の軍人が3人いることに気づいて、前から尋ねたかった事を尋ねてみる。
料理とか全然関係ないけど。
「すっごく話は変わりますが、マイルズ、アレックスさん、エレノアさん」
「ん、どうした急に」
「何か質問か?」
「なんでありますか?」
「皆さんTACネームってあるんですか?」
「なるほど」
「気になるのか?」
「あー・・・」
私が3人に尋ねていると、綺怜くんが私に尋ねてきた。
「スウさん、TACネームってなんですか?」
「んとね、パイロット乗りのコードネームみたいなの。色んな国で採用されてるんだよ」
「へーーー」
するとエレノアさん。
「当職にTACネームはないですね。戦闘機に乗ってるのは、FLでだけですから。NATOとか関係ないので――NATOに参加していない日本でもTACネームは使用されていますが」
「あー、やっぱりそうなんですか」
次に、マイルズが答えてくれる。
「ボクはReach)だ」
「マイルからリーチなんだね」
「ああ」
そしてアレックスさん。
「俺は、Doggy」
「Doggy? なんでなんでしょう」
アレックスさんが「うーむ」と唸る。
「アメリカでは、犬の名前はアレックスって名前が一番多いらしい」
「あーっ、そうなんですか」
マイルズが笑う。
「実に、お似合いだろう」
「マイルズ・・・」
アレックスさんがマイルズに憎々しげな声を出してから、私に向き直る。
「そうだ、スウにもTACネームを着けようか?」
「付けて欲しいです!」
本物の戦闘機乗りさんにTACネームを付けてもらえるなんて、超嬉しい!
アレックスさんは腕を組んでしばらく目をつむっていた。
ワクワク。
アレックスさんが、暫くして目を開いて言う。
「ではスウのTACネームを発表しよう」
「はいっ!」
「ギークだ! ――」
・・・・。
なんか、眼の湿度が上がった。
「――な、泣くな! ごめん、マジでごめん、あああレディを泣かしちまった」
アレックスさんが凄い勢いで天を仰ぎ、両腕を広げたり、頭を抱えたりしながら、体全体を使ってガチで苦悩するようなポーズを取ったんで。
私は急いで表情を スン とさせる。スン とさせる表情筋操作はお手の物だ。
「嫌いですアレックスさん。アイスクリームを奢って下さい」
私が言うとアレックスさんは苦笑いをして「最高級のアイスをご馳走しよう、最高級レストラン――」「あ、そういうのはしんどいんで、要らないです、ラクトアイスクリームでいいです」
アレックスさんが「こういう人種は、逆に突破口が繊細すぎて強すぎる・・・」と、頭を抱えて、うなだれた。
でもとりあえず、アレックスさんが普段通りの顔になっているのでよかった。
だが、それはそれ、これはこれ。
「ギークは嫌です」
「お、おうじゃあなあ・・・・」
アレックスさんがしばらく熟考する。
そして頷いた。
「涼姫だから――クールでどうだ!」
「ちょ、ちょっと名前負けしちゃうかも」
「いや、ピッタリだろう」
「え、そうですか?」
「ピッタリだな」
「ピッタリですね」
プロの3人がなぜか意見を一致させた。
蟹の殻を剥いていたアリスが、こっちに向く。
「確かに涼姫にピッタリですよ。皆さん、わたしにもTACネームというのを付けてくれませんか?」
「そうだなあ・・・・」
アレックスさん、再び熟考。
「ワンダーはどうだ? ふしぎの国のアリスの原題『Alice's Adventures in Wonderland』から、ワンダーだアドベンチャーだと少し長い。タックネームは相手を短く呼ぶ為にあるからな」
「なるほどです! 素敵な名前をありがとうございます! ――でもアリスズでも良かったですけども」
「なんでだ?」
アレックスさんが、残念そうなアリスに首を傾げる。
「だって、アリ、スズですよ? ――アリスとスズヒが混ざってるんですよ?」
えっ・・・・なにそれ怖い・・・不思議の国のアリスにそんな秘密が?
その後リッカと綺雪ちゃんも欲しがって、
リッカは、サムライ。
綺雪ちゃんはジニアスとなった。




