359 釣ります
私が怒りに震えていると、アリスの視線が楽しそうに砂の上で転げるリイムに向かった。
「あ・・・・リイムに誘われたんですか」
「そ、そういうこと!」
「一人にするのも忍びないですもんね」
「理解してもらえて、良かったよ!」
「優しいですね、スウさんは。わたしはまた、本当に人間を止めるおつもりになられたのかと。―――どのように踏みとどまるよう説得しようか考えておりました」
なんかアリスの敬語が、いつも以上に丁寧になってるのが怖い。
「今回の人生では、人間以外になる予定はないかなー?」
「難しいところですね。頑張ってください」
「頑張らないといけないほど!?」
「それはともかく、そろそろ泳ぎましょうよ。スウさんって泳ぎ苦手なんですよね?」
「汝は、我がカナズチだと知った上で、泳ごうなどと暴挙に至るのか?」
「なぜ急にボス風な口調になったのかは分かりませんが、スウさんなら溺れても〖飛行〗とか〖念動力〗でなんとか出来ると思いますし、ちょっと溺れていませんか?」
「家訓でね。女と海には溺れるなってのが」
「そんなピンポイントな家訓、誰の作った家訓ですか」
「鈴咲 涼姫」
「でも、〖早泳ぎ〗のスキルが有るんでしょう? それで泳げないのってどうなんでしょう」
「う゛」
そんなスキルも持ってたなあ。
「クロールくらいなら教えますよ」
「それはとっても有り難い。じゃあまず海中で眼を開ける方法を教えて下さい」
「そこからですか」
なるほど、泳ぎを教えてくれるつもりだったんだね。
その後クロールを教えてもらうが、私は見事に溺れる。
「ガボボボボボボ」
ちなみにリイムは砂浜で、リッカ&マイルズ&アルカナくんと砂のお城を作っている。
リイムが無理やり誘ったらしい。
リッカが真剣な目で西洋のお城を作っている、どうも彼女は芸術家肌だったようだ。アルカナくんも真剣な目。
ていうか凄いな、あれ有名なノイシュヴァンシュタイン城じゃない?
ドイツのすんごい綺麗なお城。ザ・お城って感じのやつ。色んなアニメで参考にされてる。
それから細マッチョでイケメンのマイルズが、小さな赤いスコップで砂を掘っている姿は、なんともミスマッチで笑えるけどホッコリもする。
「スウさん、全然水に浮きませんね」
「ガボボボボボボボ」
ま、私はホッコリしてる場合じゃないんですけどね。
「筋肉が緊張してると沈むんで、緩めるんですよ。あと息を吸う時は、右に顔を上げながら右手を下げちゃだめですよ。バカみたいな姿勢になってますよ・・・・」
バカは酷い。
「・・・・スウさんにはクロールは難しいみたいですね。覚えるのは平泳ぎにしますか?」
「え、それは、なんかカッコ悪い。あれ、ガニ股でしょ?」
「右手を下げてる時に右に顔を挙げる姿よりは、ずっとマシですよ」
「ナンテコッタイ」
その後、みんなが海でピチピチ泳ぐ中、私は水に浮くことすら出来なかった。
リイムまで泳ぎだしてるし。犬かきで、アルカナくんと追いかけっこしてる。
あの細い前足(?)でどうやって掻いてるんだろう。
で、私はなんとか平泳ぎをマスターしたんだけど。
リッカが私を指さして、
「スウ、カッコワルイ」
と、ほざいたのだった。
まあガニ股開いて泳いでたらねー。
「さて、スウさんのガニ股配信を」
「するな!」
アリスが暴挙を極めようとしたので、即刻止めておいた。
ちなみにこの日、必死で覚えた平泳ぎだけど、海水の浮力のお陰で浮いていただけらしく――プールでは出来なかった事を追記しておきたい。
アリス曰く「あるある」らしい。
懸命に平泳ぎをする私を綺雪ちゃんが見て、苦笑い。
「スウさんにも苦手な物あるんですね」
「そりゃ有るよ、人とか、人間とか」
「・・・・そういうえばスウさんって、むしろ苦手なものが多い方でしたね・・・」
お気づきになられましたか。
私が平泳ぎをマスターした次の日、ロビーに行くと男性陣が釣り竿を持って集まっていた。
私は、オックスさんに尋ねる。
「魚釣りですか?」
「いい釣り場があるらしい」
「今夜のバーベキューの食材にどうかと思ってな」
「場所はどこですか?」
「ここから南に1キロ先らしい」
「え、海底遺跡の方角――それ海のど真ん中ですよね?」
「まあそうだ」
アリスが戸惑っているので、私は思いついた事をいってみる。
「空母かバーサスフレームで行きます?」
「あー、なるほどです」
アリスが私の言葉に納得の表情になった。
「クルーザーもチャーターできるらしいぞ」
「エイリアンクラーケンとかいるかもですし、バーサスフレームは有ったほうがいいかも知れません」
「クルーザーにも武器がついてるし、スウあたり生身でも勝ちそうだけどな」
「たやすく想像できるのがなんとも」
「ダンジョンクリア者だしなあ」
まあ、勝てないことはないと思うけど、それはリッカもアリスもだし。
「じゃあクルーザーでいきます?」
「いや、バーサスフレームも持っていこう」
というわけで私は、オックスさんの操舵するクルーザーにフェアリーテイルで着いていく。
『この辺りが釣りポイントらしい』
オックスさんからマップが送られてきたので、クルーザーの近くにフェアリーテイルをゆっくり着水。
海に ぷかぷか 浮かべた。
するとリッカが釣り竿を持ってフェアリーテイルの上に座った。
「えっ、リッカさん? な、何してるの」
理解できず、思わずさん付けで呼んでしまった。
「この上で釣る」
「まじで・・・?」
「スウもどうだ?」
「じゃあ、そうしようかな。海に宇宙船を浮かべて上から魚釣りもなかなか風情があるかもね」
「分かってもらえたか」
私はリッカの持ってきた餌の中から分けてもらって、釣り竿を垂らした。
餌はゴカイみたいな虫だった。クルーザーの方向から女子の才能を持つ人達の悲鳴が聞こえる。
私は女子の才能がないせいか、ゴカイとか平気らしい。
リイムも餌に興味あるのか、匂いをかいだ。
そして「これは食べられん」って顔をしかめたので思わず笑ってしまった。磯いよね(笑)
するとリイムが「ママが僕の事、笑ったー!」ってクチバシでつんつんしてくる。
「あはは、ゴメンゴメン」
私が謝ると、急にリイムが私の膝に乗ってスリスリしてくる。
まだまだ甘えん坊さんだ。
だけどねリイムくん。
君はもうライオンなサイズになってるんで、流石にお膝は無理があるかなあ?
リイムも無理だと気づいたのか、諦めて私に胴体を預けるようにもたれてきた。
体力のないママには、それもなかなかキツイんだけどね。
そこでふとリッカが静かだと思って、彼女に目を向けると、まるで禅でもしてるみたいに穏やかな表情だった。
さすが剣術家、静かな湖でも背後に見えてきそうだ。
邪魔するのも悪いので、私はリイムの巨体を支えながら彼の体を撫でていた。すると海面に浮かぶリッカの釣り竿の浮きが動いた。
あ、引いてる?
浮きが ちゃぷん と海に沈む。
うん、引いてる引いてる!
「リッカ引いてるよ、ほら引いて――」
「スピー」




