309 〈発狂〉デスロードに挑みます
私が着艦したタイミングは、丁度ティンクルスターが発艦するところだった。
操舵は、綺雪ちゃんらしい。
パイロットスーツ姿の綺雪ちゃんが、私の顔を心配そうに見る。
「スウさん・・・・配信みてました・・・」
「――うん」
「でも、大丈夫ですよ、きっとクレイジーギークスのみなさんなら何とか出来ますよ。私も手伝いますし。だから元気を出してください」
「・・・・うん、ありがとうね、綺雪ちゃん」
・・・綺雪ちゃんにまで心配を掛けてしまった。
「じゃあ、私ちょっと行ってきます。街への空爆とか、早く止めないとなんで」
「うん。お願いね、綺雪ちゃん」
「お任せ下さい!」
綺雪ちゃんが、走ってティンクルスターに消えていった。
私達は〖飛行〗でデッキに向かった。
そうして、すぐにさくらくんに向かう。
「ねぇ、さくらくん。お願いがあるんだ」
「ど、どうしました?」
「私の代わりに、フェアリーテイルに乗って」
「えっ!?」
「クレイジギークスでアレを乗りこなせるのは、さくらくんだけだから」
「か、構いませんが・・・・どうしたんですか?」
「私・・・・前みたいに飛行機に乗れなくなったみたい」
「な、なぜ!?」
「思い出せなくなったんだ・・・・訓練場での事」
「綺怜くん、マザーグースを操舵できる?」
「わ、わかった・・・」
こうして私はデッキの窓から、出撃していったフェアリーテイルを眺めた。
さすがさくらくん、〈励起翼〉も使いこなしてる。
アリスとリッカが、隣に立ってくれている。
私は、華麗に敵弾を躱す蝶を見ながら、涙を拭いた。
「すごいねさくらくん、あんなにコントロールが難しいフェアリーテイルを完璧に乗りこなしてる」
「・・・ですね」
「・・・・だな」
「二人共・・・分かったんだ、私」
「何がですか?」
「何をだ?」
「アリスに戦うのを止めてって言われて、どうして止めるのを渋ったのか。怖がりのくせに」
「・・・・はい」
「私、こうなるのが怖かったんだと思う。私戦わないと、普通の人になっちゃう」
「・・・・いえ、スウさんは」
「私って、戦うことがアイデンティだったんだよ。私なんて、戦わないと価値の無いじゃんって――みんなに、ファンにチヤホヤしてもらえないじゃんって」
アリスが抱きしめてくれる。
リッカが頭を撫でてくれる。
遠くで、ハクセンが心配そうにこっちを見ていた。
「欲深いね、私」
「良いんですよ、そんなの」
「努力の末に手に入れた立場だ、誇れ」
「私、これからどうしよう・・・・」
また視界がぼやけた、涙が滲んできてしまった。
その時、頭の中でカチリという音がした気がした。
「――え、今のなんの音?」
「音? ですか?」
「なにも聞こえなかったぞ?」
「いや・・・今、鍵が開くような音しなかった?」
すると、窓が開くような音もした。
その窓の向こうから、声がする。
『時が来たね――この記憶はプレゼント。〝隔離しておいた記憶〟の窓を今、開いたよ』
え・・・・隔離しておいた記憶って・・・・踏切ですれ違ったゴスロリ軍服の・・・・シュネ―――さん?
『ただ、思い出すのは、少し苦しいかもしれない』
「く、苦しい?」
『君は今から数秒で、9年間を再体験する事になる――それは苦しい体験になるだろう。それでも構わないかい?』
・・・・9年を数秒で?
で、でも、取り戻せるチャンスが有るなら――苦しくても取り戻すべきだし、取り戻したい。
「・・・・は、はい、お願いします・・・」
『耐えきるんだ』
記憶が窓から溢れ、一気に視界に流れて、頭の中に入ってくる。
「えっ・・・!? あ・・・・あ・・・・!」
「ど、どうしたんですか、スウさん!」
「どうした、凄い震えてるぞ!? 寒いのか!?」
「うわぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!」
あ、頭が割れそう!
それに訓練中VRで感じた辛さも返ってくる――でも各ステージをクリアした喜びだって感じる―――だけどその回数が少なすぎて・・・・殆どが苦しみに覆われてる。
私はうわ言のように記憶の言葉を繰り返し続ける。
アリスとリッカが「ギョッ」とした目で私を見始める。
やがて記憶が一番苦しかった時期に達して、私は思わず叫んだ。
「タ、タロースが強すぎる! どうしてもクリアできない!!」
ぼやける視界の向こうでアリスが、私に何かを呼びかけている。
「スウさん!? スウさん!! 何をブツブツ言ってるんですか!! しっかりして下さい!!」
数ヶ月を掛けて、タロースを初めて撃破。
「や、やっとターロースをクリアできた・・・・。こ、こいつがビ・・・・ビーナス! 最後の敵!!」
そうだ、ここからだ、ここからが更に酷いことになり始める。
「勝てない勝てない勝てない! あれから、ビーナスにたどり着けすらしない!」
「ビーナス!? スウさん!? どうしたんですか!!」
「どうした涼姫、白目を剥いて泡を吹いてるぞ!?」
アリスとリッカが私の体を揺すってるけど、私の脳内はそれどころではない。
「やっとビーナスに会えた! 今度こそ!!」
「だめだ、あんなのにどうやって勝てっていうんだ! ――スワローテイルが通れる隙間が、弾幕にないじゃないか!!」
「今日勝てなかったらもう、諦めよう」
「今日勝てなかったらもう、もうやめよう」
「今日勝てなかったらもう、最後にしよう」
「今までの時間を、全て台無しにするわけには・・・もう、クリアするしかないんだ!」
「ビーナスおかしすぎる。あんなの人間が、クリア出来るわけない。運営、何考えてるの? ――それにタロースも強すぎて、いつも実弾が残らない」
「あと少し、あと少しでビーナスを・・・・!」
「もう・・・無理だ」
「いや、今日こそ・・・今日こそ」
「ジャニベコフ効果・・・・これだ――! 光明がみえたかもッ!!」
光明を見つけて少し思い出す。
私は、飛ぶのが好きだ。
そうだ、いつの間にか苦しい、苦しいってそればかりだった。
ちがう、私は好きなんだ――飛ぶのが。
もう1度、飛び立とう!
「誰にもクリアできないメカアクション。こんなの眼の前に突き出されて、ワクワクしないわけ無いよね!」
「〈コンパクトミサイル〉全弾発射――! 〈励起翼〉の出力を臨界に引き上げて。―――いッッッけえぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇええええええ―――ッ!!」
――光を、暗く、冷たく、無音の世界に残して――、そして――
『〈ビーナス〉撃破。敵性反応、全て沈黙』
――Congratulation!(おめでとうございます!)――
『ついにやったねママ!』
『ほんとうに長かった、マザー』
「うん―――うん! ―――みんな、本当にありがとう―――!!」
「スウさん!!」
「スウ、起きろ!」
白目を剥いていたらしい私は、眼球をゆっくり下げる。
「クリア・・・・した」