311 化けの皮が剥がれます
私が湿地のロッジの暖炉で、アリスの持ってきた〝本物のチェダーチーズ〟をとろかせていると、後ろから命理ちゃんに話しかけられた。
「涼姫・・・・部屋にテントを張って、何をしているの?」
ギクリ。
私は油の切れたギアのように、後ろに首をめぐらす。
命理ちゃんの純粋無垢な瞳が、私を見ていた。
私は真実を映し出す瞳で、正体を顕した妖怪のように返事する。
「へ、部屋キャン」
一瞬の静寂、のち。
「・・・・そう」
命理ちゃんが目を伏せた。
やめて!? その可哀想な生き物を見たような空気、やめて!?
「今日は、アリスもリッカもクエストで居ないはずだったのに! 命理ちゃんも、クエストの筈じゃなかったの!!」
「依頼者が、急遽クエストをキャンセルしてきたのよ」
化けの皮が剥がれたモノノケが歌いだす。
「〽君の優しい瞳が、ボクは怖い~
ボクは蛇に睨まれたカエル~
蛇もカエルも、なんか似てる生き物~」
私が即興で哀しみの哀歌を歌っていると、
「当機も、一緒に部屋キャンしていい?」
えっ!? 参加してくれるの!?
「も、もちろん!」
「嬉しいわ。涼姫とのテント生活、楽しみ」
命理ちゃんがテントに入っていく。
「ここで二人で寝るのね? なんだか秘密基地みたいね」
「おっ! 少年心をくすぐられてる少女がいる」
「少女と言うには、1000年も生きているのだけれどね――でも案外女の子も秘密基地は好きな物だと思うわ」
おままごと出来そうだもんね。
おっと、せっかく溶かしたチーズが固まる前にアレを作らないと。
私は、キャンプ用の折りたたみ机にシートを張ってまな板を作る。
そうしてアリスの焼いたイギリスパン(実は日本で言うところのイギリスパンは、イギリスには存在しない)――御当地で言う所のスライスブレッドを用意。
これ、ライ麦の全粒粉を使っていて気泡が多いし、繊維の食感強い。
パサパサしてると言えばそう。
でも香り高いし、味がしっかりしてる。
そんな味は、酸味と苦味があるけど、ナッツみたいな甘みも感じる。
形は上が丸くて、背の高い食パン。
色はパンの耳だけじゃなくて、全体がこげ茶色。
それを薄くスライス。
一斤そのままなで自由な厚みにできるので、8枚切りみたいな厚さにする。
味や食感がしっかりしたパンだから、厚さは薄めがいい。
そこに、とろけた熟成・チェダーチーズ、若さ弾けるサニーレタス、フレッシュな完熟トマトを重ねる。
最後にハニーソースのローストハム(甘いソースを塗ってローストしたハム。肉の繊維や油がしっかりしてる)を乗せて、スライスブレッドで挟んだら。
プチ本格派サンドイッチの完成。
サンドイッチはイギリスが発祥らしい。
美味しいものあるじゃんね。
・・・なんで美味しいって言い張るんだって?
――だってイギリス料理が不味いとか言うと、アリスがプンプン丸になるんだもん。
もしかして、私って恐妻家?
いや待って、アリスは俺の嫁なの?
出来たサンドイッチを半分こに切って、命理ちゃんに半分を渡す。
「はい」
「やった、涼姫の手料理だわ」
「実際はほぼアリスの手料理だけどね。私はチーズ溶かして具を挟んで切っただけ」
命理ちゃんがサンドイッチを小さなお口で啄んで「ん、美味しい」って言ってる。
うむ。アリスの焼いたパンも、ローストした豚肉も美味でござる。
――っと、
「そうだ、そろそろ暖炉の火が消えちゃう。薪を拾ってこないと」
未来な街に薪は無いので、基本的に自給自足。
「近くの森に薪拾い?」
「うんうん」
「手伝うわ」
「ありがと!」
私と命理ちゃんは、一緒に飛び石をわたって湖岸へ。
ちなみにロッジは、湖の小島に立ててある。
「あっ、涼姫。スライムが涌いてるわ」
「ほんとだ、退治しとく?」
命理ちゃんの見ている方を、私も見れば、巨大なスライムが湖面をゆっくり移動していた。
この湿地には、スライムがよく沸く。
水質を悪くする迷惑なMoBなので、湿地の嫌われ者。
大概リバードマンさんたちが退治してるんだけど、私達が見つけたら一応退治してる。
私達のロッジも危ないし。
ただ、この惑星のスライムは弱いタイプじゃなくて、凶悪なタイプ。
今は陽の光があるからいいけど、暗い場所だと透明すぎて見えない。
そして中に入っちゃったらどんどん吸い込まれて、脱出できず窒息死。
あと切りつけたりすると強力な毒を出すし、全身が脳かつ筋肉らしく、核とかないからなかなか死なない。
脳の癖に傷つけられても、脳全体がどんな機能にでもなれるから問題ない。
しかもなかなか強力な、再生力も有するという。
ただし、バーサスフレームと逆で、熱が弱点。
命理ちゃんが目からビームを放つ。
私もアサルトカービンニューゲームで、9ミリ焼夷弾を放つ。
スライムが、瞬く間に燃え上がる。
「おっ、スウと命理が退治してくれたか」
「助かるのう」
弓を背負った、蛇と蛙のリバードマンさん二人が、湖から顔を出した。
蛇と蛙・・・・その組み合わせはどうなんだろう?
動物の内蔵から作られた袋に入った、矢筒も背負っている。
ちなみに彼らの火矢は松脂をたっぷり塗ってあるので、少し位なら濡れても燃える。
蛙のリバードマンさんが、南の空を指差す。
そこには、見事に発達した〝かなとこ雲〟。
「しかし気をつけろよ、一雨来るぞ。増水するはずだ」
「マジですか」
ここの湖は広いので、雨でもそれほど水位が変わらないんだけど、川から流れ込む水が時々鉄砲水みたいになる事がある。
つまり危ない。
「命理ちゃん、急ごうか」
「そうね」
私達は、急いで薪になる木を集める。
川辺に漂着してる枝なんかはよく燃えるので欲しかったけど、今日は諦め。
漂流した木って、皮が剥げたり細胞が破壊させたりして水分が抜けやすいんだよね。川辺や浜辺は陽を遮るものも少ないし。
でも鉄砲水は怖いので、森の中で枝や、細い丸太を採集した。
◤小枝と丸太を手に入れた!◢
そうしてさっさと帰ってきた。
私はロッジのある小島の地面に降りて、細めの丸太を薪にし始める。
最初はノコギリで折ってたんだけど、時間がかかりすぎるので、リッカが誕生日にくれたハルバードを取り出して〖超怪力〗で思いっきり振り下ろした。
スコーンと真っ二つになる丸太。
これをさらにバトニング(ナイフを薪に当てて、別の薪で叩くことで、薪を細くしていく)をして細い薪にした。
命理ちゃんが手伝ってくれたし、私も〖超怪力〗を使ったんでかなりの量の薪が短時間で手に入った。
◤薪を手に入れた!◢
雨が怖いから手早く終われてよかった。なんて思いながら、私が川の上流の方角を見てみれば、かなとこ雲が覆いかぶさっていた。
「命理ちゃん、ロッジの中に入ろうか。そろそろ鉄砲水が来そう」
「そうね、危ないわね」




