292 Just a way――to be(飛び立て)
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アリスが心配そうに尋ねる。
「なぜハッキリ断らなかったんですか?」
「うん・・・・私がホムンクルス工場を見つければ、結構沢山の人が救われるかも・・・・って。ちょっとは罪滅ぼしになるかなって」
「涼姫・・・・」
「大丈夫だって・・・」
「涼姫、彼は自業自得です。―――涼姫は、悪くないんです・・・」
「うん、ありがとう。ほんと大丈夫だよ――誰かさんの強制ディープキスで脳を灼かれたから。――あと二人が膜膜言うから『ディープキスとか大したこと無いんじゃ?』とか勘違いしちゃいそうになったし」
「フーリはわざとだったんでしょうか?」
「いや・・・・流石に・・・。――いや、聡いフーリならあり得るのかな?」
「じゃあ落ち込んだら、またディープキスしてあげますね」
「いや、勘違いって気づいたから! それは、いらな――」
アリスが涼姫の頬に、軽くキスする。
「欧米人だからって、そう気軽に! ジゴロめ・・・」
「フレンチキスならいいですか?」
「そ、それならまあ」
「ちなみに日本でフレンチキスというのは、唇を合わせるだけのを言いますが、欧米ではディープキスの事ですよ?」
「謀るな!!」
◆◇Sight:八街 アリス◇◆
その日、スウさんは『ラグランジュのゆりかご』というアニメの同時視聴をしていました。
ウィザード級の女性ハッカー子窓――と、野心の強い経営者男性――数也の物語。
自室に引きこもる子窓を、金しか信用しない経営者が利用しながら共依存の関係で上り詰めていく話――らしいです。
だけど、子窓が「ベイリービーズ」という、特異点をまたたく間に超えるAIを作り上げた事で、状況は一変「ベイリービーズ」を巡るサイバー戦争に発展していく・・・・。
ちなみに「ベイリービーズ」とは皆既日食の際に現れる指輪のような光で、子窓は太陽(数也)を月(自分)が覆い隠して出来る指輪をという意味でAIに「ベイリービーズ」と名付けます。
6話辺りで子窓が恋に血迷い、結婚指輪のように男性に「ベイリービーズ」送ってしまった事から、大変な事態になって行く感じです。
チャットでの「ベイリービーズ」の毒舌も人気の秘密です。
今スウさんが視聴者と見ているのは、最終話ですね。
子窓が何百人というハッカーを、一人で圧倒していく・・・その姿は、まさに天下無双。
だけど、あるシーンでスウさんが、悔しそうに呟きます。
『なるほど・・・・「ベイリービーズ」は、結局奪われるんですね』
❝うわー負けたぁ!! 俺の子窓がぁ!❞
❝子窓は俺の嫁❞
❝モノクローム抗体が効かないコンピューターウィルスとか、反則かよ❞
『ティラノウイルス強すぎますね。というか、まさか子窓と直接対決するんじゃなくて、ガバセキュリティな取引先から切り崩してくるとは・・・・』
❝はいガバ❞
❝再走して?❞
❝一人で全人類と渡りあえる頭脳の持ち主ルーラールールと、最大のハッカー集団ウロボロスが組むのは反則❞
『あ・・・でも待って下さい、なんか様子が変です』
❝なんじゃこりゃ、エラーしかでないんだけど❞
『そっか、ベイリービーズは子窓の人格を模倣してるから』
❝なるほど、敵に付かないわけか❞
❝とんでもない頑固者だしな❞
❝あ、ベイリービーズがウロボロス達のコンピューターをハッキングし始めた❞
❝草❞
❝ウロボロスオワタw❞
『あああっ・・・・ベイリービーズが自己破壊プログラムを組んでる! ・・・ああ・・・・』
❝ベイリービーズゥゥゥゥゥゥ!!❞
ラストはベイリービーズとのお別れで終わりました。
『くっ――キャラは曇らないのに視聴者をガンガンに曇らせてくる。迷子監督の真骨頂のような作品でしたね! こんなしんどい物語もう見たくないです――円盤かお』
❝みたいんじゃねぇか❞
『人間とは、奇々怪々複雑怪奇ですね』
❝人間(化け物)❞
❝草❞
❝怪物だから、奇々怪々なんじゃねw❞
❝スウたん、なんで最近バーサスフレームで戦わないの?❞
❝視聴者数もどんどん減ってるじゃん。今日なんかもう3万人しかいないし、前は10万人超えが当たり前だったのに・・・・心配だよ❞
止めて下さい、スウさんに戦いを勧めたりしないで下さい。
事情が分かりもしない癖に・・・。
だけど・・・・確かに、スウさんが最近少し元気が無いのも事実です。
わたしが、彼女の翼を折ってしまったのでしょうか。
やはりスウさんは飛ぶことが出来ないと、生きれないのでしょうか。
でも、わたしはスウさんの為を思って・・・・。
――違いますね・・・わたしがスウさんを失うのを恐れているだけですね。
御為ごかしでしょうか。
――それに、本当は今はスウさんは死なない事を、わたしは知っているんです。
ズルイ・・・・ですね。わたしは、本当に。
『・・・・視聴者数ですか』
スウさんワンルームの天井を見上げました。そうして目をつむって、しばらく考えます。
やがてスウさんはスマホを取り出し、どこかに電話を掛けます。
|Her スウ!Her スウ!《ヴーヴーヴー》 わたしのスマホが揺れました。
「・・・・やはり、掛かってきましたか」
わたしはしばし逡巡。
スマホを取って通話ボタンを押します。
「はい。スウさん、どうかしましたか?」
『アリス・・・・私。やっぱり、アイビーさんのクエスト受けようと思う』
予想通りだったとは言え、わたしはなんと返すか、一瞬逡巡します。
「・・・・どうしても受けるんですか?」
『うん』
「どうしても・・・」
『ごめん』
「じゃあ、わたしも行ってもいいですよね?」
『えっ、それは・・・・』
「わたしの気持ち、ちょっとは分かって貰えましたか?」
スウさんの気持ちを、わたしは利用してる――卑怯だ。
『・・・ごめん』
「涼姫はいつも謝ってますね。間違ってるのはいつも分かってるのに、止めない」
『本当に、ごめんなさい』
「まあ、そんな涼姫をわたしは好きなんですが」
『・・・アリス』
「行きましょう。ファンタシアに、絶対に貴女を殺させたりしません。それにですね――涼姫は、そもそも死なないんですよ」
『えっ?』
「考えてみて下さい。占い師のお婆さんは絶対当たる未来を見ました。そうして貴女の未来を見た訳で、ゴブリンの未来を見た訳ではありません。この通話の先の涼姫には、絶対に来年の夏に死がやってくる。――なら逆説的に言えば、貴女は来年の夏までは、絶対に死なない」
『あ・・・・そっか。そうなるのか・・・・なるほど・・・』
「だからまあ。今は、少ししか心配していません。でも、付いていきますからね――わたしの理屈が間違ってるとも限らない」
『そっか・・・ごめん、ありがとね』
来年の夏も、貴女を死なせる気は微塵もありませんけどね。
こうして、わたしは涼姫とファンタシアに乗り込むことになりました。




