291 足裏が痛すぎます
「痛い痛い痛い!」
涼姫の悲鳴が、大きめの施術室に響き渡った。
涼姫は大暴れで施術師を蹴ろうとするが、あっさり躱される。この施術師は体術の知識を活かしてマッサージをしているタイプなので、涼姫のどんくさい蹴りになど当たらない。
❝先生を蹴ろうとするなワロw❞
❝スカートが結構短いから、見えそう❞
「黙れ、視聴者! こっちは死ぬ寸前なんだぞ!」
「死なないですよ(笑)」
若干、頭の前の方がさみしい施術師が、マスクをした口で笑う。
「いったぁい!! ――死ぬー死ぬー! 殺されるー! ――先生、思いっきり押しすぎですーーー!」
「全然、力入れてません。不健康すぎるんですよ」
アリスは(確かに施術師は全く力を入れていないように見える)と思って、涼姫の暴れっぷりに呆れる。
「よっぽど身体が悪いんですねぇ。先生、それはどこが悪いんですか?」
アリスは、涼姫の足の親指辺りを押している施術師に尋ねてみた。
「頭ですね」
「頭が悪いんですか」
「言い方ァ!!」
〝わかっている施術師の受け答え〟に、涼姫がオトガイを逸らしながら叫んだ。
アリスが首を傾げる。
「頭は良い筈なんですけどねぇ」
「頭がおかしいのかもしれません」
「なるほど」
アリスが「それなら」と頷いた。
「納得するなァ!!」
施術師が、別の場所を押し始める。
「い――いたぁぁぁい!」
今までにない涼姫の叫びに、アリスが何事かと施術師に聞いてみる。
「先生それはどこですか」
「睾丸ですね」
「やっぱり、有ったんですね」
「だからアンタは私を何だと――ぴぎゃぁぁぁ」
施術師が笑う。
「冗談ですよ、男性ならという話です」
❝草❞
❝あの女子高生、実は男だった❞
❝だから先生を蹴ろうとするなワロw❞
❝見えた! 黒!❞
「魑魅魍魎すだくな!」
❝スウたん、いいリアクションするなぁ❞
❝先生、肩のツボ押して、肩❞
「肩のツボ?」
アリスが呟くと、施術師が「肩ですか」と押しだす。
「――くぁwせdrftgyふじこlp;@」
涼姫が、とうとう白目を剥いた。
「一番痛がってますが・・・・なぜあんなに痛がってるんですか」
❝だって、あんなデケーのぶら下げてたら、そりゃ肩も凝るだろう❞
❝一色さん、首傾げてて草❞
❝そら、アリスたんには分からんわな❞
涼姫が痛がり暴れる度、ぶるんぶるん揺れる胸を見て、アリスが「くっ」となる。
「スウさん、嫌いです」
「理不尽!!」
涼姫はほぼ何処を押しても痛がり、30分ほどのマッサージを経てクタクタになってしおれた。
そうしてアリスの番。
「全然・・・・痛くないですね」
「驚きの健康体です」
施術師、若干驚愕。
「ひ、卑怯だ」
涼姫が項垂れた。
「気持ちいいくらいですね」
「流石にちょっとだけ悪いのかな?」
「あ、そこは本当に何もないですね。どこですか?」
「肩で――」
言いかけた先生のハゲ頭に、平手が スパァン と叩きつけられた。
上段の構えで夏を勝ち抜いた日本一の剣道少女の縦振りは、腕に覚えのある施術師でも躱せなかった。
「スウさん、嫌いです」
「【悲報】理不尽極まる」
こうして何事も無く終了したアリスの番だったが、アリスが立ち上がり、端でカメラ(イルさんドローン)を構えていた風凛に向かう。
「皆さん、今回は特別ゲストがいます」
❝誰? 誰?❞
「スウチャンネル事務所の専務です」
アリスが、風凛の肩をがっしりと掴んだ。
「え!?」
風凛の目が、鳩が豆鉄砲でも食らったかのようになる。
「わ、私!? ――聞いてない、私の番とか聞いてないのだけれど!?」
風凛の身体が、アリスにあっさり持ち上げられる。
風凛は暴れるが、涼姫と爽波で運動力最下位を競い合う程で、スキルもステータスもないお嬢様。
インターハイで殆どの試合を力技で勝ち抜き、高校剣道のトップになったアリスの剛腕から逃れられるわけもない。
「私はそんなの要らない! 要らないのよ!!」
風凛は椅子に座らされられ、肩をアリスの剛腕で逃げられないように固定された。
「謝るから、アリっちさん謝るから!! スウさんの膜はシェアで構わないわ!!」
涼姫の常識がブレイク。
「膜をシェアとか、なに悍ましいこと言ってんの!? ――ルームシェアみたいに言うな!!」
❝良かった、スウたんは膜から声が出てた❞
❝印象通りだったな❞
「風凛、視聴者が聞いてる!!」
涼姫は、風凛の言葉に精神汚染を引き起こされながらもツッコミを入れるが、風凛は当たり前のように上をゆく。
「スウさん、上手いわね。室と膣を――「これ以上、罪を重ねるな――っ!!」
❝どんな会話だよJKw❞
施術師も苦笑いしている。
涼姫発狂。
「――あああ、視聴者に聞かれてるぅ!!」
すると、風凛に対抗するアリス。
同レベルの者の間では、争いが発生する。
「なにを言ってるんですか専務、スウさんの膜はわたしだけのものです」
「私のもんじゃ!!」
涼姫は当然の権利とツッコミを入れるが、アリスは微笑むだけ。
駄目だった、同レベルでない者の間では争いが発生しない。
涼姫の変態性は、風凛やアリスには遠く及ばなかった。
アリスは涼姫の鼻息をどこ吹く風と、話を戻す。
「涼姫の膜は、いずれ頂くとして。わたしも、専務の身体が心配なんです」
涼姫の当然の疑問。
「二人は、なんで陰キャの膜に興味津々なの!?」
「アリっちさん、私の体が心配とか嘘よッ!! ――スウさん! 貴女からもアリっちさんになんとか言って!」
ヤバイ会話が終了するのは、涼姫的にもやぶさかではない。
「ワタシ モ 専務 ノ 身体 ガ 心配 ダナー」
アリスがニコニコ顔になる。
「専務の番を提案したのは、スウさんですからね」
「まさかのスウさんからの意趣返し!?」
涼姫が朗らかに、先生に顔を向ける。
「では先生、お願いします。ウチの専務を、容赦なく健康体にしてあげて下さい」
「はい」
「お、おまちなさい!」
風凛のローファーが脱がされ、ニーソックスタイプの黒いストッキングが脱がされた。
「や、やめっ、変態!! ――女子高生のストッキングを・・・っ!」
そうして、指圧歴30年。
熟練で木のように固くなった施術師の親指が、風凛のカカトを押した瞬間――
「ぴ――、ぴぎぃぃぃい!!」
風凛の悲鳴が、施術室に爆ぜた。
こちらも、大不健康だった。
❝専務涙目w❞
❝あれ、ゲート事件の時に出てきた、沖小路宇宙運輸の社長じゃねw❞
❝沖小路のお嬢様じゃねぇかwww❞
❝どうみても不健康だもんなワロwww❞
天使の輪ができるほど美しい黒髪ストレートが、風凛が叫ぶたび連獅子の様に乱れ舞う。
光の奔流が絡まる。
❝清楚系のすごい美人なのに、発狂したように暴れててワロw❞
❝暴れっぷりがスウを超えてるw この人見るからに不健康だけど、どんだけ不健康なんだよwww❞
「専務は美人だから、良い撮れ高になるね!」
涼姫、会心の笑顔だった。
30分後、目の光を失った涙目の風凛が、力なく椅子に埋まっていた。
「スウさん・・・・恐ろしい子」
みんな健康になれた日だった。
スウがアリスに頭をなでられながら、微笑む。
「でも良かったよ。身体が整って、心もちょっと整った気がするよ」
「気晴らしになりましたか、良かったです」
アリスが涼姫の頭を撫でていると、風凛が生まれたての子鹿のように震えながらストッキングを直して、
「な、何も、よくないわ」
毒づいたが、誰にも聞こえなかった。
あとは精算して帰るだけなので、住んでる場所がバレては問題。スウもアリスも配信は終了した。
すると、涼姫の視界に巨大なウィンドウが開いた。
「これはアイビーさんだ」と思ってウィンドウを見た涼姫の視界に、予想通りの人物。
『スウさん、今お時間良いですか?』
「よくないです、アリスに愛撫されるのに忙しいので」
『じゃあ大丈夫ですね』
スウは猫化の動物のように、アリスに頭頂部をこすりつけて、マーキングしながら尋ねる。
「どうしたんですか?」
『ちょっとスウさんにクエストをお願いしたくて』
「クエスト・・・・ですか。どんな内容ですか?」
アイビーが少し言いづらそうに、切り出す。
『ファンタシアのホムンクルス工場の位置を特定してほしいんです。あっと、ここからは配信をしているなら、配信を切って貰えますか?』
「アリスも私も、すでに終了してます」
『良かったです。――現在ゴブリンを使った蘇生ではなく、別のもっと人に近い見た目のMoB――キューピィを使って蘇生を行っていますが、やはりこのままでは不味いので』
言われて、涼姫の表情が真剣になる。
「そのクエストって・・・・結構戦いになったりしそうですよね?」
『それは、そうなんですが』
涼姫は瞑目して、しばらく考えてから答える。
「考えさせて貰えますか? 期限とかあまり無いですよね?」
『ですね・・・・やはり難しいですか。ストライダー協会にも発注してみます』
「はい」
今回の話・・・これ、色々大丈夫なんでしょうか。




