278 占い師に出会います
江の島駅の前にある雑貨店から出ようとして、アリスが自動ドアに顔をぶつけた。
鼻を押さえている。
「また? 最近よく自動ドアに裏切られてるね」
「はい。原因は分かってるんですよ」
「なんで?」
「リッカに等速で動けば相手に見えづらい、動きの始まりをなくせって云われまして、それを実践していたらこんな事に」
「えっ、等速で動くと自動ドアが検知できないの!?」
「一部の自動ドアはそうみたいですね」
「それって、MoBにも通用するのかな」
「バーサスフレームで再現するのは難しいですね。機械なので完全に振動を消せないです。バーサスフレームの設計から見直さないと」
「その辺り特別権限ストライダーとしてなんとか掛け合ってみようか」
「いいんですか!?」
「勿論」
アリスが、嬉しそうにジャンプした。
眼福。
「あとですね、新しい技を会得したんですよ」
「技? 剣道の?」
「そうです。見て下さい」
アリスが持っていた赤い傘を上段に構える。
しかも竹刀を背中に背負ってるのに・・・・袋から出すのが面倒くさいから?
駅前だから周囲からの視線が刺さる、周りの視線が痛い。アリスは気にしていないようだ――流石である。
「私、時々みずきの上段に負けるんですよ。なんでかなって思ってたんですが、私の上段だと面の軌道はこうじゃないですか」
「うん」
アリスが頭上から、傘を弧を描くようにゆっくり振り下ろす。
「ヤバイ人だ」みたいな眼をしてるみんなが、アリスから距離をとっているので誰かに当たったりしない。
「ところがみずきの上段の面の軌道は、こうです」
アリスが傘を下げて、顔の前に傘を構えた。
アリスは顔の前から傘を、ゆっくり振り下ろす。
――確かにリッカはアリスと頭一個分身長が低いので、あの位置がアリスの上段の竹刀の位置なんだろう。
「これ、みずきが身長が低いので、面が届くのが速いんです」
「なるほど、みずきの面の方が相手に近いんだね」
「はい。まあ、みずきと私では、みずきの打ち込みが浅いんで一本になりにくいんですが――ですが、あの鋭い一撃だと防具もない真剣や、バーサスフレームの戦いでは十分に致命打になりかねません」
「MoBもヤバイ武器持ってたりするもんね」
「です――そこでわたし考えたんです。上段をちょっと低い場所に構えてはどうかと」
「なるほど」
「しかし、顔の前で竹刀を構えるなんてのは剣道にはないです。柄が顔面に当たりますし」
「うん、西洋には有るみたいだけどね」
「そうなんですよ。で、顔の高さで竹刀を構える方法はないかと考えていたら、あったんですよ」
「そんなのあったっけ?」
「八相の構えです!」
アリスが傘を、右肩の上で立てる。
「見たことが有るそれ! 示現流だっけ?」
「です、トンボの構えとか、雲耀と言われたりもします」
「雲耀――厘の10分の1の速さだね・・・稲妻の速さ――なるほど、物理的に近いんだからそりゃ速い」
「ですね。――八相の構えって色々有るんですよね。剣を肩の乗せて立てたり、胸のあたりに持ってきたり、腰のあたりに持ってきている方もいたり。寝かせて肩に担ぐような形もありました。あとは前傾姿勢になってるのとか」
アリスが胸の辺りまで、傘を握った拳を下ろす。
そこで私の脳裏に、一つのイメージが浮かんだ、
「なんか、野球のバッターみたい」
私がつぶやくと、アリスが「ハッ」とする。
「そういえば、バッターの構えみたいですね――ということはスイングも強いんでしょうか。上段だけかと思ってました――この構えは小手も近いし、本当に強い気がします」
アリスが傘でゆっくりスイングする。
でも、アリス~。
周りの視線が、女子高生にもなって傘で野球ゴッコしてる痛い人を見る目だよー。
ほら、湘南高校の制服を着た男子二人組が「中学の時の俺みてぇw」とか言ってるよ「スゲェ美人なのに、男子中学生かよw」とか言ってるよ!
残念美人だとか聞こえるよ!
私がアリスの拳辺りを「ボー」っと見ていると、彼女が胸を押えた。
え、急にどうしたの。
胸が苦しいの?
「涼姫、今『あれ、スイングしやすそうな胸だな。私じゃ無理だ』とか思ってましたね!?」
「え!? 思ってない、全然思ってないけど!? ――冤罪だよ!?」
「なんだか失礼な波動を感じました!」
「そ、それは――掃除の時間の男子中学生みたいだなって」
「そんな事思ってたんですか!? 酷いです!」
「だって、今通ってった湘南高校の男子生徒が言ってたんだもん!」
「どれですか、頭をかっ飛ばしてきます」
「止めなさい! 普通に傷害だから!」
すると遠くから「逃げろ!」「残念美人にホームランされる!」とか言って走り出す男子高校生が。
「誰が残念ですか! 誰が!」
変装用のマスクと眼鏡があるから気づかれないけど、あんまり騒ぐと周りに一色アリスだと気づかれるよ?
アリスが『超・エキサイティング』していると、急に声がかけられた。
「そこのお二人さん」
しわがれた声に振り向くと、不思議な雰囲気のおばあさんが、雑貨店の前に机とひさしだけみたいなお店にいた。
おばあさんは、水晶を置いた机を前に座っていた。
「私達ですか?」
おばあさんは何も云わず、静かに二度頷いてから。
「そう、アンタさん達だよ。ちょっと不思議な感じがしたんだ。占わせてくれないかい? もちろんお代はいらないよ」
占い師に声を掛けられるとは流石に予想外。
「涼姫、あの方さっきまであそこに居ましたか?」
「わ、わかんない、全然気配は無かった」
でも雑貨屋の軒先を借りてやってるんだろうから、ずっとあそこに居たんだよね?
私より影が薄いって事かな?
なんて失礼な事を考えつつも、占ってもらうことにした。
おばあさんの前に座った私を、おばあさんが小さな水晶越しに視る。
「こりゃァ凄い。アンタさん、芸能人かなにかかい? それとも大政治家の娘とか? こりゃぁ石油王の娘と云われてもあたしゃは信じちまうよ」
「石油王の娘って・・・こんなどう見ても庶民な私を・・・・」
「それでも信じちまうくらい、アンタさんは強烈な星を持っておるんじゃ」
うーん、星?
「一応、配信者をやってます」
「なるほどねぇ。こりゃ、間違いなく成功するじゃろうて」
アリスが少し声を潜めて、私の耳に囁く。
「当たってますね。すごい人かも知れません」
アリス、占いとかコロっと信じてしまいそうだなあ。
私はこの程度では、疑いを捨てられないタイプだよ。
「さて、未来を見てみようかね――」
おばあさんは言って、机に置いた大きな水晶を覗き込む。
すると、腕で瞳を覆った。
「なんて眩しい星なんだい。凄いねぇ、ここまで眩しい運命を見たのは始めてだよ。とてもとても強い運命、けれどけれどその運命はとにかく白い。透明と言ってもいいほど真っ白だ。だけどね、一つだけかげりがみえる」
なんだか幸運に包まれていそうな事を云われていたので安堵していたら、急に不安になることを言われた。
「かげり・・・ですか?」
「そうさね気をつけるんじゃよ」
するとアリスが手を挙げた。
「あのっ、わたしも占って頂けませんか?」
「構わんよ、お座りなさい」
「はい!」
私がアリスに席を譲ると、おばあさんが静かに水晶を覗き込んだ。
「そうじゃねアンタさんも、強い星を持っている。おや・・・? まるでアンタさん等は双子星だね」
「わ、わたしと涼姫が、双子星ですか」
「そうだよ、アンタさん等は出会うべくして出会った。外人さんみたいだけれど、二人がどんなに離れた場所に生まれても、ほぼ必ず出会う。そんな運命で結ばれた二人のようじゃ――そう、この世界ではフェイテルリンクで出会ったようじゃが。――別の世界のアンタさんがただの剣道少女であっても、アンタ等二人は大親友になっているじゃろう」
「わ、私と涼姫が運命で結ばれている!? ――やったですね、涼姫!」
アリスが後ろに立っていた私の手を握った。恋人繋ぎだ。アリスさん?
私はちょっと恥ずかしくなって、頬を熱くする。
「――というか、お婆さん! 明らかに白人の私を、よく剣道少女と見抜きましたね!? やはり貴女は本物ですね!?」
「ヒョッヒョッヒョ」
アリスさん。背中、背中――竹刀、竹刀。




