277 毎日、楽しく生きています
アリスさんが〈時空倉庫の鍵〉を蹴った。
あと少しだ!
でも、蹴れる物がもうない。
私は、アリスさんの体を見る。
(なら――もう、パイロットスーツを蹴るしか・・・)
パイロットスーツなら、結構重いし。
(ま、まってください! 配信してるんですよ!? ――そんなの下着になってしまいます!)
(・・・それしかないんです)
アリスさんが泣きながら、パイロットスーツを脱いでいく。
よ・・・よかった名乗らなくて・・・・こんな事させた後に出会っても、知り合いになれたかどうか。
ただモザイクが掛かったが、下着の色が隠せてない。――白!
コメントが嬉しそうだ。
緊急事態だ、黙りなさい。
(あのっ、宇宙空間で下着だけは、流石に不安です!)
(なら、パイロットスーツを早く蹴りましょう)
アリスさんがパイロットスーツを蹴る。
(もうちょっとで届きそうです!)
(よし、下着を蹴りましょう)
(あの、あなた・・・・まさか、わたしをすっぽんぽんにさせたいだけじゃ・・・? 女性ですよね? そういう趣味の方ですか?)
ん、なんか知らないけど、溜飲が下がった。
「やり返せた」みたいな気持ちが湧いてきた。
なんだ、これ。
(そ、そんな訳ないじゃないですか! 本当に下着を蹴るしか無いんですよ!)
泣きながら、下着に手をかけるアリスさん。
あーモザイクが全部肌色になった。
コメントが嬉しそうだ。
だから緊急事態だ、黙れ魑魅魍魎。
アリスさんが下着を順番に蹴った。
まだ届かないか・・・。
アリスさんが、手首を見る。
(もう手足を斬ってでも〈時空倉庫の鍵〉に――)
えええ!?
(連合なら再生できますし、貴女が〈時空倉庫の鍵〉を回収してくれませんか・・・?)
(すみません、私はそこに行けないんです)
(そ・・・・そうなんですか)
アリスさんが残念そうだ――だってそこ、過去なんだもん。
(・・・それより多分、腕輪がハイレーンの重力に掴まってしまいます。そうなったら一巻の終わりです。――腕輪は大気で燃え尽きます。そしてアリスさんは、成層圏に放り出される事になる。――それに、腕輪が大気圏に弾かれて宇宙のどこかへ飛んでいってしまうパターンも怖い)
(あ、危なすぎます!)
(――ですからそれは最後の手段にしましょう。しかしどうですか、そろそろワイヤーがフラグトップに届く距離じゃないですか?)
(確かに届きそうです。それに・・・体も大分暑くなってきました、これで届かなかったら本当に助からないかもしれません・・・・もう蹴る物もないですし・・・、でも失敗の場合――グラップリングワイヤーの射出の勢いで、少し後ろに下がりそうですね)
(大丈夫です、アリスさんならやれます! それに〈時空倉庫の鍵〉に入る〝以外の最終手段〟もあります!)
(〈時空倉庫の鍵〉に入る以外の最終手段ってなんですか!? どうして今すぐ教えてくれないんですか?)
(今は駄目です、秘密です! ――本当に本当の最終手段なので)
だって、あの方法はアリスさんが実行できるか分からないし。
多分、緊張して無理だと思う。
(本当の最終手段ですか・・・・では、とりあえず大丈夫そうですし――グラップリングワイヤーを伸ばします!)
アリスさんが気合の声と共にグラップリングワイヤーを、フラグトップに伸ばした。
(届いてくださぁぁぁぁぁぁい!!)
伸ばしたグラップリングワイヤーが、カメラの横を掠めた――。
――でも、
(届かない―――!?)
言ったアリスさんが、青ざめ叫ぶ。
(だめ、だめ!)
私は、間髪入れず指示する。
(まだです、アリスさん! グラップリングワイヤーでカメラを!)
(あの、最後の手段を――な、なるほど―――!)
ちなみにカメラは最終手段じゃない。
本当の最終手段はマジに最終だから、アレはやらせたくない。
アリスさんが再度ワイヤーを伸ばして、カメラ機能を使っているAIドローンに貼り付けた。
アリスさんが、カメラを全力で引き寄せる。
(やぁぁぁぁぁぁ!)
(〖重力操作〗を!)
(〖重力操作〗!)
〖重力操作〗でさらに加速。
(アリスさん、カメラを――)
(蹴るんですね! 〖重力操作〗特盛でぇぇぇぇぇす!)
アリスさんがカメラを蹴った。フラグトップにグラップリングワイヤーを伸ばす。
――届いた!!
アリスさんは見事にフラグトップにたどり着き、急いでハッチへ。
そうしてワンルームに転がり込んだ。
カメラはどんどんフラグトップから離れていくけど、アリスさんの声が聞こえてきた。
『い、生きてる、生きてますーーー!』
アリスさんが別のカメラに切り替えた。
フラグトップのワンルームの映像になった。
アリスさんは泣いていた。
『謎の方、ありがとうごじゃますぅ・・・・!』
❝やっぱ誰かにアドバイス受けてたのか❞
❝謎の人物、グッジョブすぎる❞
❝偉業を成し遂げて、名も名乗らずか❞
❝いや、話をややこしくしただけじゃん。〈時空倉庫の鍵〉に入れば、すぐに解決しただろう。カメラの前で裸にまでして❞
アリスさんがワンルームに五体投地して「しくしく」している。
『二度と船外活動なんかしません。――というか空気噴射機能と固体酸素使える系パイロットスーツを買います』
それだよ。ちゃんとしたスーツ使ったほうが良いよ。
アリスさんが五体投地したまま尋ねてくる。
(さ、最終手段って、カメラの事だったんですね・・・)
(いえ・・・違いますけど)
(え――じゃあ・・・なんですか? もう蹴る物も無かったのに、不思議な方法でもあったんですか?)
(いえ。蹴れないなら、噴射すればいいんです)
詳細は秘密。
別に・・・・私に変な気持ちはないよ?
あの状況じゃ、最後はもう本当にこれしかないんだよ・・・。
アリスさんは「噴射?」と首を傾げたけど、自分が裸なのを思い出したらしい。
『とりあえず服を着ないと! ――本当にありがとうございました! ――あああ、顔がむくんでますー! 〖真空耐性〗には〖無重力耐性〗はないんですよ! 明後日の撮影大丈夫でしょうか・・・』
よかった。アリスさんは生き残ったし、これで世界は――そこまで考えた時、空間が軋んだ気がした。
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
「ぷはー、うめぇ。八街汁、うめぇ」
私は、湘南モノレールに乗りながら登校していた。
アホな事を呟いて、視線を水平に戻す。
すると、震える小動物が下の方に映った。
――いや小動物に視えたのは、人だった。
しかも、同じ学校の制服の女子生徒。
座席に座っていたのは、八街 アリスさんだった。
――え?
八街さん!?
私が驚き視線をさらに落とすと、八街さんは真っ白な顔で震えていた。
メガネ(多分変装用)とマスクを掛けているが、間違いない。八街さんだ。
突然の邂逅に、私は頭を真っ白にしかけたが、どう考えても八街さんは普通の状態じゃない。
もともと色白だけれど、これは血の気が失せている。
体の調子が悪いのかもしれない。
いや、まさか今の私のつぶやきが聞こえた?
同性に「あなたの汁うめぇ」とか名状しがたい発言をされたら、そりゃ身体の底から震える。
「ど、どどう、したの八街さん」
―――あ・・・しまった。八街さんは、恐らくこっちを知らないのに名前を呼んでしまった。
これではまるで、八街さんを遠くからみているキモイ女子ではないか。
しかも、いつも通り思いっきりどもったわ。
私って、実を言うと「ハイ」か「イイエ」以外の会話は苦手なんだ。
――「ハイ」か「イイエ」が会話というのかはいざ知らず。
でも、どっかのゲームの勇者っぽくない? 「ハイ」か「イイエ」。
などと自意識過剰を患っていると、
「地面が――」
八街さんが呟いた。
そうして八街さんは、私のブレザーの上着の裾を、握って来た。
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
放課後江ノ電に揺られていると、隣のアリスが何かを思い出すような顔になった。
「文化祭、終わりましたねぇ」
「んだねぇ。なんだかんだ凄く楽しかった。みんなを案内しないといけなくなったり、喫茶フェアリーテイルを見た時はどうなる事やらって思ったけど。今思えば、全部楽しかった。アリスの歌もいい思い出」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです。――わたしも涼姫といると、毎日が本当に楽しいんです」
「私もだよ、アリスと居ると毎日が輝いていく。本当にありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうです。――あ、音子さんが配信を始めたみたいです。卵さがし? なんでしょうこれ」
「あはは。なにこれ卵が逃げてる」
電車が腰越駅を越えて、速度を落とし、路面電車みたいに道路の真ん中を走りだした。
そろそろ『江の島駅』かな。
私が考えていると、アリスの表情がちょっと暗くなった。
相変わらず、この後に乗るモノレールが怖いらしい。
なのにわたしと下校したいからってモノレールに乗るんだよね、この子。
「そういえばさ。アリスって、なんで高所恐怖症になったの?」
「ああ・・・・前から高いところは苦手だったんですが、酷くなったのは涼姫と出会う前日です。謎の声に成層圏から落下するって脅されたんですよ」
「え、そんな事が?」
「それから、裸になるようにも命令されました」
私は、自分の瞳から光が消えるのを感じた。
「そいつ、見つけたら煩悩ごと脳みそを念動力で握りつぶしてやろうかな」
「や、止めて下さい! 一応、命の恩人なんですから!」
私は、自分の目に光が戻ってくるのを感じた。
「あ・・・・そうなんだ?」
「このアーカイブの時に、助けてくれた人ですよ」
「どれどれ?」
アリスがスマホで動画を見せてくれる。
ほぼ生身で宇宙に放り出される、アリス。
「これ、ヤバくない?」
「謎の声は、ここから生き残る方法を教えてくれたんですよ。――他の方にはコメントで〈時空倉庫の鍵〉に入れって言われてたんですが、別の視聴者が計算したら〈時空倉庫の鍵〉に入っていたら、確実に死んでいたそうなんです」
「そりゃ、この状況だと燃え尽きるよね。――なるほど・・・あー、爽やか炭酸をそう使うのかあ」
「凄いですよねぇ」
「なるほど、これは裸にされても仕方ない」
「ですねぇ・・・」
「ねぇアリス。――出会った頃、アリスがやたら私のパイロットスーツを良いものにしようと拘ったのって・・・」
私が使ってた初期パイロットスーツ(ヨグ・オトーコに奪われたままのヤツ)も空気噴射機能とかなかったし。
「べ・・・っ、別にスウさんが同じ目に遭って欲しくなかったからじゃないんですからねっ!」
「君、そういうキャラじゃないでしょ・・・」
「・・・なんだか、ちょっと気恥ずかしくて」
私はアリスと一緒に苦笑いしてから、ふと呟く。
「でも、あの方法は流石にやらせなかったんだねぇ」
やらせてたら、汚いゼ◯・グラビティの誹りは免れなかっただろう。
アリスが小鳥のように、首を傾げた。
「あの方法? ――この時に指示してくれた人も、なんだか本当の最後の手段があるとか言ってたんですが、方法は教えてくれなかったんですよね」
いやまあ、そうだろうねぇ。
アリスが私を見ながら尋ねてくる。
「どんな方法か、教えてくれませんか?」
「んー、・・・これ、教えて良いのかな?」
「また同じ様な事があった時の為に、是非教えておいて下さい!」
「まあ、じゃあ――」
私はアリスに耳打ちする。
するとアリスが瞬く間に顔を赤くして、私の肩をポカポカ叩いてきた。
「涼姫は変態ですか! 変態なんですね!?」
「違うよ! やましい気持ちなんか1ミリもない! 思い付いちゃうだけだから!」
「脳みそが問題なら、取り替えてきなさい!」
「痛い、痛いって! ――アリスは剛力なんだから手加減して! 」
「だ、誰がシャングリラ・ゴリラですか!」
言ってない! 誰も、陽キャなゴリラとか言ってない!
『次は、江の島、江の島でございます。お出口は左側です。江ノ島駅は電車とホームの間が広く空いているところがございますので、お降りの際は足元にご注意ください。――The Next Station is ENOSHIMA EN06』
「なんだかアナウンスのシックスまで、変な風に聴こえてきました! 変態さん、とりあえず降りましょうか!」
「アリスが教えてって言ったくせに、理不尽だ」
アリスは椅子から立って、涙目な私へ手を差し出してきた。
私が握ると、アリスは恋人繋ぎみたいにして、電車から私を連れ出してくれる。
私は、ふと思う――こうしてアリスが私を引っ張ってくれるから、今の幸せな私がある。
―――なぜか強く、そんな気がした。
私はスキップするように電車から降りて、自販機を指差す。
「アリス! 私、爽やか炭酸が飲みたい!」
「さっきの話の後で、八街汁の話とか涼姫は本当に変態ですか!?」
「えっ、いやっ、え・・・なんで私が爽やか炭酸を八街汁って呼んでるって知ってるの!?」
「知らないわけ無いでしょう! ―――この変態涼姫!」
「いや違うって、さっきのアーカイブで大活躍してたからだよ!」
「本当ですか? 涼姫は脳みそが変態ですからねぇ」
「本当だってー!」
私、毎日、楽しく生きてます。
アリスと一緒に!




