270 仲條 優子さんに遭遇します
「ユ、ユーは変なやつだけど、私に危害を加えようってタイプじゃないから――その辺りだけは大丈夫だから」
するとアルカナくんが頭を下げたまま、一歩下がる。
「そうでございますか・・・・差し出がましいことを、申し訳ございません」
急に生かす殺すとか、ステージ上げないで。そのステージには、一生登るつもりはないから。
アルカナくんに心臓をバクバクさせられながら、みずきを呼びに戻ると、知らない人がいてみずきとアリスに話しかけていた。
髪をポニーテールにした、ハツラツとした印象の女の子だった。
「アリスー! ひっさしぶり~!」
「あっ、優子! 来てたんですね!」
「会いたくて来ちゃったよー。やっほーみずき、一昨日ぶりー」
「同じ学校なのは知ってましたけど、お知り合いだったんですか?」
みずきが頷いて、アリスに返す。
「友達」
アリスが少し驚く。
「やっぱりみずきが前に言っていた優子って、この優子だったんですね・・・・私の親友とみずきが友達だなんて・・・そうだったんですか。世間は狭いですね」
「まあ、同じ県内だしな」
「なるほどです」
私は、知らない人がいるので躊躇いがちに声をかける。
「あのー。えっと、みずき・・・」
「ああ、涼姫。変身がとけたんだ」
まあ着替えただけなんだけども。
みずきは言って、ポニーテールの女性を指で指した。
「この女は仲條 優子。わたしと同じ学校で、同じクラス。前に言った涼姫とは真逆の思考を持つ、わたしの友達」
わ、私と逆の思考・・・・? 陽キャ? 怖い人?
私は、仲條さんと呼ばれた女の子に恐る恐る頭を下げる。
「は、はじめまして。陰の者の鈴咲 涼姫です」
すると仲條さんは大笑いして、朗らかな笑みを返してきた。
「おー! 君がスウさんかあ! アリスやみずきから訊いてるよー」
「そ、そうなんですか。すみません」
「なんで唐突に謝るの」
「あっはっは」と笑う仲條さん。
私はみずきに尋ねる。
「みずき、暫くその人と話すの?」
「あー、うん。アリスと優子の事を二人から訊いてみたかったから」
なるほど。
でも私は、ここの教室にまだ香坂 遊真が居るから、さっさと立ち去りたいんだよね。
「じゃあ私、ユーが怖いし、そろそろ展示の門番しないといけない時間なんで一旦戦艦に行くね。仲條さん、ごめんなさい」
みずきが答える。
「そっか、分かった。じゃあ話が終わったらスマホで連絡する」
「いえいえ、会えて光栄だったよ。後でお話しよっ」
仲條さんが、やたら朗らかだ。
なんだろう、この人・・・・全然バリアがない感じがする。
パーソナルスペースを感じさせないって言うの?
私みたいな人間でも、近くによって良さそうな気にさせるオーラがある。
この人たぶん、陰キャ・キラーだ・・・オタクを惚れさせるオーラがある。
でも彼女は別に陰キャに興味は無くて、陰キャにも分け隔てなく接してくれるだけで、他所で陽キャな友達とか作って、キラーされた方はより孤独と執着を感じる羽目になるヤツ。
涼姫、小学生の時に体験したもん!
「旅行に置いてかないで・・・・!」
「その子じゃなくて、私と一緒に下校して!」
・・・・輝きすぎなんだよ、カリスマ!
私が若干仲條さんを恐れていると、彼女が首をかしげる。
「なんかみずき、スウさんに話しかける時雰囲気変わるね」
すると、みずきが音にびっくりした小動物みたいに跳ねた。珍しい。
「なにを言――!?」
「なんか甘えて――むぐっ」
みずきが、仲條さんの口元を抑えた。
仲條さんといる時と、私といる時で、みずきがなんか違うのかな?
わかんないけど。
みずきが突っ込んでほしく無さそうなので、とりあえず手を振って、私とアルカナくんは門番をするために戦艦に向かった。
戦艦マザーグースは、来賓でごった返していた。
入場受付は、格納庫。
格納庫ではずっと、吹奏楽部が演奏した交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』を録音したのを流している。
2001年宇宙◯旅でも使われていた曲。
でも今は、吹奏楽部による生演奏中――力強い男性的な低音のティンパニとトランペットが、夜明けを告げるように格納庫中に響き渡る。
私は幻視する。雲の向こう出現した、海と空を分けるように切り裂く光を。
低音が美しい曲だし――探すと、やっぱりユーフォニアムを吹いてる女子部員もいた。
その曲の響きは、まるで宇宙の壮大さを顕しているよう。
格納庫の見上げるほどの天井の高さなんかも相まって、すんごい迫力。
私から贈呈するよ、金賞を。
あ、でも2001年宇宙◯旅が直撃世代っぽい紳士が「ぶぁっほ」って吹き出してる。
巨大宇宙戦艦の中であの音楽流してたら、笑っちゃいますよね。
「ほっほっほ、宇宙はやはり凄いのう」
「でっけーーー!」
「フェイレジェって、どうやってこんなのを建造するんだ」
「本当にトンデモ超科学だなあ・・・」
全長1キロ以上有るからなあ。
無重力状態で作ってるんだろうね、多分。分かんないけど。
あ、市長さんとクナウティアさんだ。
「おおっ、これはスウさん!」
「あ、これはどうもです」
「いやはや、クナウティアさんを我が市に呼べたのも貴女のおかげですよ」
市長さん、凄く嬉しそうだ。
政治のことはよく知らないけど。大々的に報道されてたり、臨時予算とか降りてたしなあ。
ガッチリと握手された。
「本当にありがとう!」
クナウティアさんも頭を下げてくる。
『スウ様、地球との友好の架け橋になってくださって有難うございます。こうして貴女のクラスが私達の研究発表という催しを行ってくださったので、この様な機会に恵まれました』
いえ、クナウティアさん。
貴女の眼の前にいるヤツ、この研究発表という催しを徹底的に邪魔しようとしたんですよ。
・・・・とは言え私は、この出し物に反対する権利はあったと思いたい。
若干良心に呵責を憶えながらも、そんな事はおくびにも出さない――機能は私には備わっていないので「ど、ども」っと、若干ドモった。
『この後、マイルズ様やユー様、アレックス様による銀河連合機を使った航空ショーが予定されていますので、是非御観覧ください。クエストとして依頼してみました』
「二人が言ってたやつかな。はい、もちろん」
『ありがとうございます。では』
「はい。では、ごゆっくり」
二人に頭を下げて、私はクラスメイトの方に行く。
「鷹森くん」
私は、椅子の上にあぐらをかいて体を揺らして、空を見ていた鷹森くんに近づく。
今回の出し物で、多分私より苦労した人だ。
「ん、ああ鈴咲。交代か?」
「うんうん」
鷹森くんは椅子から降りて、伸びをした。
学園祭の準備期間中、鷹森くんと話すチャンスが無かった私は、今のうちにお礼をいっておく。
「今回はありがとね。人数が多い方を担当してくれて」
「ああ。まあ変な事する奴もいなかったんで、俺は何もしてないよ」
「私なら、みんなの案内とか無理だったと思う」
「ウチのクラスで変なことするのは大抵、鈴咲だからなあ」
「え、ちょっ―――」
「あはは、冗談だよ。おすすめの出し物とか有るか?」
「あー、魔法少女喫茶?」
「3組のか。閃光のアリスの所だな」
「学校で、その呼び方は不味い説あり・・・」
鷹森くんが「ふふっ」と笑う。なんだかその様子は、少年のようで、私よりずっと大人びているようで、それから青空のような笑い方だった。
あとなんか、色気があった――男の人に色気とか言って良いのか分かんないけど。
急に鷹森くんが、空を〝愛おしそう〟に観た。
「じゃあ、ヤチマタだ」
「うん、八街呼びならTPO裁量だと思う」
「なあ、鈴咲」
急に呼ばれて、私は首を傾げる。
「うん?」
「俺さ、この時代の、この学校が好きだ」
「う、うん??」
なんだか唐突だなあ――具体的に、何を好きだといってるのかな。
彼は私の方を観て「にしし」と、晴れ渡る空のような笑顔で笑った。
それは、遠い遠い空のような笑顔で。
こうして私は、鷹森くんから番兵役を引き受けた。




